背景
A(H1N1)ブタインフルエンザのアウトブレイクに関する状況は、現在刻々と変化しており、世界中の異なった地域が影響を受けている。
疫学的情報に基づいて考えると、このインフルエンザウイルスによるヒト−ヒト感染だけでなく市中レベルでのアウトブレイクも起こす能力があることが証明されており、そのことは持続的ヒトーヒト感染を起こす能力を持っていることを示唆する。現在医療機関は、A(H1N1)ブタインフルエンザに感染した患者にケアを提供することに対する困難に直面している。医療従事者は、特にA(H1N1)ブタインフルエンザのアウトブレイクの影響を受けている地域において、自分自身や他の医療従事者、患者や来訪者に対する感染伝播の可能性を最小限にするため、インフルエンザ様症状を示した患者のケアを行う際に適切な感染防御を講じることが必須である。
4月29日の時点では、A(H1N1)ブタインフルエンザのヒト−ヒト感染は、主に飛沫によっておこると考えられている。従って、A(H1N1)ブタインフルエンザの疑いがあるかまたは確定した患者に対する感染防御は、呼吸器飛沫の拡散の制御を最優先すべきである。持続的にヒト−ヒト感染するインフルエンザウイルス(例えば、パンデミックを起こす能力のあるインフルエンザ)に対する防御の基本は、“医療機関における、流行および大流行を起こす能力のある急性呼吸器感染症に対する感染防御のWHO暫定ガイドライン1]”に詳細に記載されている。
本手引きは、新しい情報の集積に伴い改訂される可能性がある。
感染防御の基本的考えかた
1 標準予防策と飛沫予防策の導入、患者の間を少なくとも1m以上あけ混雑を避けること、早期検知のための患者トリアージ、患者配置と報告、医療サービスの組織化、利用可能な用具の合理的使用に関する指針、患者対応に対する指針、感染防御の基盤の強化など、管理体制が鍵になる要因である。
2 基本的な医療機関の基盤2]、適正な換気、適切な患者配置、適正な環境清掃などの環境運用面の管理によって、診療に際しての呼吸器計病原体の拡散を減少させることができる。
3 利用可能な個人防護具(Personal Protective Equipment, PPE)の合理的な使用や適切な手指衛生
重要なポイント
- 患者の密集を避け、患者間に適正な距離をとる
- 口と鼻の粘膜を防御する
- 手指衛生の実施
感染防御の要約
A(H1N1)ブタインフルエンザ感染が確認されたあるいは疑われる患者、およいインフルエンザ様疾患の患者に対するケアを提供するスタッフに対して、
A(H1N1)ブタインフルエンザ感染が疑われるあるいは確認された患者と直接接触する業務を行っている際には、標準予防策3]と飛沫予防策4]を強化すべきである。
キーポイントとなるのは、
- 医療用・サージカルマスクの使用
- 指衛生を強調し、手指衛生用の設備や備品を提供すること
患者の痰のしぶきが顔にかかる危険がある場合、標準予防策として、
- 顔を覆うこと! 医療用・サージカルマスクとアイバイザーまたはゴーグルを使用する もしくは、フェイスシールドを使用する
- ガウンや清潔な手袋の使用
- PPEを外した後の手指衛生を忘れないこと!
エアロゾルを生じるような処置(例えば、気道の吸引、気道内挿管、蘇生、気管支鏡検査、剖検など)は、感染伝播リスクを増すことになるので、感染防御法は以下が必要である:
- レスピレーター( 例 EUにおけるFFP2、アメリカにおけるNIOSH認定のN95 )
- 眼の防護(ゴーグルの使用など)
- 清潔な未滅菌の長いスリーブ型ボタンなしガウンの使用
- 手袋の使用(これらの手技のうちには、滅菌手袋が必要な場合もある)
ヘルスケア(診療)に関するキーポイント
1 全ての医療機関に対する基本的な感染防御の勧告
急性発熱性呼吸器疾患の患者をケアする際には、標準予防策と飛沫予防策を講じる。
2 呼吸器衛生/咳エチケット
医療従事者や患者及びその家族は、咳をする場合ティッシュで口と鼻を覆うこと、さらにその後手指衛生を行うこと
3 A(H1N1)ブタインフルエンザが疑われるあるいは確認された患者に対する感染防御
患者を適切な換気ができる病室に収容する。もし、1人部屋が確保できない場合、患者を同じ部屋に入れ、ベッドの間隔を少なくとも1m以上保つ。隔離部屋に入る者は全て、標準予防策と飛沫予防策を講じる。
4 A(H1N1)ブタインフルエンザ感染のトリアージ、早期認知と報告
症状が出現する前1週間以内にA(H1N1)ブタインフルエンザの影響を受けている地域に出かけた、或いは感染者や感染動物に曝露したことがある、急性発熱性呼吸器疾患の患者をみた場合、A(H1N1)ブタインフルエンザを念頭におく。
5 病院内におけるA(H1N1)ブタインフルエンザ感染を減少させるための追加的方法
A(H1N1)ブタインフルエンザ患者に曝露する医療従事者・家族・訪問者制限する
6 医療機関内における検体の採取、運搬、処理
検体採取には標準予防策と飛沫予防策をとる。検査室への検体搬送に際しては標準予防策をとる。医療機関の検査室はきちんとしたバイオセーフティ手順に沿う。
7 家族 及び 面会者への勧告
家族や面会者の数は、患者支援の為の最低限の人数に絞り、医療従事者と同じ感染防御をとる。
8 医療機関内の患者の搬送
A(H1N1)ブタインフルエンザが疑われるあるいは確認された患者は、医療用・サージカルマスクを着用すべきである。
9 病院入院前のケア
感染防御は、A(H1N1)ブタインフルエンザが疑われる患者のケアを担当するすべての人が病院でのケアの際に行う手順と同様である(例:病院への搬送)。
10 職業保健
A(H1N1)ブタインフルエンザの患者に曝露した医療従事者の健康状態を監視する。抗ウイルス薬の予防投与については、各々の国や地域の方針に拠る。何らかの症状を示した医療従事者は、自宅にて療養すべきである。
11 廃棄物の処理
A(H1N1)ブタインフルエンザウイルスで汚染された可能性のある廃棄物を、感染性医療廃棄物として処理する(例:使用済みマスク)。
12 食器類
通常の手順で水と洗剤を用いて洗う。ゴム手袋(滅菌の必要はない)を用いる。
13 寝具や衣類の洗濯
通常と同じように水と洗剤を用いて洗う。洗濯前に、寝具や衣類を揺り動かしてはいけない。洗濯の際は、ゴム手袋(滅菌の必要はない)を用いる。
14 環境清掃と消毒
汚れたところやよく触れる表面部分(例:ドアノブなど)は、消毒薬を用いて定期的に清掃する。
15 患者ケア用の器具
A(H1N1)ブタインフルエンザ患者に対する器具は患者専用にして区別する。もし、用意できない場合は、他の患者に再利用する前に、充分な清掃と消毒を行う。
16 A(H1N1)ブタインフルエンザに対する感染防御の期間
症状がある間
17 患者の退院
もし、何らかの理由でA(H1N1)ブタインフルエンザ患者が、まだ感染性を有している時期(感染防御が必要な期間内、上記16を参照)に退院する場合、自宅における適切な感染防御法について、家族に指導する。
18 物資が限られている状況でのPPEの優先順位
A(H1N1)ブタインフルエンザ患者のケアに当たる際の医療用・サージカルマスクと、手指衛生が、優先度が高い。
19 入院設備に関する工学的問題
A(H1N1)ブタインフルエンザ患者は、もし利用可能であれば適切に換気される個室に入院すべきである。エアロゾルを生じるような処置は、換気が充分なスペースで行われねばならない。
20 死後のケア
葬儀や埋葬に従事するスタッフは、標準予防策、すなわち手指衛生と適切なPPEを使用すべきである(患者の体液や分泌液がしぶきとなってスタッフの体や顔に飛び散る危険がある際には、ガウンや手袋、顔面の保護具を使用する)。
21 医療施設の管理活動
教育、トレーニング、リスク・コミュニケーション。質的・量的に適切なスタッフと物資。
22 コミュニテイーにおける医療
可能な限り、病人との接触を避けるようにする。もし、密接な接触が避けられない時は、呼吸器飛沫に対する最善で利用可能な防御をとるとともに、手指衛生を行う。
1] http://www.who.int/csr/resources/publications/WHO_CD_EPR_2007_6/en/index.html
2] 詳細については、医療における必須の環境標準、WHO、2008年を参照のこと: http://whqlibdoc.who.int/publications/2008/9789241547239_eng.pdf
3] 標準予防策:感染性があるかもしれない血液・体液・分泌液への直接的な無防備な曝露を最小限にするために考案された基礎的な防御、以下を参照 (http://www.who.int/csr/resources/publications/standardprecautions/en/index.html)
4] 飛沫予防策:患者の1メートル以内に入る場合には、医療従事者は医療用マスクを着用する
(2009/5/12 IDSC 更新)
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