The Topic of This Month Vol.20 No.6(No.232)


シラミ症

ヒトのみに寄生するシラミ類(写真1)には、頭部に寄生するアタマジラミ(Pediculus capitis)、体を覆う衣類に寄生するコロモジラミ(P. humanus)、主として陰毛に寄生するケジラミ(Pthirus pubis)の3種ある。アタマジラミとコロモジラミは生態的には異なるが、形態的にほとんど区別できない。3種の中でコロモジラミは発疹チフス、回帰熱、塹壕熱それぞれの病原体であるRickettsia prowazekiiBorrelia recurrentisBartonella quintana等のベクターであり、これらの感染症により歴史的にも多くの人命が失われてきた。アタマジラミ、ケジラミは病原体の媒介には直接関与しないが、それらの寄生による激しい掻痒感を伴う皮膚炎や、精神的な負担を引き起こすことで問題となる。シラミ類の主要な感染経路は、アタマジラミでは頭髪と頭髪の直接的な接触であり、コロモジラミ(写真2)では躯体の接触や衣類を介して、ケジラミでは性行為である。

最近、わが国では、アタマジラミ症が子供を中心として全国規模で増加の傾向にある。また、都市に多くなったホームレスの人々の間にはコロモジラミ症が増えつつある(本号3ページ参照)。さらに、ケジラミ症も大都市域でその発生が報告されている。本特集では、コロモジラミ、ケジラミ症に関しては調査資料も少ないことから、アタマジラミ症に絞ってその発生動向と対策を以下にまとめた。

 日本におけるアタマジラミ症とその発生動向
先進諸国と同様にわが国においても、戦後の徹底したDDT等殺虫剤の散布と、公衆衛生・環境衛生の著しい改善、日本人の清潔志向の生活習慣等により、シラミ症は激減した。しかし、1971年のDDT、BHC等の有機塩素系殺虫剤の使用禁止に伴い、学童や園児にアタマジラミ症の集団発生が見られるようになり、日本におけるシラミ症の再興が始まった。

各都道府県内の市町村・保健所等において把握している被害情報(苦情相談を含む)が各都道府県から厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課に報告され、1981年度分より「ねずみ・衛生害虫等発生状況」として集計されるようになった。この集計のアタマジラミ症発生状況(図1)によると、1982年度にはアタマジラミ症報告件数は約2,300件、罹患者数約24,000人のピークが認められている。この発生ピークは1982年のピレスロイド系殺虫剤を有効成分としたアタマジラミ駆除薬の発売・使用と連動して暫時減少し、1987年度には約200件、1,900人に減少している。その後、数年間は低い発生状況が維持された。しかし、1990年代になると再び増加傾向を示し、1992年度には約7,500人からなる小ピークが認められた後、数年間は約5,000〜6,000人の状態が続いた。ところが、1994年度以降、ここ数年間のアタマジラミ症発生件数は増加傾向を示し始めた。

現在得られる最も新しい集計結果である1997年度のアタマジラミ症発生状況を詳細に見ると、報告件数は3,163件で前年度より44%増加し、罹患者数は8,641人で前年度より50%の増加を示している(表1)。ちなみに、1997年にはアタマジラミ駆除薬が約33万個出荷され(駆除薬1個は罹患者1人が1クールの治療に使用する量)、前年の出荷数より28%増加した。このことも、最近のアタマジラミ症の増加傾向を間接的に示唆するものであり、シラミ症罹患者が発見されてもその多くは報告されないことが推察される。

アタマジラミ症は一年を通じて認められるが、月別の発生状況をみると6月と10月の二峰生の傾向が認められる(図2)。さらに、アタマジラミの発生状況を施設区分別にみると、保育所、幼稚園、小学校で多くの罹患者が認められた(表1)。このような12歳以下の低年齢層の学童、園児、幼児がアタマジラミ症に罹患しやすい傾向は、過去6年間にわたって同様に認められた(表1)。

 アタマジラミの伝播と対策
感染経路としては直接的な頭部の接触が主な要因であるが、集団の場や家族内での寝具、タオル、帽子、ロッカー等の共用で伝播する場合もある。したがって、アタマジラミの予防・駆除対策としてはタオル、櫛やブラシ等の共用をさけ、着衣、シーツ、枕カバー、帽子等は熱湯(55℃以上)で洗うと効果的である。さらに、頭髪を丁寧に調べることでシラミの成虫や卵の早期発見を心がける。家族、集団内で発見されたら、感染の規模に即した駆除対策を一斉に実施することが肝要である。

頭部に寄生したアタマジラミの直接的な駆除のために、わが国では1981年にピレスロイド系のフェノトリンを有効成分とするシラミ駆除専用パウダー剤が、1998年には同薬剤のシャンプー剤が市販され、広く使用されている。一方、国外ではコロモジラミ、アタマジラミの駆除には有機塩素系、有機りん系、ピレスロイド系等数種の殺虫剤が広く用いられている。しかし、これらシラミ駆除用薬剤に対する抵抗性の発達が海外では深刻な問題となりつつある(本号3ページ参照)。

頭髪からアタマジラミを物理的に駆除する方法としては、洗髪と櫛による方法があるが、一般にこれらの方法で100%の駆除効果は期待できない。しかし、薬剤による駆除にかたよっている現行のシラミ駆除対策に対して、シラミ除去専用の櫛を用いた伝統的な方法でのシラミ駆除対策が、英国、米国等で見直されている。その使用促進のキャンペーンが公的・私的機関でなされている(本号3ページ参照)。

 結論
先進国におけるアタマジラミ症の増加は単に貧しさによる生活衛生の悪化がその原因であるとは考えにくい。わが国におけるアタマジラミ症罹患者の増加傾向の要因としては、世界規模での人の交流の増加、シラミを知らない世代の増加により、親が子供のシラミ寄生に気づかない傾向、シラミ駆除薬剤に対する抵抗性発達の可能性等の複合的な要因が考えられる。罹患の要因としては、季節、性、頭髪の長さ、家族サイズ・密度、家族の感染程度、通学手段、学校での机の混み具合、床に座るかどうか等の様々な条件が複雑に関与する。すなわち、先進諸国やわが国でのアタマジラミ症は、人々の生活パターンや行動パターンで変化する都市特有の公衆衛生問題として捉える必要がある。特に、学童、園児等の子供を中心として発生しているアタマジラミ症対策(註参照)には、シラミ症に関する適切な情報提供と教育が必要であり、医師、教育関係者、地域の公衆衛生担当者そして家族の協力による広範な公衆衛生活動が求められる。

 )アタマジラミ症は学校保健上しばしば問題となるが、学校保健法施行規則の一部改正(1999年4月)にともない文部省が作成した参考資料では「通常出席停止の必要はないと考えられる伝染病」として例示された。

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp



ホームへ戻る