ブタの日本脳炎HI抗体保有状況調査
−2010年速報第5報−
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 日本脳炎は,日本脳炎ウイルスに感染したヒトのうち数百人に一人が発症すると考えられている重篤な脳炎である1)。ヒト感染は,日本脳炎ウイルスを媒介する蚊(日本では主にコガタアカイエカ)が日本脳炎ウイルスに感染したブタを吸血し,その後ヒトを刺すことにより発生する。

 感染症流行予測調査事業では,全国各地のブタ血清中の日本脳炎ウイルスに対する抗体を赤血球凝集抑制法(HI法)を用いて測定することにより,間接的に日本脳炎ウイルスの蔓延状況および活動状況を調査している。前年の秋以降に生まれたブタが日本脳炎ウイルスに対する抗体を保有し,さらに2-メルカプトエタノール(2-ME)感受性抗体(IgM抗体)を保有している場合,そのブタは最近日本脳炎ウイルスに感染したと考えられる。下表は調査期間中における日本脳炎ウイルスの活動状況について都道府県別に色分けしており,日本脳炎ウイルスの最近の感染が認められた地域を青色,それに加えて調査したブタの50%以上に感染が認められた地域を黄色,調査したブタの80%以上に感染が認められた地域を赤色で示している。

 1960年代までは,毎年夏から秋にかけて多数の日本脳炎患者が発生しており2),3),ブタの抗体保有状況から日本脳炎ウイルスが蔓延している地域に多くの患者発生がみられた。Konnoらは,当時調査したブタの半数以上が日本脳炎ウイルスに感染していると,約2週間後からその地域に日本脳炎患者が発生してくると報告している4)。現在では,日本脳炎ワクチン接種の普及や生活環境の変化等により,ブタの感染状況と患者発生は必ずしも一致していない。近年における日本脳炎患者報告数は毎年数名程度であるが,夏期のブタの抗体保有状況から日本脳炎ウイルスが蔓延あるいは活動していると推測される地域では,ヒトへの感染の危険性が高くなっていると考えられる。

 本速報は,日本脳炎ウイルスの感染に対する注意を喚起するものである。また,それぞれの居住地域における日本脳炎に関する情報にも注意し,日本脳炎ウイルスが蔓延あるいは活動していると推測される地域においては,予防接種を受けていない人,乳幼児,高齢者は蚊に刺されないようにするなど注意が必要である。2010年4月から日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨が3歳については再開されたが,日本脳炎ウイルスの活動が活発な地域に居住する者や流行国へ渡航する者は日本脳炎ワクチンの接種が望まれる。なお,日本脳炎に関するQ&A(第3版)については以下のサイトから閲覧可能である。[ http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE03.html

抗体保有状況の
地理的分布



抗体保有状況の
月別推移

 
2010-5 (2010年8月6日現在)
HI
抗体
2-ME
感受性
抗体
都道府県 採血月日 HI抗体
陽性率
*
2-ME感受性
抗体陽性率
**
コ メ ン ト

5/10

5/10
沖縄県 7月12日 0%
(0/25)
今回および前回の調査(7月6日)ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。
前々回の調査(6月28日採血)では20%(5/25)のブタがHI抗体陽性であったが,それらのブタはすべて抗体価1:40未満であった。
鹿児島県 7月26日 0%
(0/20)
前回の調査(7月13日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。
宮崎県 7月26日 0%
(0/11)
前回の調査(7月21日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。
大分県 7月26日 0%
(0/10)
前回の調査(7月15日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。

7/12

7/26
熊本県 8月2日 20%
(4/20)
75%
(3/4)
今回の調査ではHI抗体陽性のブタはすべて抗体価1:40以上を示し,そのうち3頭のブタから2-ME感受性抗体が検出された。
前回の調査(7月26日採血)では10%(2/20)のブタがHI抗体陽性であり,そのうち1頭のブタは抗体価1:40以上を示し,2-ME感受性抗体も検出された。

7/2

7/27
長崎県 7月27日 100%
(10/10)
13%
(1/8)
7月2日採血分の調査でHI抗体陽性率が80%を超えた。
今回の調査ではHI抗体陽性のブタのうち8頭は抗体価1:40以上を示し,そのうち1頭のブタから2-ME感受性抗体が検出された。
前回の調査(7月13日採血)では100%(10/10)のブタがHI抗体陽性であったが,それらのブタはすべて抗体価1:40未満であった。

7/27

7/27
佐賀県 8月3日 40%
(4/10)
33%
(1/3)
今回の調査ではHI抗体陽性のブタのうち3頭は抗体価1:40以上を示し,そのうち1頭のブタから2-ME感受性抗体が検出された。
前回の調査(7月27日採血)では30%(3/10)のブタがHI抗体陽性であり,それらのブタはすべて抗体価1:40以上を示し,そのうち1頭のブタから2-ME感受性抗体が検出された。

7/20

7/27
福岡県 8月3日 0%
(0/10)
今回の調査ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。
前回の調査(7月27日採血)では20%(2/10)のブタがHI抗体陽性であり,それらのブタはすべて抗体価1:40以上を示し,そのうち1頭のブタから2-ME感受性抗体が検出された。

6/25
高知県 7月16日 10%
(1/10)
今回の調査ではHI抗体陽性のブタは抗体価1:40未満であった。
前回の調査(7月2日採血)ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。
愛媛県 7月26日 0%
(0/10)
前回の調査(7月13日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。

7/12
香川県 8月2日 0%
(0/10)
7月12日採血分の調査でHI抗体陽性率が80%を超えた。
今回の調査ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。
前回の調査(7月26日採血)では80%(8/10)のブタがHI抗体陽性であったが,それらのブタはすべて抗体価1:40未満であった。

7/29
徳島県 7月29日 30%
(3/10)
今回の調査ではHI抗体陽性のブタはすべて抗体価1:40未満であった。
前回の調査(7月15日採血)ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。
広島県 7月28日 0%
(0/10)
前回の調査(7月14日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。

7/7
鳥取県 7月12日 100%
(10/10)
7月7日採血分の調査でHI抗体陽性率が80%を超えた。
今回の調査ではHI抗体陽性のブタのうち1頭は抗体価1:40以上を示した。
前回の調査(7月7日採血)では100%(10/10)のブタがHI抗体陽性であり,そのうち1頭のブタは抗体価1:40以上を示した。
兵庫県 7月28日 0%
(0/14)
前回の調査(7月22日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。
滋賀県 7月28日 0%
(0/10)
前回の調査(7月21日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。

8/2
三重県 8月2日 10%
(1/10)
今回の調査ではHI抗体陽性のブタは抗体価1:40未満であった。
前回の調査(7月26日採血)ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。
愛知県 8月2日 0%
(0/10)
前回の調査(7月26日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。
静岡県 7月26日 0%
(0/10)
前回の調査(7月15日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。
石川県 7月30日 0%
(0/10)
前回の調査(7月20日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。

7/6
富山県 7月26〜
27日
15%
(3/20)
今回の調査ではHI抗体陽性のブタはすべて抗体価1:40未満であった。
前回の調査(7月12〜14日採血)では5%(1/20)のブタがHI抗体陽性であったが,そのブタは抗体価1:40未満であった。
新潟県 8月2日 0%
(0/10)
前回の調査(7月26日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。

4/12
東京都 6月14日 0%
(0/50)
今回の調査ではHI抗体陽性のブタは認められなかった。
前回の調査(5月10日採血)では2%(1/50)のブタがHI抗体陽性であったが,そのブタは抗体価1:40未満であった。
前々回の調査(4月12日採血)では2%(1/50)のブタがHI抗体陽性であり,そのブタは抗体価1:40以上を示したが,2-ME感受性抗体は検出されなかった。
埼玉県 7月20日 0%
(0/10)
前回の調査(7月12日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。
栃木県 7月26日 0%
(0/20)
前回の調査(7月12日採血)でもHI抗体陽性のブタは認められなかった。
福島県 7月27日 0%
(0/10)
  今シーズンの調査期間中に調査したブタのHI抗体陽性率が80%を超えた地域
  今シーズンの調査期間中に調査したブタのHI抗体陽性率が50%を超え,かつ2-ME感受性抗体が検出された地域
  今シーズンの調査期間中に調査したブタから2-ME感受性抗体が検出された地域
今シーズンの調査期間中に調査したブタにおいてHI抗体陽性あるいは2-ME感受性抗体が検出されたことを示す
日付は今シーズンで初めてHI抗体陽性あるいは2-ME感受性抗体が検出された採血月日を示す
*  HI抗体は,抗体価1:10以上を陽性と判定した。
**
2-ME感受性抗体は,抗体価1:40以上(北海道・東北地方は1:10以上)であった検体について検査を行い,
  2-ME処理を行った血清の抗体価が未処理の血清(対照)と比較して,3管(8倍)以上低かった場合を陽性,
  2管(4倍)低かった場合を疑陽性,不変または1管(2倍)低かった場合を陰性と判定した。
  なお,対照の抗体価が1:40(北海道・東北地方は1:10あるいは1:20も含む)で,2-ME処理後に1:10未満
  となった場合も陽性と判定した。
文献 1. Southam, C. M., Serological studies of encephalitis in Japan. II. Inapparent infection by Japanese B encephalitis virus. Journal of Infectious diseases. 1956. 99: 163-169.
2. 松永泰子,矢部貞雄,谷口清州,中山幹男,倉根一郎. 日本における近年の日本脳炎患者発生状況−厚生省伝染病流行予測調査および日本脳炎確認患者個人票(1982〜1996)に基づく解析−. 感染症学雑誌. 1999. 73; 97-103.
3. 新井 智,多屋馨子,岡部信彦,高崎智彦,倉根一郎. わが国における日本脳炎の疫学と今後の対策について. 臨床とウイルス. 2004. 32(1): 13-22.
4. Konno, J., Endo, K., Agatsuma, H. and Ishida, Nakao. Cyclic outbreaks of Japanese encephalitis among pigs and humans. American Journal of epidemiology. 1966. 84: 292-300.

国立感染症研究所 感染症情報センターウイルス第一部

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