2005/06シーズン前インフルエンザHI抗体保有状況調査速報
−第2報−

(2005年12月19日現在)

 感染症流行予測調査事業は,厚生労働省が実施主体となり,都道府県ならびに都道府県衛生研究所,国立感染症研究所が協力して,定期予防接種対象疾患について各種疫学調査を実施している。
 インフルエンザについては,本年度もインフルエンザ流行シーズン前・ワクチン接種前における一般国民の抗体保有状況を調査している(感受性調査)。ここでは,速報として報告されたデータから年齢群別抗体保有状況および2000年度以降6年間の年次比較について掲載する。

 本年度のインフルエンザ赤血球凝集抑制抗体(HI抗体)測定には,以下の4株が使用された。このうち1,2,3は今シーズンのワクチンに使用されている株と同じである。

 1. A / New Caledonia(ニューカレドニア)/ 20 / 99 (H1N1)
 2. A / New York(ニューヨーク)/ 55 / 2004 (H3N2)
 3. B / Shanghai(上海)/ 361 / 2002 (山形系統株)
 4. B / Hawaii(ハワイ)/ 13 / 2004 (ビクトリア系統株)

 2005/2006シーズンワクチン株選定の経緯については,病原微生物検出情報IASR月報2005年10月号(当センターホームページ上にも掲載)「平成17年度(2005/06シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過」 1 を参照頂きたい。

 一般の方々,医療従事者からよくある質問の対応に関しては,インフルエンザQ&A(2005年11月改訂)がホームページ(http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/fluQA/index.html)に公開されている。また,当センターホームページ(http://idsc.nih.go.jp/index-j.html)上,フォーカスのインフルエンザのサイト(http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/index.html)には,インフルエンザQ&Aを含め,速報,総説および国内情報,国内患者発生動向調査,抗体保有状況,その他のインフルエンザ情報へのリンク(リンク集),パンデミック対策,インフルエンザ流行レベルマップ,平成17年度 今冬のインフルエンザ総合対策について(厚生労働省),IDWR 2001年通巻第3巻第44号の「感染症の話」 2,関連死亡迅速把握システム,インフルエンザ情報早期把握システム,ウイルス国内分離状況などを掲載しており,疫学,病原体,臨床症状,病原診断,予防・治療に関して解説がなされているので,これからのシーズンに有用である。なお,IASR月報の2005年11月号はインフルエンザの特集号である 3
調査結果および考察
 採血時期は原則として2005年7〜9月(流行シーズン前・予防接種実施前)であるが,当該シーズンのインフルエンザの流行が終息していることが確実な場合は,この時期以前でも可とする。ただし,5月以降であることとしている。

 2005(平成17)年12月19日現在,宮城,山形,福島,茨城,栃木,群馬,千葉,東京,神奈川,新潟,富山,福井,山梨,長野,静岡,愛知,三重,京都,愛媛,高知,佐賀,熊本,宮崎,鹿児島の24都府県から合計 6,536検体(B/Hawaii/13/2004は6,535検体)についての結果報告があった。

 年齢群別の検査数は,0-4歳:891例,5-9歳:676例,10-14歳:738例,15-19歳:592例,20-24歳:495例,25-29歳:440例(B/Hawaii/13/2004は439例),30-34歳:472例,35-39歳:442例,40-44歳:365例,45-49歳:320例,50-54歳:292例,55-59歳:317例,60-64歳:175例,65-69歳:138例,70歳以上:174例,年齢不明:9例であった。

A/New Caledonia/20/99(H1N1)に対するHI抗体保有状況:有効防御免疫の指標とみなされる1:40以上のHI抗体保有率は,15-19歳群で72%と最も高く,5-9歳群,10-14歳群,20-24歳群ではそれぞれ52%,65%,61%と50%を超えていたが,25-29歳群から50-54歳群および65-69歳群以降(予防接種法に基づく定期二類接種対象年齢)の各年齢群では,27〜38%と中程度の抗体保有率であった。また,0-4歳群,55-59歳群,60-64歳群ではそれぞれ10%,17%,16%と低い抗体保有率であった。⇒図1上段

A/New York/55/2004(H3N2)に対するHI抗体保有状況:昨シーズン前半はA/Fujian(福建)/411/2002類似株のA/Wyoming(ワイオミング)/3/2003と抗原性が類似する株が分離株の多数を占めていたが,流行が進むにつれてA/Wyoming/3/2003と抗原性が異なる株の増加傾向がみられた。今シーズンはその傾向がさらに強くなることが推測されたことから,ワクチン株はA/New York/55/2004に変更された 1。この株に対する1:40以上のHI抗体保有率は10-14歳群で72%と最も高く,5-9歳群,15-19歳群ではそれぞれ67%,57%と比較的高い値を示した。0-4歳群および20-24歳群以降の成人層では35%以下であり,特に45-49歳群から60-64歳群は約20%前後と低い抗体保有率であった。⇒図1下段

B/Shanghai/361/2002(山形系統株)に対するHI抗体保有状況:ワクチン株として本株が用いられるのは,昨シーズンに続き2シーズン目となる。この株に対する1:40以上のHI抗体保有率は15-19歳群で67%と最も高く,次いで10-14歳群と20-24歳群は57%であったが,5-9歳群,25-29歳群から50-54歳群,および70歳以上群の各年齢群では26〜48%と中程度の抗体保有率であった。0-4歳群および55-59歳群から65-69歳群では20%以下と低い抗体保有率であった。⇒図2上段
また,全年齢を合わせた1:40以上のHI抗体保有率は40%とA型と同等(H1N1:39%,H3N2:38%)であり,昨シーズンの流行の影響が考えられた。

B/Hawaii/13/2004(ビクトリア系統株)に対するHI抗体保有状況:本株は今シーズンのワクチン株であるB/Shanghai/361/2002と異なり,ビクトリア系統株である。今シーズンのワクチンが山形系統株であったことから,別系統のウイルス株の代表として2004年に分離された本株が調査対象株となった。この株に対する1:40以上のHI抗体保有率はすべての年齢群で25%未満と低く,25-29歳群と30-34歳群を除くすべての年齢群では20%未満とさらに低い。特にこの中でも,0-4歳群から15-19歳群,および40-44歳群以降の各年齢群では10%未満ときわめて低い抗体保有率であった。⇒図2下段

近年6年間の1:40以上のHI抗体保有率の比較:2000年度の調査においてはそれほど顕著ではなかったが,2001年度の調査以降,すべての調査株について65-69歳群で60-64歳群より抗体保有率が高い傾向がみられ,これは2001年11月にワクチン接種が65歳以上で定期接種に導入された影響によるものと示唆された。従来,ワクチンの効果は5〜6か月程度とされているが,毎年連続してワクチン接種を繰り返すことで,集団での抗体保有率は高くなることが考えられた。また,B型のビクトリア系統株を除き,5-9歳群から15-19歳群では他の年齢群よりも抗体保有率が高い傾向が例年みられるが,これは,集団生活をおくっている年齢層においては,インフルエンザウイルスの曝露を毎年頻回に受けることにより,他の年齢群より抗体価が高く維持されていることが推察された。今年度の調査においても同様の傾向が認められた。

A/H1N1型については,今年度と過去5年の結果を比較すると,今年度は0-4歳群以外では最も高いかあるいは同等の抗体保有率であった。特に,60-64歳群と比較して65-69歳群以降の年齢群で抗体保有率が高い傾向は顕著に認められた。A/H1N1型のワクチン株はA/New Caledonia/20/99が6シーズン連続して選択されており,昨シーズンは小規模な流行がみられたが,一昨シーズン以前の2シーズンはA/H1N1型の流行が無かったにもかかわらず,抗体保有率は年々上昇しており,これはワクチンを連続して接種することによる効果によるものと推察された。近年数シーズンはA/H1N1型による大規模な流行はみられていないが,0-4歳群および20代後半以降の抗体保有率が十分でない年齢群においては注意が必要である。⇒図3上段

A/H3N2型については,今年度は昨年度と比較してすべての年齢群でほぼ同様の抗体保有率であった。しかし,50-54歳群以降の年齢群では55-59歳群を除き,昨年度よりも7〜10%低い抗体保有率であった。抗体保有率が低い年齢群ではワクチン接種等,特に注意が必要である。⇒図3下段

B型については,今年度はワクチン株であるB/Shanghai/361/2002(山形系統株)に対して65-69歳群以外のすべての年齢群で過去6年度中,最高の抗体保有率であり,また昨年度との比較では,すべての年齢群で7〜25%高い抗体保有率であった。一方,ワクチン株とは異なる系統のビクトリア系統株に対する抗体保有率は,例年すべての年齢群で25%未満と低く,B型インフルエンザウイルスの動向に関しては注意が必要である。⇒図4
コメント
 2004/2005シーズン(2004年9月〜2005年8月)の流行はB型(国内分離株の55%,3,348株)とA/H3型(同42%,2,513株),A/H1型(同3%,184株)の混合流行であり(数値は病原微生物検出情報:2005年10月21日現在の報告数),全国約5,000のインフルエンザ定点からの累積患者報告数は約150万人と報告システムが変更された1999/2000シーズン以降の過去6シーズンでは最大の流行であった 3
 A/H3N2型は,2004/2005シーズンの前半はA/Fujian/411/2002類似株(昨シーズンワクチン株であるA/Wyoming/3/2003が含まれる)が多く分離されていたが,後半になるにつれて抗原性が変化したA/California(カリフォルニア)/7/2004類似株(今シーズンワクチン株であるA/New York/55/2004が含まれる)が国内分離株の大半を占めるようになった 4。今シーズンは抗原性についてA/Fujian類似株からA/California類似株への移行がさらに進むことが推測されることから,抗体保有率が低い年齢群では,全国的な流行が始まる前にワクチン接種を受けておくことが勧められる。また,2004/2005シーズンのB型は山形系統株が国内分離株の99%を占め,そのうち97%はワクチン株であるB/Shanghai/361/2002類似株であった 4。今シーズンも本株がワクチン株として選択されている。
 2004/2005シーズンはシーズン終盤の7月に沖縄県でA/H3型の流行がみられ 5,また奈良県でも7月から8月にかけてA/H3型の流行がみられた 6。さらに名古屋市でも8月にA/H3型インフルエンザウイルスが分離されている 7。通常,非流行期である夏季にインフルエンザの流行がみられたことは,定点あたり患者報告数が多かったことに加え,昨シーズンの特徴的な動向であった。今シーズンにおいてもすでに三重県(9月),長崎県(9月),広島県(10月)からA/H3型インフルエンザウイルスの分離報告がなされており 8910,愛知県(11月)からはA/H1N1型インフルエンザウイルスの分離報告がある 11。さらに感染症法に基づいた急性脳炎の全数報告により,茨城県(10月)からA型インフルエンザウイルスによる脳症の患者が報告されている 12。また,神戸市からは海外渡航者(タイ)からのA/H3型インフルエンザウイルスの分離報告がなされている 13
 流行シーズン前・ワクチン接種前のインフルエンザHI抗体保有状況調査の結果から,現時点での抗体保有率は十分とは言えない。病原微生物検出情報によると,上記にあるように2005年の36週(9月第2週)ですでにインフルエンザウイルスの分離・検出報告があり 14,また,感染症発生動向調査の結果からも,今シーズンは流行の出足が過去5年で最も早いとされていることから,うがいや手洗いなどの日常的な予防に加え,ワクチン接種を受ける等の対策が求められる。
参考文献
1) 小田切孝人、田代眞人
平成
17年度(2005/06シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過
IASR 2005; 26(10), 270-272
2) 国立感染症研究所感染症情報センター
感染症の話「インフルエンザ」

IDWR 2001; 3(44), 8-12
3) 国立感染症研究所、厚生労働省健康局結核感染症課
インフルエンザ 
2004/05シーズン
IASR 2005; 26(11), 287-288
4) 国立感染症研究所ウイルス第3部第1室、WHOインフルエンザ協力センター
2004/05
シーズンのインフルエンザウイルス流行株の解析
IASR 2005; 26(11), 289-293
5) 平良勝也、仁平 稔、糸数清正、久高 潤、大野 惇、賀数保明、下地實夫、新垣美智子、田盛広三
夏季におけるAH3型インフルエンザウイルスの流行
−沖縄県
IASR 2005; 26(9), 243-244
6) 井上ゆみ子、北堀吉映、中野 守、米澤 靖、石塚理香、北神 淳
夏季に発生したAH3型インフルエンザウイルスの施設内流行−奈良県
IASR 2005; 26(9), 244-245
7) 後藤則子、柴田伸一郎、木戸内 清、加藤敏行、尾坂行雄
非流行期にインフルエンザウイルスAH3
型が分離された1症例−名古屋市
IASR 2005; 26(11), 302-303
8) 矢野拓弥、中野陽子、山内昭則、杉山 明、中山 治、駒田幹彦
2005年9月におけるAH3型インフルエンザウイルスの分離−三重県
IASR 2005; 26(11), 303-304
9) 平野 学,中村まき子,吉川 亮,原 健志
非流行期に集団感染が疑われた患者からインフルエンザウイルスAH3型が検出された事例について−長崎県
IASR 2005; 速報
10) 高尾信一,島津幸枝,桑山 勝,福田伸治,宮崎佳都夫,原 三千丸
2005年10月下旬に分離されたA香港(H3N2)型インフルエンザウイルス−広島県
IASR 2005; 26(12), 341
11) 秦 眞美,續木雅子,伊藤 雅,山下照夫,長谷川晶子,小林愼一,榮 賢司
2005年11月中旬〜12月初旬におけるAソ連型インフルエンザウイルスの地域流行−愛知県
IASR 2005; 速報
12) 厚生労働省,国立感染症研究所
感染症発生動向調査 感染症週報
IDWR 2005; 7(43), 2
13) 中川直子,伊藤正寛
タイより帰国した邦人からインフルエンザウイルスAH3型が検出された2例−神戸市
IASR 2005; 26(11), 303
14) 病原微生物検出情報,ウイルス検出状況・グラフ1(地研からの報告)
週別インフルエンザウイルス分離・検出報告数、2005/2006シーズン
http://idsc.nih.go.jp/iasr/prompt/graph/in1j.gif

国立感染症研究所 感染症情報センター第3
国立感染症研究所 ウイルス第3部第1

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