2006/07シーズン前インフルエンザHI抗体保有状況調査速報
−第2報−

(2006年12月7日現在)

 感染症流行予測調査事業は、厚生労働省が実施主体となり、都道府県、都道府県衛生研究所ならびに国立感染症研究所が協力して、定期予防接種対象疾患について各種疫学調査を実施している。
 インフルエンザについては、本年度もインフルエンザ流行シーズン前(ワクチン接種前)における国民の抗体保有状況を調査している(感受性調査)。ここでは、速報として報告された暫定データから本年度の年齢群別抗体保有状況、および
2000年度以降の年度比較について掲載する。


 本年度のインフルエンザ赤血球凝集抑制(HI)抗体測定には、次の4抗原が使用された。このうち1、2、3は今シーズン(2006/07シーズン)のワクチンに使用されている株と同じである。
 なお、今シーズンのワクチン株選定の経緯については、病原微生物検出情報(IASR)月報2006年10月号「平成18年度(2006/07シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過」1)を参照いただきたい。


 1. A/New Caledonia (ニューカレドニア)/20/99 (H1N1亜型)
 2. A/Hiroshima (広島)/52/2005 (H3N2亜型)
 3. B/Malaysia (マレーシア)/2506/2004 (ビクトリア系統)
 4. B/Shanghai (上海)/361/2002 (山形系統)

 一般の方々、医療従事者からよくある質問への対応に関しては、インフルエンザQ&Aを現在準備中である。また、当センターホームページ上(http://idsc.nih.go.jp/index-j.html)、フォーカスのインフルエンザのサイトには、インフルエンザQ&A2005年度版)や総説などを含む「国内情報・ガイドライン」をはじめ、「流行状況」としてインフルエンザ流行レベルマップ、過去10年間との比較グラフ、インフル様疾患発生報告(学校欠席者数)、インフル関連死亡迅速把握システムがあり、他にも「抗体・ウイルス情報関連」、「海外からの情報」、「その他のインフルエンザ情報」へのリンクなどを掲載しており、疫学、病原体、臨床症状、病原診断、予防・治療に関して解説がなされているのでこれからのシーズンに有用である。なお、IASR月報の200611月号はインフルエンザの特集号である2)
調査結果および考察
 採血時期は原則として20067〜9月(予防接種実施前・流行シーズン前)であるが、昨シーズン(2005/06シーズン)のインフルエンザの流行が終息していることが確実な場合は、この時期以前でも可とした。ただし5月以降であることとした。

 2006
127日現在、北海道、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、福井県、山梨県、長野県、静岡県、三重県、山口県、愛媛県、高知県、佐賀県、宮崎県の21都道県から合計 5,637検体(A/New Caledonia/20/99については 5,636検体)についての結果報告があった。

 年齢群別の検査数は、
0-4歳群:715検体、5-9歳群:557検体、10-14歳群:657検体(A/New Caledonia/20/99656検体)、15-19歳群:493検体、20-24歳群:419検体、25-29歳群:422検体、30-34歳群:462検体、35-39歳群:407検体、40-44歳群:310検体、45-49歳群:284検体、50-54歳群:252検体、55-59歳群:278検体、60-64歳群:151検体、65-69歳群:100検体、70歳以上群:130検体であった。


A/New Caledonia/20/99(H1N1)に対する抗体保有率HI抗体価1:40以上): 本株は2000/01シーズン以降、7シーズン連続してワクチン株として用いられている。この株に対する1:40以上のHI抗体保有率は、20-24歳群で75%と最も高く、10-14歳群および15-19歳群ではそれぞれ66%、69%であった。また、5-9歳群、25-29歳群、30-34歳群では41〜51%と比較的高い抗体保有率であったが、その他の各年齢群では40%未満の抗体保有率であり、特に0-4歳群、55-59歳群、60-64歳群では25%未満の抗体保有率であった (図1上段)。

A/Hiroshima/52/2005(H3N2)に対する抗体保有率HI抗体価1:40以上): 昨シーズンはA/H3N2亜型が流行の主流であったが、昨シーズンのワクチン株であるA/New York/55/2004とは抗原性に違いがみられる株(A/Wisconsin/67/2005類似株)が多く分離されており、今シーズンはその傾向がさらに強くなることが推測されたことから、A/Wisconsin/67/2005類似株である本株がワクチン株として選定された。この株に対する1:40以上のHI抗体保有率は、最も高くても5-9歳群および10-14歳群の52%であり、15-19歳群および20-24歳群ではそれぞれ48%、43%と比較的高いものの、25-29歳群、35-39歳群、65-69歳群、70歳以上群を除くすべての年齢群では25%未満の抗体保有率であった (図1下段)。


B/Malaysia/2506/2004(ビクトリア系統)に対する抗体保有率HI抗体価1:40以上): 昨シーズンのB型の流行は小規模であったが、分離株はすべてビクトリア系統の株であり、B型の流行がビクトリア系統へ移行していることが示唆されたことから、今シーズンのB型はビクトリア系統の本株がワクチン株として選定された。この株に対する1:40以上のHI抗体保有率はすべての年齢群で40%未満であり、中でも0-4歳群、15-19歳群および50-54歳群から65-69歳群では10%未満と低い抗体保有率であった (図2上段)。

B/Shanghai/361/2002(山形系統)に対する抗体保有率HI抗体価1:40以上): 本株は、一昨シーズン(2004/05シーズン)および昨シーズンのワクチン株であり、今シーズンのワクチン株がビクトリア系統であったことから別系統のウイルス株の代表として本株が調査対象株となった。この株に対する1:40以上のHI抗体保有率は、15-19歳群および20-24歳群で78%と最も高く、次いで10-14歳群の66%であった。また、5-9歳群および20代後半から40代の各年齢群では46〜55%と比較的高い抗体保有率であったが、その他の各年齢群では40%未満の抗体保有率であり、中でも0-4歳群および55-59歳群から65-69歳群では25%未満の抗体保有率であった(図2下段)。

近年7年間の抗体価1:40以上のHI抗体保有率の比較2000年度はそれほど顕著ではないが、2001年度の調査以降、すべての株について65歳以上群の抗体保有率が60-64歳群と比較して高い傾向がみられており、これは200111月にワクチン接種が65歳以上で定期接種として導入された影響と推察された。また、B型のビクトリア系統を除き、5-9歳群から15-19歳群あるいは20-24歳群では他の年齢群と比較して抗体保有率が高い傾向が毎年みられるが、これは学校等の集団生活を送っている年齢層では、インフルエンザウイルスの曝露を毎年、頻回に受けることにより、抗体価が高く維持されているためと推察された。今年度の調査においても同様の傾向が認められたが、A/H3N2亜型では例年と比較するとそれほど顕著ではなかった。

A/H1N1亜型] 2000年度の調査以降、多くの年齢群において抗体保有率は上昇傾向にあり、全年齢群の平均抗体保有率も2000年度は16%であったのが、2001年度は22%、2002年度は25%、2003年度は31%、2004年度は31%、2005年度は40%と上昇しており、今年度は44%の抗体保有率であった(図3上段)。A/H1N1亜型の流行は昨シーズンみられたものの(インフルエンザウイルス国内分離報告数全体の約25%がA/H1N1亜型)、2002/03シーズンおよび2003/04シーズンはほとんどみられなかった。しかし、年々抗体保有率は上昇しており、これは同じ株(A/New Caledonia/20/99)が連続してワクチン株として用いられていることによる効果と推察され、従来、インフルエンザワクチンの効果の持続は半年程度と言われていたが、毎年同じワクチン株による接種を繰り返すことで、抗体保有率は高くなる(抗体保有の持続期間が長くなる)可能性も考えられた。

A/H3N2亜型] 2003年度の調査以降、毎年度調査株が変更されているため一概に比較することはできないが、今年度の調査株であるA/Hiroshima/52/2005に対する抗体保有率は過去6年度の調査結果と比較して高くなく、全年齢群の平均抗体保有率は33%と2000年度の28%に次いで2番目に低い抗体保有率であった(2001年度40%、2002年度37%、2003年度50%、2004年度38%、2005年度38%)(図3下段)。

B型] ビクトリア系統の株に対する抗体保有率は毎年低く、今年度もワクチン株であるB/Malaysia/2506/2004に対する全年齢群の平均抗体保有率は15%に過ぎなかった(図4上段)。一方、別系統の山形系統の株において、昨年度はB/Shanghai/361/2002に対して各年齢群で過去6年度中、最も高い抗体保有率であったが、今年度はその結果と同等の抗体保有率であり、全年齢群の平均抗体保有率は今年度の調査株中最も高く48%であった(図4下段)。これは一昨シーズンのB/Shanghai/361/2002類似株の大流行の影響がなお反映されているものと推察された。
コメント
 昨シーズン(20059月〜20068月)の流行はA/H1亜型、A/H3亜型、B型の混合流行であり、また、全国約5,000のインフルエンザ定点からの報告患者数は約96万人と、報告システムが変更された1999/2000シーズン以降の過去7シーズンでは3番目であり、中規模の流行であった2)

 A/H1N1亜型は2002/03シーズンから2シーズンは流行がほとんどみられなかったが、一昨シーズンは少数の分離報告があり(国内分離報告数の約3%)、昨シーズンには国内分離報告数の約25%がA/H1亜型ウイルスであった。解析を行なったA/H1亜型ウイルス分離株のほとんどはワクチン株のA/New Caledonia/20/99と抗原性が類似していた3)A/H1亜型ウイルスの分離報告数は増加傾向にあり、今シーズンはその傾向がさらに強くなる可能性があることからも、0-4歳群および20代後半以降の抗体保有率が十分でない年齢群においては、注意が必要である。

 A/H3N2
亜型は昨シーズンの流行の主流(国内分離報告数の約65%)であったが、解析を行なったA/H3亜型ウイルス分離株の約80%は、一昨シーズンの流行株であり、また昨シーズンのワクチン株であったA/California/7/2004類似株(A/New York/55/2004)とは抗原性が変化していた(HI試験で4倍以上)。
また、約70%はA/Wisconsin/67/2005類似株(今シーズンのワクチン株であるA/Hiroshima/52/2005が含まれる)であった3)今シーズンはA/California類似株からA/Wisconsin類似株への移行がさらに進むことが推測されることから、抗体保有率が低い年齢群では、全国的な流行が始まる前にワクチン接種を受ける等の注意が必要である。

 B
型は一昨シーズンには山形系統の株(そのほとんどはB/Shanghai/361/2002類似株)が国内分離報告数の約55%を占め、流行の主流であったが、昨シーズンのB型の国内分離報告数は約10%にとどまり、これらは解析の結果、すべてビクトリア系統の株であり、そのほとんどはB/Malaysia/2506/2004類似株であった3)。近隣のアジア諸国や欧米諸国においても分離されたB型ウイルス株の大半はビクトリア系統であり、世界的にもB型の流行は山形系統からビクトリア系統へと移行している。今シーズンもビクトリア系統の株がB型の流行の主流になると考えられ、また、ビクトリア系統の株に対する抗体保有率はすべての年齢群で低いことからも、十分な注意が必要である。


 昨シーズンは、シーズン後半の4〜5月に山口県4)、埼玉県5)、横浜市6)で、また5〜6月にかけて札幌市7)でビクトリア系統の株の流行がみられ、さらに沖縄県でも5月から8月の非流行期にA/H1亜型およびビクトリア系統の株の流行がみられた8)。今シーズンにおいてもすでに、9月には広島県からビクトリア系統の株が分離され9)10月には埼玉県からA/H3N2亜型のインフルエンザウイルスの分離報告がなされている10)。また11月には山梨県においてA/H1亜型による家族内感染事例も報告されている11)

 流行シーズン前のインフルエンザHI抗体保有状況調査の結果から、現時点での抗体保有率は十分とは言えず、ワクチン接種等、早めの対策が求められる。
参考文献
1) 小田切孝人、田代眞人
平成
18年度(2006/07シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過
IASR 2006; 27(10), 267-268.
2) 国立感染症研究所、厚生労働省健康局結核感染症課
インフルエンザ
2005/06シーズン
IASR 2006; 27(11), 293-316.
3) 国立感染症研究所ウイルス第3部第1室/WHOインフルエンザ協力センター
2005/06シーズンのインフルエンザウイルス流行株の解析
IASR 2006; 27(11), 295-304.
4) 戸田昌一、岡本玲子、西田知子、中尾利器、吉川正俊、宮村惠宣
2005/06シーズン後半におけるB型インフルエンザウイルスの集団発生−山口県
IASR 2006; 27(6), 150-151.
5) 島田慎一、河橋幸恵、篠原美千代、内田和江、土井りえ、河本恭子、宇野優香、清水美穂、菊池好則、
福島裕美、西澤 勉、野村浩代、佐藤夕子、半田さと子
B型インフルエンザウイルスによる中学校における集団発生−埼玉県
IASR 2006; 27(6), 151.
6) 川上千春、百木智子、七種美和子、野口有三、佐々木一也、糀谷敬子、田代好子、岩田眞美、鳥羽和憲
20064〜5月におけるB型インフルエンザの地域流行−横浜市
IASR 2006; 27(6), 152-153.
7) 菊地正幸、山本 優、吉田靖宏、宮下妙子、藤田晃三
2005/06シーズンのインフルエンザの流行状況−札幌市
IASR 2006; 27(11), 305-307.
8) 平良勝也、仁平 稔、大野 惇、糸数清正、岡野 祥、嘉数保明、新垣美智子、田盛広三
2005/06シーズン夏季のインフルエンザの流行−沖縄県
IASR 2006; 27(11), 304-305.
9) 高尾信一、島津幸枝、宮崎佳都夫、畑本典昭、神垣昌人
20069月に発生したB型インフルエンザ地域流行−広島県
IASR 2006; 27(10), 268-269.
10) 島田慎一、宇野優香、河橋幸恵、篠原美千代、内田和江、土井りえ、河本恭子、菊池好則
A/H3N2亜型インフルエンザウイルスの分離−埼玉県
IASR 2006速報
11) 山上隆也、原 俊吉、小松史俊
インフルエンザウイルス
A/H1亜型の家族内感染事例−山梨県
IASR 2006速報

国立感染症研究所 感染症情報センター第3
国立感染症研究所 ウイルス第3部第1

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