国立感染症研究所 感染症情報センター
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新型インフルエンザA(H1N1)の流行状況−更新11

          
2009年6月26日

国立感染症研究所 感染症情報センター

世界の状況

WHOによると、2009年6月24日午前7時00分(世界標準時)現在、確定症例は世界109カ国から55,867例が報告されており、238例の死亡が報告されている(致死率:0.4%)。6月11日には、WHO事務総長のマーガレット・チャン氏によるパンデミックフェーズ6への引き上げの宣言がなされたが、この状況は、WHOに報告される症例数などが実際の世界の状況を部分的に示すものに過ぎないと考えられること、複数の国々においては、もはやヒト−ヒト感染のリンクを追うことが出来なくなっていること、さらなる感染伝播が不可避であること、などの理由による。これまでのところ、大多数の患者は軽症であり、治療を行わなくとも迅速かつ完全に回復しているものの、世界的には、今回のパンデミックは、比較的裕福な国々において「中等度の重症度(=moderate severity)」である、とWHOは表現している。25歳以下の若者に患者が集中していることや、幾つかの国において観察されている、30−50歳台を中心とした約2%の症例が急速進行性に予後の悪い肺炎を合併している状況は、季節性インフルエンザと大きく異なる特徴である。これらの3分の1から半分の患者は、以前は健康であった成人であり、注意を要する。さらにWHOは、新型インフルエンザが途上国において拡大した場合の状況についての警鐘を鳴らしている。東南アジア地域における公式発表においても、タイ(774)、フィリピン(445:うち1例は死亡)、シンガポール(194)などの患者増加は著しいことに注意する必要がある。なお、各国におけるサーベイランスの状況、軽症例における受診行動やサーベイランスにおける把握状況、あるいは対策の方針は国によって異なるため、各国間の状況を正確に比較・評価するのは容易ではないことに注意されたい。

国内の状況

日本国内では、6月25日午前11時現在の時点で、989例の確定例が報告された(厚生労働省確認分、他に成田空港検疫所確認分が11例ある)。発生が確認されている都道府県は38に上り、それぞれの地域によって感染伝播の状況は異なる。現在、国内では、一例の確定例もでていない地域、渡航者からの散発例の出ている地域、地域内での感染で散発例、あるいは集団発生の出ている地域、より広範な感染伝播が疑われる地域が混在する。自治体による検査や対応の方法には違いがあり、これらの情報に影響を与えている可能性がある。日本国内においては、渡航歴のない新型インフルエンザ感染患者が5月16日に初めて報告された。その後、兵庫県や大阪府での学校における集団感染が明らかになり、この2府県からの報告例は、5月19日までに172例となった。その後、大規模な学校閉鎖などの対策がなされたこともあって、2府県での学校内での集団発生は終息したが、国内発生例は継続して報告されている。

厚生労働省の報道発表資料によれば、渡航歴のある者・渡航者とリンクのある者が、5月に比べて増加しているが、これは、国外での感染拡大の状況を反映していると思われる。同発表資料に基づくと、渡航者は、入国日から1−3日後に発症している症例が多い。6月以降も、学校等における集団発生は、複数の自治体で報告されているが、6月25日現在、病院や老人福祉施設など、いわゆる、新型インフルエンザに感染すると重症化するリスクのある者が多い場所での、集団発生は日本国内では報告されていない。また、肺炎・呼吸不全・多臓器不全・脳症などの重症例の報告はない。一方で、感染源が不明とされる症例も、一定数が継続して報道、報告されており、今後も、感染拡大・重症患者発生予防のためにも、注意して監視する必要がある。

国内の現状に対する評価と今後の戦略

これまでのわが国における発生状況をみると、持続的に輸入例があり、そこからの二次感染例、あるいはそれらに起因した集団発生が起こると共に、限定的な地域内感染伝播の結果として、地域内でどこから感染したかわからない症例が散在している。

「香港かぜ-その流行の記録-」(日本公衆衛生協会編)の中で、福見らは、1968年の香港かぜと呼ばれたパンデミックの流行について、以下のように記載している(以下、原文のまま)。「流行学的にいうならば、10月以降の香港かぜの流行発生は、言うところの「from within」である。インフルエンザが流行期でないときに外から導入されると大抵の場合、そのまま流行期につながらず一度、播種期に入る。Seedingの期間である。輸入されたウイルスは人から人へ細々と感染の伝播を続けていく。その感染伝搬の鎖は甚だ細い。人前に顕在しない程度のものである。しかし、そのことによって患者はあちらこちらに発生し、さらに感染を拡大していく。くすぶり流行(Smoldering epidemics)である。そして、それが、やがて時期が来ると、顕性流行に発展していく。8月、9月はこのくすぶり流行の期間で、10月に入って流行はやや顕性化の傾向をとったというのである。」

現在の日本の状況は、この記述に非常によく似ていると考えることが出来る。すなわち、輸入例や、それに端を発した播種の結果の、火種が、あちこちでくすぶっているが、非常に小さな火種は人の目に付かない。時にそれらが流行に適した集団(中高校生など)に入ると、集団発生となる。これがぼやである。ただ、大きな市中の流行(目に見える火事)にはならない。

福見らの理論が正しいとすると、今後秋から冬にかけて、輸入事例が起こったところから、顕性流行に発展していくと考えられる。であれば、現在は、小さな火種(軽症者の散発例)があったとしても人前に顕在しない程度のものは把握できないことになる。これへの対策としては、体調が悪いと感じられる人は出来るだけ感染を伝播させないように自制することが個人レベルで必要であり、その啓発が公衆に向けてのメッセージとして重要である。もしもぼや(小さな集団発生)として認識された場合には、これが拡大しないように可能な限り努めることである。学校などへの対応がこれにあたる。この間は、季節性を含むインフルエンザ全般のサーベイランスとして、火種の性状を把握しておけば、冬季への対応の重要な準備となる。しかしながら、ここで全力をあげてその火種を一つ一つ突き止めて消そうとすることは非常に難しく、長期的には資源を浪費することにもつながりかねず、本当に火事(顕性流行)になったときには資源が尽きてしまっているという危惧が生じる。ウイルスは絶えず日本国内に入ってくるからである。

パンデミック・インフルエンザの季節を規定することは難しいが、インフルエンザが通常流行しやすい時期に近づくにつれて、ぼやが多発し、その勢いを増していくであろうし、これを消すことは極めて難しくなるであろう。であれば、一旦ぼやが多発して火事(顕性流行)になっていくことが確認できれば、多くの患者が発生しないように、罹患した人のうち軽症者は基本的に自宅で療養し、重症者は適切に治療して、被害者を可能な限り少なくするように医療体制を整えることが肝要である。これらは基本的に季節性インフルエンザ対応の延長線上にある。患者発生やウイルスの動向を絶えず監視し、大きな状況の変化(ウイルスの変異による重症者の増加)を早期に探知して戦略転換を柔軟に行うこと、それを可能ならしめる体制の構築が必要であり、現在がその準備に当たるときである。





(2009/6/26 IDSC 更新)

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