原因食品から耐熱性溶血毒産生性Vibrio parahaemolyticusが検出された食中毒事例−三重県

食中毒患者下痢便から分離されるVibrio parahaemolyticusの大半は、この菌の病原因子である耐熱性溶血毒(TDH)および耐熱性溶血毒類似毒(TRH)またはどちらか一方を保有しているのに対し、海水、いけす等自然界や、食中毒の原因と考えられる魚介類等食品から分離される菌では、TDH、TRHのいずれも保有しない株がほとんどである。このことが原因食品の特定を困難にしている。我々は、1998年三重県津およびび上野保健所管内で発生したV. parahaemolyticus O3:K6による食中毒事例において、原因食品から患者下痢便由来株と同一血清型のTDH産生遺伝子(tdh)を保有する菌を検出したのでその概要を報告する。

材料と方法:患者便は、TCBS寒天平板に直接塗抹するとともに食塩ポリミキシンブイヨンで37℃、16時間増菌後、TCBS寒天平板にて分離培養した。培地に増殖した白糖非分解菌は常法により同定後、PCR法でtdhおよびtrhを検査した。使用プライマーはtdhがVPD-1/2、 trhがVPS-1/2(各々TaKaRa製)で、それぞれ251bp、 210bpにおけるバンド出現の有無により判定した。食品は、食塩ポリミキシンブイヨンで16時間増菌した後、PCR法でtdhtrhをスクリーニングし、陽性検体についてはTCBS寒天平板50枚に単独集落ができるように塗抹した。各平板から白糖非分解菌40〜50集落を滅菌爪楊枝で変法我妻培地に接種し、明瞭な溶血環が認められたものについて再度PCR法によりtdhtrh存在の有無を検査した。患者および食品から分離されたtdh陽性菌は、血清型別後、逆受身ラテックス凝集反応(RPLA)によりTDHの検出を行った。これらの菌はパルスフィールド電気泳動法(PFGE)によってDNA パターンを検討した。

 結 果

1.食中毒の概要:三重県一志郡内のK水産においてボイル後パック詰めされたバカ貝を1998年7月1日購入し、家庭において同日18時頃喫食した2家族10名中7名が7月2日8時頃から水様下痢便、嘔吐、腹痛等の症状を呈したため、近医で受診したところ食中毒と診定され、医師から保健所に届け出があった。この2家族の他、購入したり、譲り受けて喫食した6家族15名中12名が同一症状により発症した。これら患者のうち採便のできた5名中3名からV.parahaemolyticus O3:K6(TDH陽性)が分離された。このほか、三重県外に流通していた同一ロットの貝を喫食した新潟県内の3家族10名中5名が発症した。さらに、7月2日に同一ロットの貝を喫食した食品取扱者1名も翌3日に下痢を発症し、便からV. parahaemolyticus O3:K6(TDH陽性)が分離された。K水産に冷蔵保存されていた貝の増菌培養液(PCR法によりtdhを検出)から得られたTCBS寒天での独立集落1,994株中4株が明瞭な溶血環を呈するV. parahaemolyticusであったため、血清型別後、PCR法によるtdh、RPLAによるTDHの検出を試みたところ、これらの株はV.parahaemolyticus O3:K6(TDH陽性)と決定された。さらに、患者宅に残っていた貝における同様の試験でも2,484株中5株がV. parahaemolyticus O3:K6(TDH陽性)であった。なお、この会社のボイル前の生のバカ貝、砂抜き用および放冷用ざる、いけす海水からはV. parahaemolyticus O3:K6(TDH陽性)は分離されなかった。なお、いけす海水温は15℃であった。これらの成績を表1に示した。

1998年8月13日、三重県名張市内の料理店で喫食した9グループ280名中176名が14日食中毒症状を発症し、他に共通食がないことから同施設の料理を原因食と断定した。患者24名中23名および調理人4名中1名からTDH陽性のV. parahaemolyticus O3:K6、患者1名からTDH陰性のV. parahaemolyticus O3:K6が分離された。また、調理したオードブルの中で加熱したサザエの醤油煮、出し巻き卵、煮エビ、カボチャ、非加熱の大根の剣、はじかみ、メロンからもそれぞれTDH陽性のV. parahaemolyticus O3:K6が分離された。さらに、椎茸、レンコン、里芋、高野豆腐、煮エビからTDH陰性のV. parahaemolyticus O3:K6が分離された。なお、調理場および調理人の手指のふきとりからV.parahaemolyticusは分離されなかった。これらの成績を表2に示した。

2.ボイルバカ貝加工会社の概要:原因食となったボイルバカ貝は、1998年6月30日に三重県松阪市の海岸でこの業者が採取したもので、採取後は同社の施設内に設置されたた「いけす」で蓄養されていた。これらの貝は「いけす」の横にある釜でボイルし、ボイル後「いけす」の海水を加えて砂抜きが行われていた。砂抜きされた貝は、網を敷いた蓋のない合成樹脂製バットに入れて施設内のプレハブ冷蔵庫に保存し、出荷前にこの場所でパック詰めされていた。

3.PFGEによる分離菌の解析:今回の2事例から分離された株および過去に三重県で分離されたV. parahaemolyticus O3:K6のPFGEパターンを図1に示した。この中にはTDH陰性株(Lane 1、9、13、16、19)、TRH陽性株(Lane 2〜4)も含まれている。同一毒素産生株はすべてほぼ同じパタ−ンを示した。これに対して、同年上野保健所管内で発生した事例において、原因食品と考えられるサザエ、大根の剣、メロンから分離された患者と同型のTDH陽性V.parahaemolyticus O3:K6もPFGEで同一パターンであった。また、マグロや甘エビの刺身、椎茸、レンコン、エビ、ホタテの煮物から分離されたTDH陰性のV. parahaemolyticus O3:K6と患者1名からの分離株のパターンも同一であった。しかし、これらのTDH陰性株は1993年に分離されたTDH、TRH陰性株とは明らかにパターンが異なっていた。この事例のTDH陽性および陰性株のパターンも異なっていた。

4.三重県における過去の患者および原因食品からの同一血清型のTDH陽性株分離事例:過去32年間に三重県で発生したV. parahaemolyticusによる食中毒事例で患者および原因食品から同一血清型のTDH、またはTRH陽性株が分離されたのは、今回の事例を除くと表3に示した8事例しかなく、今回の2事例を入れてもわずか10事例である。なお、1969年の事例は老人クラブで発生したもので、三重県におけるV. parahaemolyticusによる食中毒の中で最大の規模であり、2名の死者が出ている。

考 察:今回津保健所管内の事例において、原因食品となったボイルバカ貝を製造したK水産には、製造施設内に洗浄設備がないため、ボイルした貝の洗浄はもっぱら海水を利用していた。さらに食品取扱いに関する衛生知識も欠如しており、施設全体の衛生状態も非常に悪く、製造から冷蔵に至るまでのどの工程でもV. parahaemolyticusの汚染を受ける可能性が示唆された。K水産に冷蔵保存されていたバカ貝からTDH陽性V. parahaemolyticus O3:K6が分離されたことから、冷蔵までのいずれかの工程において汚染されたことが考えられる。バカ貝を増菌したtdh陽性培養液から得られた約500集落に1集落がtdh陽性であったことから、初めにバカ貝を汚染したTDH陽性のV. parahaemolyticus O3:K6菌量は、ごく少量であったと推察できる。しかし、瞬間的なボイルでは中心部までの加熱がなされなかったため、貝の腸管内に保菌されていた少量のTDH陽性V. parahaemolyticus O3:K6は死滅せずに、これを喫食した人が発症したと思われる。

上野保健所管内の事例では、TDH陽性V. parahaemolyticus O3:K6の菌数は、サザエの醤油煮が最も多く、その他加熱オードブル中の煮エビ、カボチャ、非加熱の大根の剣、メロン、はじかみ、加熱調理後の煮エビ、カボチャ、出し巻き卵からもTDH陽性V. parahaemolyticus O3:K6が分離されたのは、サザエの醤油煮からの二次汚染ではないかと考えられる。この理由としては、サザエを煮るとき中心部まで完全に加熱されなかったため、菌が完全に死滅しなかったこと、および放冷が不完全であっため、生き残った菌が増殖したことをあげることができる。また、非加熱および加熱済みオードブルからもTDH陽性V. parahaemolyticus O3:K6が分離されたのは、調理人が調理から盛り付けまでの間、一度も手を消毒しなかったため、菌に汚染されたサザエの醤油煮から二次汚染したのではないかと考えられる。

TDH陽性V. parahaemolyticusは、原因と考えられる食品から分離することは非常に難しいとされている。我々は、増菌培養液からPCR法でtdhをスクリーニングし、陽性であったらこれから単独集落を得て多くの集落の中からtdh陽性を分離したが、本法は非常に多大な労力を必要とする。特定の血清型であれば、免疫磁気ビーズ法も考えられるが、本法は特定の血清型のみしか分離できないので、さらに感度のよい分離法を検討する必要がある。

三重県科学技術振興センター保健環境研究所
杉山 明 中野陽子 岩出義人 山内昭則 中山 治 松本 正
三重県津保健所 廣 幸音 伊藤 勤
三重県健康福祉部薬務食品環境課 西中隆道 庄司 正
琉球大学熱帯生物圏研究センター 熊澤教眞

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