国立感染症研究所 感染症情報センター
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◆ 腸チフス 2007年(2008年5月17日時点)


 腸チフスはチフス菌(Salmonella Typhi)の感染によって起こる全身性疾患である。チフス菌の感染はヒトに限って起こるので、患者および無症状病原体保有者の便と尿、およびそれらに汚染された食品、水、手指が感染源となる。通常は1〜3週間の潜伏期の後、39〜40℃の発熱が出現する。主要症状は高熱の持続で、他に特記すべき症状はないことが多い。比較的徐脈(高熱のわりに脈拍数が増えない)、バラ疹(高熱時に出現し、数時間で消える)、脾腫が3主徴とされているが、これらの出現率は30〜50%程度である。下痢は半数程度で、便秘もみられることがある。合併症として腸出血、腸穿孔があるが、ニューキノロン系薬が使用されるようになってからは稀である。しかし最近、ニューキノロン系薬低感受性の症例の増加が問題となっている(病原微生物検出情報IASR vol.26 No.4 p89-90 http://idsc.nih.go.jp/iasr/26/302/dj3021.html)。また、適切な治療がなされないと、再発・再燃や慢性のチフス菌保菌者になることがある。
 腸チフスは1999年4月施行の感染症法に基づく2類感染症として、疑似症患者、無症状病原体保有者を含む症例の届出が、診断した全ての医師に義務づけられた。その後、2007年4月施行の法改正により3類感染症に変更され、現在は患者(有症状者)及び無症状病原体保有者が届出対象(疑似症患者は対象外)である。無症状病原体保有者は、発見された患者と食事や渡航を共にした者に対する調査などによって発見されるほか、他の疾患に伴う検査や、健康診断などにおいて発見されている。

 2007年の報告数(診断週が2007年第1〜52週のもので、2008年5月17日までに報告されたもの)は47例であった。感染症法施行以降の過去の年間報告数は、1999年(4月〜)72例、2000年86例、2001年65例、2002年62例、2003年63例、2004年71例、2005年50例、2006年72例であり、2007年は最も少なかった(図1)

図1. 腸チフスの年別・感染地域別報告数(2000〜2007年)

 2007年の47例は、患者(有症状者)43例、疑似症患者1例、無症状病原体保有者3例であり、無症状病原体保有者3例は、胆石・胆のう炎の手術時、パラチフスと診断された患者の再検査時、健康診断時に発見されていた。死亡例の報告はなかった。
 疑似症患者を除く46例は、男性26例、女性20例で、年齢中央値28歳(1〜86歳)であった。確定または推定として報告された感染地域は、国内7例、国外38例、不明1例であった。
 患者43例で報告された症状をみた。届出様式に症状として挙げられているものでは、高熱40例、下痢30例、比較的徐脈10例、脾腫10例、バラ疹3例、便秘2例、胆石2例、腸出血1例、意識障害1例であった。またその他の症状として、排尿痛、肝障害、全身倦怠感、上行結腸の肥厚、外陰部潰瘍、嘔気などの記載があった。
 病原診断は細菌培養により行われているが、検体の種類をみると、患者(43例)では血液および便2例、血液31例、便8例、尿1例、胆汁1例であった。無症状病原体保有者(3例)では便2例、胆汁1例であった。また、パラチフスとの混合感染(感染国:インド/ベトナム/カンボジア/中国)が1例報告された。この症例は、当初パラチフス患者として届け出られ、その後の検査で腸チフス菌が分離されたものであった。

 国内を感染地域とする7例(患者6例、無症状病原体保有者1例)の性別では、男性2例、女性5例であり、年齢群別では、10歳未満1例、20代1例、40代1例、60代1例、70代1例、80代2例(年齢中央値66歳)であった(図2)。患者6例のうち、発症月の記載があった5例の発症月は、1、2、3、7、8月であった(図3)。また、いずれも散発例であり、感染源は特定されなかった。
 国外を感染地域とする38例(患者36例、無症状病原体保有者2例.疑似症患者1例は除く)の性別では、男性23例、女性15例であり、年齢群別では、10歳未満1例、10代6例、20代19例、30代8例、40代2例、50代1例、60代1例(年齢中央値27歳)で、特に20代、次いで30代、10代の順に多かった(図2)。患者36例のうち、発症月の記載があった35例の発症月をみると、9月(8例)、7月(5例)が多かった(図3)。また、患者及び無症状病原体保有者(38例)の感染地域別では、南アジアが20例(インド8例、ネパール7例、バングラデシュ3例、スリランカ1例、インド/ネパール1例)と最も多かった。他は多い順に、東南アジアが14例(インドネシア8例、フィリピン2例、ミャンマー2例、ラオス1例、インドネシア/フィリピン1例)、南米1例(ペルー)、南アジア/東南アジア1例(インド/タイ/カンボジア)、南アジア/東南アジア/東アジア1例(インド/カンボジア/ベトナム/中国)、国外の地域不明1例(10カ国以上に行っており、特定できず)であった(図4)

図2. 腸チフスの報告症例の推定感染地域別・性別・年齢群別分布(2006年) 図3. 腸チフスの報告症例の推定感染地域別・発症月別分布(2005年12月〜2006年) 図4. 腸チフスの感染地域割合(2007年)


 ワクチンとしては、欧米先進国では生ワクチン(経口)と不活化ワクチン(注射)があり、発展途上国への渡航者を対象に接種されている。しかし、わが国ではいずれも未認可である。

 予防の基本は感染経路の遮断であり、特に手洗いの励行が重要である。また、流行地への渡航などでは生水、氷、生の魚貝類、生野菜、カットフルーツなどを避けることが肝要であり、また、無理な旅行日程などによって体調をくずし、抵抗力を落とさないよう心がけることも大切である。

IDWR 感染症発生動向調査週報 2008年第30週「速報」に掲載)




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