熱帯熱マラリア治療の変遷

300 年以上もマラリア治療に用いられてきたquinineに代わる特効薬として1940年代に登場した合成薬のchloroquineは今日に至るも代表的な選択薬である。しかし、1960年にタイとコロンビアに出現した熱帯熱マラリア原虫の本剤耐性株がその後急速に熱帯各地に拡散し、もはやchloroquineは中米や中近東などの特定地域の熱帯熱マラリアにしか奏効しなくなっている。そのため1970年代初頭にsulfadoxine/pyrimethamine 合剤、1980年代にはmefloquineやhalofantrineなどの新たな合成薬が相次いで開発され、chloroquine耐性熱帯熱マラリアの治療に適用されている。しかし、一部地域にはchloroquineと上記新規薬剤との交差耐性株も出現するに及び、熱帯熱マラリア治療の大きな隘路になっている。そこで、現在ではこのような多剤耐性マラリアの治療には、古典的なquinineの効果が再評価され、その単独もしくはtetracyclineとの併用療法が行われている。さらに、中国において2,000年以上も民間療法に用いられてきたヨモギ科の薬草から1970年代に抽出に成功した青蒿素(quinghaosu=artemisinin)とその誘導体のartemeter、artesunateなどが即効性で安全性が高く重症例にも有効であることが判明したが、再燃率が高いことが難点になっている。

一方、わが国では近年国際化が進み、ボーダーレス時代といわれる今日、熱帯地からの輸入マラリアが後を絶たなくなっており、しかも、その経過が悪性の熱帯熱マラリアの割合が増加傾向にあることが憂慮されている。ところで、わが国における熱帯熱マラリアの治療状況をみると1990年〜1995年までのわずか5年間で選択薬が一変していることが注目される。すなわち1990年には全症例の83%に、1988年に承認されたsulfadoxine/pyrimethamine合剤(Fansidar)が使用されていた(内訳は単独19%、chloroquine、quinine、tetracyclineとの2剤または3剤による併用療法64%)。残りはchloroquine単独または他剤との併用療法(8.4%)、quinine 単独(2.8%)、mefloquine単独および他剤との併用が 5.5%と多様であった。これに対し1995年には、国内未承認のmefloquineの単独療法(54%)およびquinine 、Fansidar、tetracycline、artesunateなどとの併用例(18%)が多くなり、これにquinine単独またはFansidar、chloroquine、halofantrine、doxycyclineなどとの併用例の22%が次ぎ、Fansidarの単独療法は6%に低減した。このことは、熱帯熱マラリアに対するchloroquineやFansidarの治療効果が減弱したことに加え、厚生科学研究費「熱帯病治療薬の開発研究班」がmefloquineを確保し、治験薬としてその無償供与を開始したことで広く利用されたものと考えられる。したがって、同研究班は国内に流通していない抗マラリア薬の入手難を緩和し、患者治療に少なからぬ貢献をしているものと思われる。

しかし、熱帯各地のマラリア情勢は依然深刻な状況にあり、新たな薬剤開発とそれに対する耐性獲得はイタチごっこの感を呈しており、WHO のマラリア治療ガイドラインも適宜変更されるので迅速な情報収集も重要である。

東京慈恵会医科大学熱帯医学教室 大友弘士

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