2009年度インフルエンザ抗体保有状況調査
−速報第3報−

(2010年1月15日現在)
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注1) 本速報では,2009年4月下旬より世界中で流行しているインフルエンザについて「パンデミック(H1N1)2009」と表し,毎年流行がみられているインフルエンザについて「季節性インフルエンザ」と表す。
注2) 本速報における抗体保有率とは,赤血球凝集抑制試験で測定した場合に重症化予防の目安と考えられる抗体価1:40以上の抗体保有率を示し,抗体保有率が60%以上を「高い」,40%以上60%未満を「比較的高い」,25%以上40%未満を「中程度」,10%以上25%未満を「比較的低い」,5%以上10%未満を「低い」,5%未満を「きわめて低い」と表す。
はじめに調査対象および方法調査結果:季節性インフルエンザ調査結果:パンデミック(H1N1)2009コメント
はじめに
 感染症流行予測調査事業において実施している「インフルエンザ感受性調査」は,毎年,季節性インフルエンザの本格的な流行が始まる前に,季節性インフルエンザに対する国民の抗体保有状況(免疫状況)を把握し,感受性者に対するワクチン接種等の注意喚起ならびに今後のインフルエンザの流行状況の推測を行うことを目的としている。

 インフルエンザワクチンに用いられるウイルスは,前シーズンおよび南半球の流行状況を参考に今シーズンに流行することが予想されるインフルエンザウイルスが選定され,毎年,A/H1N1亜型( Aソ連型),A/H3N2亜型(A香港型),B型(ビクトリア系統あるいは山形系統)の3つのインフルエンザウイルスがワクチン株として用いられている。例年の調査において,これら3つのワクチン株にワクチンに用いられなかった別系統のB型インフルエンザウイルスを加えた4つのウイルスを測定抗原として調査を行っているが,本年度は,パンデミック(H1N1)2009のインフルエンザウイルス[A(H1N1)pdm]についても調査を行った。

 本速報では,2009年度の調査により得られた暫定データから,季節性インフルエンザおよびパンデミック(H1N1)2009に対する年齢群別抗体保有状況について掲載する。
1.調査対象および方法
 2009年度の調査は,23都道府県の各225名,合計約5,000名を対象として実施された(※実際は各都道府県において予定数よりも多くの対象者の結果について報告されている)。

 インフルエンザウイルスに対する抗体の有無および程度については,対象者から採取された血液(血清)を用いて,調査を担当した都道府県衛生研究所において赤血球凝集抑制試験(HI法)により測定された。採血時期は原則として2009年7〜9月(季節性インフルエンザの流行シーズン前かつワクチン接種前)とした。また,HI法に用いたインフルエンザウイルス(測定抗原)は以下の5つであり,このうちa〜cは2009/10シーズンのインフルエンザワクチンに用いられているウイルス,dはワクチンには用いられていないが,抗体保有状況を把握することが必要と考えられるウイルス,eはパンデミック(H1N1)2009のウイルスである。
a) A/Brisbane(ブリスベン)/59/2007 [A/H1N1亜型(Aソ連型)]
b) A/Uruguay(ウルグアイ)/716/2007 [A/H3N2亜型(A香港型)]
c) B/Brisbane(ブリスベン)/60/2008 [B型(ビクトリア系統)]
d) B/Florida(フロリダ)/4/2006 [B型(山形系統)]
e) A/California(カリフォルニア)/7/2009pdm [A(H1N1)pdm]
2.調査結果
 2010年1月15日現在,北海道,山形県,福島県,茨城県,栃木県,群馬県,千葉県,東京都,神奈川県,新潟県,富山県,福井県,山梨県,長野県,静岡県,三重県,京都府,山口県,愛媛県,高知県,佐賀県,宮崎県の22都道府県から合計6,309名の対象者について結果が報告された。

 5歳ごとの年齢群別対象者数は,0-4歳群:752名,5-9歳群:500名,10-14歳群:640名,15-19歳群:483名,20-24歳群:449名,25-29歳群:523名,30-34歳群:530名,35-39歳群:480名,40-44歳群:384名,45-49歳群:401名,50-54歳群:346名,55-59歳群:323名,60-64歳群:208名,65-69歳群:139名,70歳以上群:151名(70-74歳群:68名,75-79歳群:40名,80-84歳群:28名,85-89歳群:9名,90歳以上群:6名)であった(※測定抗原により対象者数は若干異なる)。
1) 季節性インフルエンザに対する年齢群別抗体保有状況
a) A/Brisbane(ブリスベン)/59/2007 [A/H1N1亜型(Aソ連型)] :図1上段
 本ウイルスは,2008/09シーズン(昨シーズン)に引き続き,2009/10シーズン(今シーズン)のインフルエンザワクチンに用いられているA/H1N1亜型(Aソ連型)のインフルエンザウイルスである。
 このウイルスに対する抗体保有率は,5-9歳群から25-29歳群の5つの年齢群で61〜82%と高く,10-14歳群で最も高かった。また,30-34歳群(43%),40-44歳群(42%),45-49歳群(41%)および70歳以上群(40%)は比較的高い抗体保有率であったが,そのほかの年齢群は22〜39%と比較的低い〜中程度の抗体保有率であった。インフルエンザワクチンの定期接種(2類)対象年齢に該当(※60〜64歳の一部も該当)する65歳以上の年齢群では,60-64歳群と比較して高い抗体保有率であった(65歳以上群:40%,60-64歳群:22%,Fisher's exact test :p<0.001)。すべての年齢群における平均は51%であり,調査した季節性インフルエンザのウイルスのうち最も高い抗体保有率であった。
図1上段
b) A/Uruguay(ウルグアイ)/716/2007 [A/H3N2亜型(A香港型)] :図1下段
 本ウイルスは,上記のA/H1N1亜型と同様,2008/09シーズンに引き続き,2009/10シーズンのインフルエンザワクチンに用いられているA/H3N2亜型(A香港型)のインフルエンザウイルスである。
 このウイルスに対する抗体保有率は,5-9歳群(59.6%),10-14歳群(55%)および15-19歳群(47%)で比較的高かったが,そのほかの年齢群は15〜32%と比較的低いあるいは中程度の抗体保有率であった。65歳以上の年齢群における抗体保有率は,A/H1N1亜型と同様に60-64歳群と比較して高かった(65歳以上群:27%,60-64歳群:17%,Fisher's exact test :p=0.008)。すべての年齢群における平均抗体保有率は30%と調査した季節性インフルエンザのウイルスのうち最も低かった。
図1下段
c) B/Brisbane(ブリスベン)/60/2008 [B型(ビクトリア系統)] :図2上段
 本ウイルスは,2009/10シーズンのインフルエンザワクチンに用いられているビクトリア系統のB型インフルエンザウイルスであり,2008/09シーズンのワクチンに用いられていた山形系統のウイルスから変更となった。
 このウイルスに対する抗体保有率は,30-34歳群から40-44歳群の3つの年齢群では46〜49%と比較的高かったが,そのほかの年齢群は11〜36%と比較的低い〜中程度の抗体保有率であった。すべての年齢群における平均は,調査した季節性インフルエンザのウイルスのうち2番目に低い31%の抗体保有率であった。
図2上段
d) B/Florida(フロリダ)/4/2006 [B型(山形系統)] :図2下段
 本ウイルスは,2008/09シーズンにインフルエンザワクチンに用いられた山形系統のB型インフルエンザウイルスであるが,2009/10シーズンはビクトリア系統のウイルスがワクチンに用いられていることから,別系統の代表として測定抗原に用いた。
 このウイルスに対する抗体保有率は,10-14歳群から25-29歳群の4つの年齢群で62〜83%と高く,15-19歳群および20-24歳群で80%以上を示した。また,比較的高い抗体保有率であった30-34歳群から45-49歳群(44〜56%)の4つの年齢群以外は,15〜39%と比較的低いあるいは中程度の抗体保有率であった。すべての年齢群における平均抗体保有率は,調査した季節性インフルエンザのウイルスのうちA/H1N1亜型に次いで2番目に高い49%であった。
図2下段
2) パンデミック(H1N1)2009に対する年齢群別抗体保有状況
e) A/California(カリフォルニア)/7/2009pdm [A(H1N1)pdm] :図3
 本ウイルスは,パンデミック(H1N1)2009の世界的流行の初期に米国で分離されたA/H1N1亜型のインフルエンザウイルスである。
 このウイルスに対する抗体保有率は,85歳以上群(40%)を除くすべての年齢群で25%未満であるが,15-19歳群(20%),20-24歳群(14%),30-34歳群(11%),45-49歳群(12%)および80-84歳群(11%)で10%以上の抗体保有が認められた。そのほかの年齢群では10%未満の抗体保有率であった。
図3
コメント
 2008/09シーズン(2008年9月〜2009年8月)の季節性インフルエンザの流行状況について,分離されたインフルエンザウイルスの型・亜型別でみると,1月にA/H1N1亜型とA/H3N2亜型の混合流行がピークとなり,3月にはB型の流行が2つめのピークを形成した。その後,5月にA/H3N2亜型が小規模ながら分離されたが1か月程度で終息した1)。5月以降はパンデミック(H1N1)2009が流行し,全国的に拡大した2)。2009/10シーズン(2009年9月〜)は,前シーズンからのパンデミック(H1N1)2009の流行がさらに拡大し,2009年第48週(11月23〜29日)にはインフルエンザ定点(インフルエンザの流行状況を調査するための全国約5000箇所の医療機関)から約19万人の患者が報告され,この1週間の患者数は約189万人と推計されている3)。第49週以降,患者報告数は減少傾向にあり,第53週(12月28日〜1月3日)の1週間は約48,000人の報告数であった4)

 本年度の調査結果(2010年1月15日現在)から,季節性インフルエンザのA型に対する抗体保有率は,5-9歳群から20代の年齢群で他の年齢群と比較して高く,これらの年齢群は学校等の集団生活でインフルエンザウイルスに曝露する頻度が高いと考えられる年代であり,前のシーズンの流行によるものと考えられた。B型(特にビクトリア系統)については,40代前半に抗体保有率のピークが認められたが,理由はよく分かっておらず,今後の検討課題である。また,パンデミック(H1N1)2009に対する抗体保有率は多くの年齢群で低く,ほとんどの者が感受性者と考えられた。本調査に用いた検体の採取時期は原則として7〜9月としていることから,パンデミック(H1N1)2009に対する抗体保有者のうち10代後半から20代前半の抗体保有者は,わが国の流行早期にみられた高校等での流行に関連した感染者と考えられ,そのほかの年齢群においても地域的あるいは全国的な流行の拡大にともなう感染者が含まれると考えられた。しかし,今回のパンデミック(H1N1)2009の患者の年齢分布から考えて,80歳以上,特に85歳以上群は,パンデミック(H1N1)2009発生以前の抗体保有者が含まれる可能性がある。

 パンデミック(H1N1)2009の患者報告数は第49週以降,減少傾向にあるが,例年,インフルエンザの流行がピークを迎える冬季であり,動向に関しては今後も注意が必要である。感染症情報センターホームページ(http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/index.html)では,流行状況やインフルエンザQ&Aなどの多くの情報を掲載しており,また,病原微生物検出情報(ISAR)の2009年10月号はパンデミック(H1N1)20092),11月号は季節性インフルエンザ1)の特集号であり,今後の対策等の参考としていただきたい。
1) 国立感染症研究所,厚生労働省健康局結核感染症課
<特集>インフルエンザ2008/09シーズン
IASR 2009,30(11):285-297.
2) 国立感染症研究所,厚生労働省健康局結核感染症課
<特集>新型インフルエンザ−パンデミック(H1N1)2009 2009年5〜9月
IASR 2009,30(10):255-270.
3) 厚生労働省/国立感染症研究所
注目すべき感染症:インフルエンザ

IDWR 2009/48,11(48):6-9.
4) 厚生労働省/国立感染症研究所
注目すべき感染症:インフルエンザ
IDWR 2009/52-53,11(52・53):9-12.

 国立感染症研究所 感染症情報センター/インフルエンザウイルス研究センター

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