ブタの日本脳炎HI抗体保有状況調査速報
−2002年第11報−

 日本脳炎は,日本脳炎ウイルスに感染したヒトのうち数百人に一人が発症すると考えられている重篤な脳炎である(文献1)。ヒトへの感染は,日本脳炎ウイルスを媒介する蚊(コガタアカイエカ)が日本脳炎ウイルスに感染したブタを吸血し,その後ヒトを刺すことにより起こる。
 感染症流行予測調査事業では,全国各地のブタ血清中の日本脳炎ウイルスに対する抗体を赤血球凝集抑制法(Hemagglutination inhibition test;HI法)を用いて測定することにより,間接的に日本脳炎ウイルスの蔓延状況を調査している。前年の秋以降に生まれたブタが日本脳炎ウイルスに対する抗体を保有し,さらに2-メルカプトエタノール(2-ME)感受性抗体(IgM抗体)を保有している場合,そのブタは最近日本脳炎ウイルスに感染したと考えられる。

 1960年代までは,毎年夏から秋にかけて多数の日本脳炎患者が発生しており(文献2),ブタの感染状況から日本脳炎ウイルスが蔓延している地域に多くの患者発生がみられた。Konnoらは,当時調査したブタの半数以上が日本脳炎ウイルスに感染していると,約2週間後からその地域に日本脳炎患者が発生してくると報告している(文献3)。現在では,日本脳炎ワクチンの普及や生活環境の変化等により,ブタの感染状況と患者発生は必ずしも一致していない。近年における日本脳炎患者発生数は毎年数名程度であるが,ブタの感染状況から日本脳炎ウイルスが蔓延していると推測される地域では,ヒトへの感染の危険性が高くなっていると考えられる。

 本速報は,日本脳炎ウイルスの感染に対する注意を喚起するものである。また,本年度から推定汚染地域の表記を行わないこととしたため、それぞれの居住地域における日本脳炎に関する情報に注意し,日本脳炎ウイルスが蔓延していると推測される地域においては,予防接種を受けていない人,乳幼児,高齢者は蚊に刺されないようにするなど注意が必要である。
No. 2002-11
国立感染症研究所ウイルス第1部・感染症情報センター発 2002年9月18日
下記の都道府県における屠畜場のブタの日本脳炎抗体保有率は次の通りである。
都道
府県
屠畜場 採血月日 検査数 HI抗体
陽性%
2-ME
感受性%
その他
沖 縄 北部 8月13日 25 100%
(25/25頭)
8%
(2/25頭)
7月30日の調査では、100%のブタ(25/25頭)がHI抗体陽性であり、17%(4/24頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
沖 縄 中南部 8月13日 25 8%
(2/25頭)
  7月30日の調査では、28%のブタ(7/25頭)がHI抗体陽性であり、2-ME感受性抗体は保持していなかった(0/1頭)。
鹿児島 鹿児島 9月2日 10 20%
(2/10頭)
0%
(0/2頭)
8月26日の調査では、10%のブタ(1/10頭)がHI抗体陽性であり、2-ME感受性抗体は保持していなかった(0/1頭)。
宮 崎 都城 9月9日 11 55%
(6/11頭)
16%
(1/6頭)
9月2日の調査では、45%のブタ(5/11頭)がHI抗体陽性であり、2-ME感受性抗体は保持していなかった(0/3頭)。
大 分   8月28日 20 100%
(20/20頭)
0%
(0/20頭)
8月13日の調査では、70%のブタ(14/20頭)がHI抗体陽性であり、62%(8/13頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
熊 本 熊本 8月26日 20 75%
(15/20頭)
43%
(6/14頭)
8月19日の調査では、40%のブタ(8/20頭)がHI抗体陽性であり、75%(6/8頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
長 崎 諫早 9月10日 20 100%
(20/20頭)
0%
(0/20頭)
9月4日の調査では、100%のブタ(20/20頭)がHI抗体陽性であり、2-ME感受性抗体は保持していなかった(0/20頭)。
佐 賀 佐賀 8月27日 10 100%
(10/10頭)
10%
(1/10頭)
8月20日の調査では、100%のブタ(10/10頭)がHI抗体陽性であり、30%(3/10頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
福 岡 太宰府 9月3日 10 100%
(10/10頭)
0%
(0/10頭)
8月27日の調査では、90%のブタ(9/10頭)がHI抗体陽性であり、22%(2/9頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
高 知 中村 8月12日 10 40%
(4/10頭)
0%
(0/4頭)
8月5日の調査では、60%のブタ(6/10頭)がHI抗体陽性であり、20%(1/5頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
愛 媛 大洲 9月10日 20 100%
(20/20頭)
15%
(3/20頭)
9月2日の調査では、30%のブタ(6/20頭)がHI抗体陽性であり、2-ME感受性抗体は保持していなかった(0/6頭)。
香 川 坂出 9月2日 20 80%
(16/20頭)
100%
(16/16頭)
8月26日の調査では、70%のブタ(14/20頭)がHI抗体陽性であり、100%(14/14頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
広 島 三次 9月4日 10 20%
(2/10頭)
100%
(1/1頭)
8月26日の調査では、90%のブタ(9/10頭)がHI抗体陽性であり、22%(2/9頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
島 根 島根 8月20日 20 0%
(0/20頭)
  8月6日の調査でも、HI抗体陰性(0/20頭)であった。
和歌山 和歌山 8月12日 13 62%
(8/13頭)
  今回の調査では、抗体価は6頭が1:10, 2頭が1:20であった。8月1〜5日の調査では、62%のブタ(8/13頭)がHI抗体陽性であり、2-ME感受性抗体は保持していなかった(0/6頭)。
奈 良 奈良 9月2日 20 60%
(12/20頭)
45%
(5/11頭)
8月26日の調査では、50%のブタ(10/20頭)がHI抗体陽性であり、20%(2/10頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
兵 庫 西播磨 8月26日 15 100%
(15/15頭)
0%
(0/15頭)
8月19日の調査では、6%のブタ(1/15頭)がHI抗体陽性であり、抗体価は1:10であった。
滋 賀 滋賀 9月5日 10 100%
(10/10頭)
10%
(1/10頭)
8月30日の調査では、100%のブタ(10/10頭)がHI抗体陽性であり、30%(3/10頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
三 重 松阪 9月3日 10 100%
(10/10頭)
0%
(0/9頭)
8月20日の調査では、50%のブタ(5/10頭)がHI抗体陽性であり、0%(0/5頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
静 岡 小笠 9月2日 10 60%
(6/10頭)
83%
(5/6頭)
8月22日の調査では、10%のブタ(1/10頭)がHI抗体陽性であり、2-ME感受性抗体は保持していなかった。
山 梨 山梨 8月28日 10 0%
(0/10頭)
  8月19日の調査でも、HI抗体陰性(0/10頭)であった。
石 川 金沢 9月4日 10 70%
(7/10頭)
71%
(5/7頭)
8月28日の調査では、30%のブタ(3/10頭)がHI抗体陽性であり、33%(1/3頭)が2-ME感受性抗体を保持していた。
富 山 新湊 9月3日 20 35%
(7/20頭)
  今回の調査では、抗体価は7頭とも1:10であった。8月27日の調査では、HI抗体陰性(0/20頭)であった。
新 潟 新潟 9月9日 10 0%
(0/10頭)
  9月2日の調査では、HI抗体陰性(0/10頭)であった。
神奈川 厚木 8月26日 20 0%
(0/20頭)
  8月19日の調査でも、HI抗体陰性(0/20頭)であった。
千 葉 9月9日 20 10%
(1/10頭)
  今回の調査では、抗体価は1:10であった。9月2日の調査では、HI抗体陰性(0/20頭)であった。
群 馬 群馬 9月3日 20 5%
(1/20頭)
  今回の調査では、抗体価は1:10であった。8月20日の調査では、HI抗体陰性(0/23頭)であった。
栃 木 宇都宮 8月26日 20 0%
(0/20頭)
  8月12日の調査では、HI抗体陰性(0/20頭)であった。
茨 城 水戸 9月4日 10 0%
(0/10頭)
  8月28日の調査でも、HI抗体陰性(0/10頭)であった。
秋 田 秋田 8月22日 12 0%
(0/12頭)
  8月7日の調査でも、HI抗体陰性(0/12頭)であった。
宮 城 仙台 9月3日 30 0%
(0/30頭)
  8月27日の調査では、3%のブタ(1/30頭)がHI抗体陽性であり、抗体価は1:10であった。
北海道 道南 8月9日 10 0%
(0/10頭)
  8月2日の調査でも、HI抗体陰性(0/10頭)。
北海道 早来 8月19日 10 0%
(0/10頭)
  8月12日の調査でも、HI抗体陰性(0/10頭)。
* HI抗体は、1:10以上を陽性とした。
** 2-ME感受性抗体については、HI抗体が1:40以上であったものについて検査した。
  ブタの日本脳炎ウイルスに対するHI抗体保有率が80%を越えた地区。
  ブタに2-ME感受性抗体が検出され、しかも日本脳炎ウイルスHI抗体陽性率が50%を越えた地区。
  ブタに2-ME感受性抗体が検出された地区。
文献 1. Southam, C. M., Serological studies of encephalitis in Japan. II. Inapparent infection by Japanese B encephalitis virus. Journal of Infectious diseases. 1956. 99: 163-169.
2. 松永泰子,矢部貞雄,谷口清州,中山幹男,倉根一郎. 日本における近年の日本脳炎患者発生状況−厚生省伝染病流行予測調査および日本脳炎確認患者個人票(1982〜1996)に基づく解析−. 感染症学雑誌. 1999. 73: 97-103.
3. Konno, J., Endo, K., Agatsuma, H. and Ishida, Nakao. Cyclic outbreaks of Japanese encephalitis among pigs and humans. American Journal of epidemiology. 1966. 84: 292-300.

国立感染症研究所 ウイルス第一部
国立感染症研究所 感染症情報センター

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