調理器具を介した二次汚染が原因と推定された学校給食によるサルモネラ食中毒事例−熊本市

1997年7月3日、市内の医療機関から熊本保健所へ腹痛・下痢・発熱等の食中毒症状で入院している患者からサルモネラD群を検出した旨の連絡があった。調査の結果、市内の3中学校で合計 418名の生徒等が発症しており、これらの中学校に給食を提供しているA共同調理場が原因施設であることが強く疑われた。

医療機関で分離された菌株を熊本市環境総合研究所で菌種確認と血清型別を実施したところ、Salmonella Enteritidis(SE)であった。また、生徒および教職員164名の検便についてサルモネラの検査を、複合感染の有無を調べるために、そのうち症状の重い20名について腸管出血性大腸菌O157を含めた食中毒起因菌の検査を行った。その結果86名からSEが検出され、その他の食中毒起因菌は検出されなかったことから、今回の食中毒はSEによるものであると断定された。

原因食品の究明のために、6月23日〜30日までの検食67検体について検査を行ったところ、6月26日に調理された「ピーナッツ和え」3検体(3回に分けて和えられており、それぞれに保存されていた)のみからSEを検出した。汚染菌量は直接培養では検出されなかったことから、100/g以下であると推定された。

以上の結果から、6月26日にA共同調理場で調理された「ピーナッツ和え」が原因食品であると断定された。

患者は6月26日〜7月4日の8日間にわたり発症しており、発症のピークは6月30日、平均潜伏時間は102.6時間であった。喫食者数は2,267名、患者数は418名、発症率は18%であった。

熊本市では1995年にも学校給食によるサルモネラ食中毒が発生しており、当時の検食の保存期間が3日間で、発生の探知が遅れたため、調査を始めたときには食品が残っておらず、原因を解明することが出来なかったことから、今回の事例では保健衛生局長を委員長とする関係各課長および課員からなる食中毒原因究明委員会が設置され、徹底した汚染経路の解明が行われた。事件後の7月3、4日に実施した調理従事者の検便で2名からSEを検出したが、両名とも6月26日に実施した定期の検便の結果は陰性であったため、原因食品を喫食して感染したもので、調理従事者からの二次汚染はなかったと考えられた。ピーナッツ和えの原材料(割ピーナッツ、人参、もやし、ほうれん草)および器具等のふきとりからSEは検出されなかった。これらのことから、ピーナッツ和えの汚染は調理行程にあると考えられた。そこでピーナッツ和えの調理器具を中心に、26日以前のSE汚染源となりうる原材料および器具の使用方法等の詳細な聞き取り調査を行ったところ、ピーナッツ和えの調味液を混和するために使用したミキサーが、2日前には中華卵スープに加えられる約700個の鶏卵の撹拌に使われており、さらに、前日にはシチュールー(粉乳、ブドウ糖、肉エキス等からなる)を溶かすために使用され、ピーナッツ和えを調整した後日には拌三絲の調味液(pH 3.3で酢60%からなる。増殖試験の結果、この調味液はSEに対して殺菌的に作用することが確認され、事件発生後のふきとり検査でSEを検出できなかったのは、この調味液の影響によるものであると推定された)の調製に使用されていた。このミキサーは羽根の部分が分解できないため、使用後は羽根を付けたまま洗浄消毒されていた。このため羽根の基底部が消毒不完全であった可能性が高く、ピーナッツ和えの汚染経路はミキサーを介しての二次汚染が最も疑われた。そこで、鶏卵を汚染していたSEが、ミキサーを介して2日後に調理されたピーナッツ和えの調味液を汚染しうるかどうか、また、調理されてから喫食まで38℃に最大で2時間放置されていたことから、この間にどの程度のSEの増殖があったかについて検討した。その結果、1)ピーナッツ和えの保存試験ではピーナッツ和えに4×10 2/gの割合にSE(ピーナッツ和え由来株)を接種し、38℃で0分、30分、60分、90分、 120分後に菌数を測定したところ、90分までは有意な上昇は認められなかったが、 120分後に1.5×103/gとなり、3.75倍の増加が認められた。また、2)ミキサーを介した汚染についての再現試験では、(1)鶏卵40個(2,000ml)をミキサー内に割卵し、SEを2×104個(1×10/ml)接種後、撹拌、洗浄し、室温で1日放置後にSEの残存を調べるためにふきとり検査を実施したが、陰性であった。(2)再度ミキサーでSE接種鶏卵(1×10/ml)を撹拌し、洗浄、1日放置、シチュールーの撹拌、洗浄、1日放置後にSEの残存を調べるためにふきとり検査を実施したが、陰性であった。このように、ミキサーを使った再現試験では残存は確認されなかったが、(3)液卵およびシチュールーでの増殖試験で、水道水10mlに液卵10μlのみを添加したものと、さらにシチュールー 100μlを添加したもののそれぞれに、1/mlの割合にSEを接種し、前者を室温で、後者を30℃で24時間放置後菌数を測定したところ、それぞれ10/ml、 1.9×10 7/mlに増殖していた。

以上の再現試験の結果、調理から喫食の間に若干ではあるが、SEの増殖があったこと、水道水に添加されたわずかな液卵やシチュールーでSEが増殖できることから、ミキサーを介した汚染が成立する可能性が十分に考えられることがわかった。ミキサーを用いての実験で、SEの残存および増殖が確認できなかったのは、ミキサーの羽根の部分が事件後のふきとり検査等でかなり綺麗になっており、汚染卵が残存しにくい状態になっていたこと、洗浄は聞き取り調査に基づいて行われたが、これが当時と全く同じであったかどうか定かではないこと、さらに実験室と調理室とでは温度や湿度が異なる等、今回の再現試験が事件当時と全く同じ状態でなかったことによるものと考えられた。

今回の事件は、24日にミキサーで撹拌された鶏卵を汚染していたSEがミキサー内に残存し、25日に調製したシチュールーを栄養源として増殖した後、26日に調製したピーナッツ和えを汚染したため発生したものと推定された。熊本市ではこの事件を機に、卵および未加熱で喫食する食品の撹拌には分解可能なハンドミキサーを使用することや、配送された中学校で加熱食品と和え物が同一のコンテナ内で保管され、コンテナ内が38℃に上昇していたことから、各学校に新たに冷蔵庫が設置され、非加熱食品は冷蔵庫内に保存する等の対策が取られた。

熊本市環境総合研究所
阿蘇品早苗 松岡由美子 本田れい子
熊本保健所 下田和代  中村 勉

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