2008/09シーズン前インフルエンザHI抗体保有状況調査速報
−第1報−

(2008年11月28日現在)

 感染症流行予測調査事業は、厚生労働省が実施主体となり、都道府県、都道府県衛生研究所ならびに国立感染症研究所が協力して、定期予防接種対象疾患について各種疫学調査を実施している。
 インフルエンザについては、本年度(2008年度)もインフルエンザ流行シーズン前(ワクチン接種前)に、赤血球凝集抑制試験(HI法)により国民の免疫(抗体)保有状況を調査した。ここでは、速報として報告された暫定データから2008年度の年齢群別抗体保有状況、および2000年度調査以降の年度による比較について掲載する。

 2008年度のインフルエンザHI抗体価測定には、次の4株(4抗原)が使用された。このうち1、2、3は今シーズン(2008/09シーズン)のワクチン株である。2008/09シーズンのワクチン株選定の経緯については、病原微生物検出情報(IASR)月報2008年11月号「平成20年度(2008/09シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過」1)を参照いただきたい。

 1.A/Brisbane (ブリスベン) /59/2007 [A/H1N1亜型:通称 Aソ連型]
 2.A/Uruguay (ウルグアイ) /716/2007 [A/H3N2亜型:通称 A香港型]
 3.B/Florida (フロリダ) /4/2006 [B/山形系統]

 4.B/Malaysia (マレーシア) /2506/2004 [B/ビクトリア系統]

 また、当センターホームページ上のインフルエンザのサイト(http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/index.html)には、インフルエンザQ&Aや総説などが掲載された「国内情報・ガイドライン」をはじめ、「流行状況」としてインフルエンザ流行レベルマップ、注目すべき感染症、過去10年間との比較グラフ、インフル様疾患発生報告(学校欠席者数)、インフル関連死亡迅速把握システムに関する情報があり、さらに「抗体・ウイルス情報関連」、「海外からの情報」、「その他のインフルエンザ情報」へのリンクなどを掲載している。これらには、インフルエンザについての疫学、病原体、臨床症状、病原診断、予防・治療などに関して解説がなされているので、これからのシーズンに有用である。なお、IASR月報の2008年11月号はインフルエンザの特集号である2)
調査結果および考察
 採血時期は原則として2008年7〜9月(予防接種実施前・流行シーズン前)であるが、昨シーズン(2007/08シーズン)のインフルエンザの流行が終息していることが確実な場合は、この時期以前でも可とした。ただし5月以降であることとした。

 2008年11月28日現在、北海道、山形県、福島県、茨城県、栃木県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、福井県、山梨県、長野県、静岡県、愛知県、三重県、京都府、山口県、愛媛県、佐賀県の20都道府県から合計4,886検体についての結果が報告された。

 年齢群別検体数は、0-4歳群:563検体、5-9歳群:464検体、10-14歳群:512検体、15-19歳群:417検体、20-24歳群:283検体、25-29歳群:393検体、30-34歳群:414検体、35-39歳群:398検体、40-44歳群:336検体、45-49歳群:274検体、50-54歳群:247検体、55-59歳群:265検体、60-64歳群:128検体、65-69歳群:75検体、70歳以上群:117検体であった。

 なお、本速報における抗体保有率とは、重症化予防の目安と考えられるHI抗体価1:40以上の抗体保有率を示し、60%以上を「高い」、40%以上60%未満を「比較的高い」、25%以上40%未満を「中程度」、10%以上25%未満を「比較的低い」、5%以上10%未満を「低い」、5%未満を「きわめて低い」とし、以下の表現に用いた。
2008年度調査における年齢群別HI抗体保有状況
1)A/Brisbane(ブリスベン)/59/2007[A/H1N1亜型]図1上段
 本株は、2007/08シーズンのA/Solomon Islands(ソロモン諸島)/3/2006から2008/09シーズンに変更となった株である。この株に対する抗体保有率は、5-9歳群、10-14歳群、15-19歳群では69〜73%と高く、20-24歳群および25-29歳群では、それぞれ57%、42%と比較的高かった。しかし、その他の年齢群では40%未満であり、中でも55-59歳群および60-64歳群では25%未満であった。すべての年齢における平均抗体保有率は43%であり、調査した4株中では最も高かった。
2)A/Uruguay(ウルグアイ)/716/2007[A/H3N2亜型]図1下段
 本株は、2006/07シーズンから2シーズン続いてワクチン株であったA/Hiroshima(広島)/52/2005から、2008/09シーズンに変更となった株である。この株に対する抗体保有率は、5-9歳群(46%)および10-14歳群(40%)以外の年齢群では40%未満であった。さらに15-19歳群(35%)を除く年齢群では25%未満であり、中でも30-34歳群、35-39歳群、50-54歳群、65-69歳群では8〜9%と低かった。また、平均抗体保有率は、調査した4株中では最も低く20%であった。
3)B/Florida(フロリダ)/4/2006[B/山形系統]図2上段
 本株は、2006/07シーズンから2シーズン続いてワクチン株であったビクトリア系統の株から、2008/09シーズンに変更となった山形系統の株である。この株に対する抗体保有率は、15-19歳群および20-24歳群では、それぞれ74%、69%と高く、10-14歳群、25-29歳群、40-44歳群では43〜49%と比較的高かった。しかし、その他の年齢群では40%未満であり、中でも0〜9歳および55歳以上の各年齢群では25%未満であった。特に0-4歳群では4%ときわめて低かった。平均抗体保有率は35%で、調査した4株中ではA/H1N1亜型に次いで高かった。
4)B/Malaysia(マレーシア)/2506/2004[B/ビクトリア系統]図2下段
 本株は、2006/07および2007/08シーズンのワクチン株であるが、2008/09シーズンのワクチン株が山形系統の株に変更されたことから、別系統のウイルス株の代表として調査対象株となった。この株に対する抗体保有率は、25-29歳群(40%)、30-34歳群(47%)、35-39歳群(45%)以外の年齢群では40%未満であった。さらに0〜9歳および45歳以上の各年齢群では25%未満であり、中でも0-4歳群、60-64歳群、65-69歳群では6〜7%と低かった。また、平均抗体保有率は、調査した4株中では2番目に低く27%であった。
図1上段 A/H1N1亜型
図1下段 A/H3N2亜型
図2上段 B/山形系統
図2下段 B/ビクトリア系統
近年9年間(2000〜2008年度)における年齢群別HI抗体保有状況の比較
1)A/H1N1亜型図3上段
 A/H1N1亜型のワクチン株は、A/New Caledonia(ニューカレドニア)/20/99が2000/01〜2006/07シーズンの7シーズン連続して選定され、2000〜2006年度の調査ではこの株が調査株として用いられた。この期間における抗体保有率は、概ね年々上昇傾向にあり(平均抗体保有率:2000年度16%、2001年度22%、2002年度25%、2003年度32%、2004年度31%、2005年度40%、2006年度43%)、A/H1N1亜型の流行がほとんどみられなかった2002/03〜2004/05シーズン(IASR:9月〜翌年8月に検出報告があったインフルエンザウイルスの型・亜型別割合は、2002/03シーズンA/H1亜型は1%未満、2003/04シーズンA/H1亜型は1%未満、2004/05シーズンA/H1亜型は約3%程度)の次年度に行われた調査においても同様の傾向がみられた。これは同じ株が連続してワクチン株として用いられたことによる効果と推察され、従来、接種後半年程度の持続とされるインフルエンザワクチンの効果が、同じワクチン株による接種を毎年繰り返すことで、抗体価が高く維持(持続)され、結果として抗体保有率が高くなる可能性が考えられた。2007年度および2008年度は両年度ともワクチン株(調査株)が変更となり、抗体保有率の低下(保有する抗体と調査株との反応性の低下)が予想されたが、両年度とも抗体保有率の低下はほとんどみられなかった(2007年度41%、2008年度43%)。これは、保有する抗体と両年度の調査株との交差反応性や2007/08シーズンの流行の主流がA/H1N1亜型であった(IASR: A/H1亜型は約81%)影響と考えられた。また、2007/08シーズンの流行で報告患者数が多かった5-9歳群(感染症発生動向調査:2007年第36週〜2008年第9週に報告があったインフルエンザ患者のうち約38%が5-9歳)における2008年度の抗体保有率は、2007年度から34ポイント高い結果となった(2007年度39%、2008年度73%)。
2)A/H3N2亜型図3下段
 A/H3N2亜型については、A/Panama(パナマ)/2007/99が2000/01〜2003/04シーズンの4シーズン連続してワクチン株に選定されており、この株を用いた2000〜2003年度の抗体保有率は、概ね年々上昇する傾向がみられた(2000年度28%、2001年度40%、2002年度37%、2003年度50%)。これはA/H1N1亜型と同様にワクチン株に同じ株が連続して用いられた効果とも考えられるが、A/H3N2亜型はこの期間に毎年流行していることから、この点も考慮した検討が必要である。2004年度以降は1〜2シーズンでワクチン株(調査株)が変更となっており、2004年度には抗体保有率の低下がみられたが(2004年度38%)、2005〜2007年度には年による変化はほとんどみられなかった(2005年度39%、2006年度31%、2007年度36%)。しかし、2008年度は近年9年間の調査で最も低い抗体保有率となり(2008年度20%)、各年齢群においても2007年度調査と比較した場合、6〜24ポイント低い結果となった。これは、保有する抗体と2008年度の調査株との交差反応性が低いこと、および2007/08シーズンはA/H3N2亜型の流行があまりみられなかった(IASR:A/H3亜型は約11%程度)ことが影響していると考えられた。
3)B/山形系統図4上段
 B型の山形系統の株に対する抗体保有率は、ワクチン株あるいは調査株の変更も考慮すべきであるが、調査年度の前シーズンの流行が大きく影響していると考えられ、山形系統の流行がみられた2000/01シーズン(IASR:B型は約47%で、ほとんどが山形系統)では、2000年度と比較して2001年度の抗体保有率が高くなった(2000年度13%、2001年度27%)。また、2004〜2005年度は、B/Shanghai(上海)/361/2002が連続してワクチン株(調査株)となり、2004/05シーズンは山形系統が流行の主流となった(IASR:B型は約55%で、ほとんどが山形系統)ことから、2004年度と比較して2005年度の抗体保有率は20ポイント以上高い結果となった(2004年度21%、2005年度42%)。2005/06シーズンは山形系統の流行がみられなかった(IASR:B型は約10%で、ほとんどはビクトリア系統)が、2006年度の抗体保有率は2005年度からわずかに上昇しており(2006年度46%)、これは2004〜2005年度に連続して用いられたワクチン株と同じ株が2006年度にも調査株として用いられたことや、2004/05シーズンに流行した山形系統の株のほとんどがワクチン類似株(ワクチン株と抗原性が似ている株)であった影響と考えられた。一方、2001/02〜2002/03シーズンは山形系統の流行があまりみられず(IASR:2001/02シーズンB型は約23%、2002/03シーズンB型は約34%であったが、両シーズンともほとんどはビクトリア系統)、2002〜2003年度はそれぞれ調査株が変更されたことから、2002年度の抗体保有率は2001年度から20ポイント低下し、2003年度もそれほど高い抗体保有率ではなかった(2002年度7%、2003年度15%)。同様に2007〜2008年度も調査株の変更や2006/07〜2007/08シーズンに山形系統の流行があまりみられなかった(IASR:2006/07シーズンB型は約40%であったが、ほとんどはビクトリア系統、2007/08シーズンB型の大部分は山形系統であったが、B型は全体で約7%程度)ことから、2007年度の抗体保有率は2006年度から11ポイント低下し、2008年度の抗体保有率は2007年度と同程度であった(2007年度35%、2008年度35%)。
4)B/ビクトリア系統図4下段
 B型のビクトリア系統の株に対する抗体保有率は、ほぼ毎年度、他の調査株より低く、2000〜2006年度の平均抗体保有率は3〜13%であった。しかし、山形系統と同様に前シーズンの流行が抗体保有率に影響したと考えられる年もあり、2002〜2003年度はB/Shandong(山東)/7/97が連続してワクチン株(調査株)であり、2001/02〜2002/03シーズンはビクトリア系統の流行がみられた(IASR:2001/02シーズンB型は約23%、2002/03シーズンB型は約34%で、両シーズンともほとんどがビクトリア系統)ことから、2002年度の抗体保有率は2001年度からわずかに上昇し、2003年度はさらに高くなった(2001年度4%、2002年度7%、2003年度13%)。同様に2006〜2007年度は、B/Malaysia(マレーシア)/2506/2004が連続してワクチン株(調査株)となり、2006/07シーズンはビクトリア系統が流行した(IASR:B型は約40%で、ほとんどがビクトリア系統)ことから、2007年度の抗体保有率は2006年度と比較して高くなった(2006年度13%、2007年度20%)。また、2007/08シーズンはビクトリア系統の流行はあまりみられなかったが(IASR:B型は約7%で、大部分は山形系統)、2008年度の抗体保有率は2007年度と比較して高くなっており(2008年度27%)、これは2006〜2007年度にワクチンに用いられた株と同じ株が2008年度にも調査株として用いられたことや、2006/07シーズンに流行したビクトリア系統の株のほとんどがワクチン類似株であった影響と考えられた。
図3上段 A/H1N1亜型
図3下段 A/H3N2亜型
図4上段 B/山形系統
図4下段 B/ビクトリア系統
最後に
 2007/08シーズンはA/H1亜型が流行の主流(IASR:A/H1亜型が80%以上)を占め、A/H3亜型およびB型の流行は小規模であった。また、感染症発生動向調査による全国約5,000のインフルエンザ定点医療機関からの報告患者数は約67万人と、近年10シーズンでは2000/01シーズン(報告患者数約30万人)に次ぐ小規模流行であった2)
 2008/09シーズンのインフルエンザの流行はすでに各地でみられており、9月には栃木県の中学校でA/H3N2亜型による複数患者の発生報告があり3)、10月には大阪府の小学校(B/ビクトリア系統)、山口県の幼稚園(A/H1亜型)でそれぞれ集団発生の報告がなされている4), 5)。また、学校欠席者数から流行状況を調査している「インフルエンザ様疾患発生報告」によると、11月21日時点では、全国42施設で休校あるいは学年閉鎖あるいは学級閉鎖の措置がとられている6)
 インフルエンザHI抗体保有状況調査の結果から、抗体保有率が低い年齢群(特にA/H3N2亜型はほとんどの年齢群で40%未満)においては、本格的な流行シーズンとなる前にワクチン接種等の予防対策が望まれる。
引用文献
1) 小田切孝人、田代眞人(国立感染症研究所ウイルス第三部)
平成20年度(2008/09シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過
IASR 2008; 29(11), 307-309.
2) 国立感染症研究所、厚生労働省健康局結核感染症課
<特集>インフルエンザ2007/08シーズン
IASR 2008; 29(11), 297-299.
3) 平田明日美、大金映子、舩渡川圭次(栃木県保健環境センター)、
渡辺真美子、沖田花子、石川信一(栃木県県北健康福祉センター)
<速報>9月に中学校で発生したA/H3N2亜型インフルエンザウイルスによる複数患者発生事例−栃木県
IASR 2008速報
4) 内野清子、高橋幸三、三好龍也、松尾光子、狩山雅代、吉田永祥、田中智之(堺市衛生研究所)、
柴田仙子、寺田憲二、藤井史敏(堺市保健所医療対策課)、
西垣正憲、金崎光治、片桐真二(堺市医師会)
<速報>集団かぜによる学級閉鎖事例から分離されたB型インフルエンザウイルス(Victoria系統)−堺市
IASR 2008速報
5) 戸田昌一、松本知美、調恒明(山口県環境保健センター)
<速報>2008/09シーズン初のインフルエンザウイルスAH1亜型の分離について−山口県
IASR 2008速報
6) 厚生労働省健康局結核感染症課
インフルエンザ様疾患発生報告(第3報)

国立感染症研究所 感染症情報センター第3室
国立感染症研究所 ウイルス第3部第1室

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