1999/2000シーズンのインフルエンザウイルスの抗原分析と遺伝子解析
(Vol.21 p 262-265)
1999/2000シーズンのインフルエンザの流行はA/ソ連型ウイルスおよびA/香港型ウイルスの混合流行(分離株数から見た割合は6:4)であった(図1)。一方、スペインを除く欧米諸国ではA/香港型ウイルスが流行の主流でり、わが国とは流行の形態が異なっていた。当シーズンはB型インフルエンザの流行はなかったが、感染研呼吸器系ウイルス室に寄せられた情報では全国で14株が分離され、1株は2000年8月に静岡県で分離されている(図1)。また、今年度からは、ワクチン接種前・接種後の成人層および老人層から採取したペア血清を用いて、ワクチン株に対する抗体応答および流行株に対する交叉免疫反応も解析した。
1.流行ウイルスの抗原解析
1)A/ソ連型ウイルス(H1N1):各都道府県および政令指定都市衛生研究所(地研)で分離され、当室に報告されたA/ソ連型ウイルスは5,109株(全分離株の62%)であった。それぞれの地研で、昨シーズンのワクチン株であるA/Beijing(北京)/262/95に対するフェレット感染後血清を用いたHI試験でこれら分離株の抗原分析を行った結果、A/Beijing(北京)/262/95類似株が47%、HI価で8〜32倍異なる変異株が52%、64倍以上異なる変異株は1%であった(図2)。当室では、これら分離株の10%にあたる508株を各地研から送付してもらい、A/Beijing(北京)/262/95、 A/Harbin(ハルビン)/4/97、 A/New Caledonia/20/99、 A/Bayern/7/95、 A/Johannesburg/82/96、 A/Moscow/13/98に対するフェレット抗血清でさらに詳細な抗原分析を行った。その結果、A/Beijing(北京)/262/95類似株が105株(22%)、 A/New Caledonia/20/99類似株が343株(71%)と、昨シーズンはA/New Caledonia/20/99様ウイルスが増加してきたことが分かった。一方、これら2株とは抗原的にも遺伝的にも全く異なるグループを形成するA/Bayern/7/95、 A/Moscow/13/98に類似したウイルス株が神奈川県と千葉県で18株分離された。これらは、今のところ関東地方に限定されて検出されているが、諸外国においても、少数ながら分離されていることから、今後このグループに属するウイルスが増えてくるのか注視する必要がある。また、抗原分析に用いたすべての抗血清に対して低いHI価しか示さない変異株が長崎県、山形県、福岡県、宮城県、沖縄県および札幌で15株分離された。
2)A/香港型ウイルス(H3N2):全国で分離され、当室に報告されたA/香港型ウイルスは3,097株(全分離株の37%)であった。これら分離株を、各地研で昨シーズンのワクチン株であるA/Sydney/5/97に対するフェレット抗血清を用いて抗原分析を行ったところ、A/Sydney/5/97類似株が93%、HI価で8〜32倍異なる変異株が6%および64倍以上異なる株が1%という割合であった(図2)。感染研では、これらの中から238株(7.7%)を送付してもらい、 A/Sydney/5/97、 A/Sichuan(四川)/346/98、 A/Moscow/10/99、 A/Shanghai(上海)/42/99、 A/Panama/2007/99、 A/Teheran/14/99、 A/California/32/99、 A/Ulan Ude/1/2000に対するフェレット抗血清で詳細な抗原分析を行った。その結果、A/Sydney/5/97様ウイルスが141株(59%)、それと抗原性が8倍異なるA/Panama/2007/99様ウイルスが84株(35%)、およびいずれにも反応性が低い変異株が11株(5%)であった。これらの結果は、抗原的にA/Sydney/5/97に類似したウイルスが依然として分離株の大半を占めているが、今冬のインフルエンザワクチンに採用されたA/Panama/2007/99様ウイルス株も徐々に増えてきていることを示している。
3)B型ウイルス:B型ウイルスは全国で14株が分離され、それらすべてを感染研で抗原解析を行った(表1)。B/Victoria/2/87系統に入る昨年のワクチン株B/Shangdong(山東)/7/97に類似したウイルスは、ここ2年間は国内のみならず諸外国においても分離されていない。一方、B型ウイルスには前者とは抗原的にまったく異なるB/Yamagata(山形)/16/88系統があるが、1999/2000シーズンに分離されたウイルスはいずれもこの系統に属し、3株は今冬のワクチン株であるB/Yamanashi(山梨)/166/98類似株であった。しかし、分離株の大半はB/Yamanashi(山梨)/166/98から8〜32倍と抗原性が大きく変化していた。さらに、2000年8月に静岡県でオーストラリアから来日した旅行者から分離された1株(B/Shizuoka(静岡)/480/2000、本月報Vol.21、No.9参照)も、B/Yamanashi(山梨)/166/98からは大きく抗原性が変化した変異株であり、今冬オーストラリアで流行しているB/Victoria/500/2000やB/Sichuan(四川)/379/99と抗原性が一致していた。このことから、南半球ではB/Yamanashi(山梨)/166/98とは抗原性が異なるウイルスが流行していたと考えられた。
2.流行ウイルスのHA遺伝子解析
1)A/ソ連型ウイルス(H1N1):A/ソ連型ウイルスのHA遺伝子の系統樹の解析から、1991年以降はA/Bayern/7/95に代表される系統と昨年のワクチン株であるA/Beijing(北京)/262/95に代表される二つの系統に分かれることが知られている(図3、*印)。1999/2000シーズンの分離株の大半は後者の系統に属するが、A/Beijing(北京)/262/95とは違う分枝であるA/New Caledonia/20/99(矢印)に近縁であった。これらの結果は、HI試験による抗原解析の結果を比較的よく反映している。同様に、千葉県と神奈川県で分離された少数のA/Moscow/13/98類似株は、遺伝子解析からもA/Bayern/7/95系統に属していることが示された。
2)A/香港型ウイルス(H3N2):A/香港型ウイルスのHA遺伝子の系統樹は、昨シーズンのワクチン株であるA/Sydney/5/97と2000/01シーズンのワクチン株であるA/Panama/2007/99では分枝した異なった系統を示す。1999/2000シーズンの分離株はHI試験では大半がA/Sydney/5/97様ウイルスと同定されたが、遺伝子解析の結果からは、それらはA/Panama/2007/99に近縁であった。A/香港型ウイルスにおいては、HIによる抗原解析と系統樹解析の結果は必ずしもよく相関していなかった。
3)B型ウイルス:B型ウイルスは既に述べたように、B/Victoria/2/87系統とB/Yamagata(山形)/16/88系統に大別されるが、これらはHA遺伝子の系統樹解析においても全く異なるグループに分かれる。1999/2000シーズンはB型ウイルスは14株しか分離されなかったが、いずれもB/Yamagata(山形)系統に分類された。図4は2000/01シーズンのワクチン株であるB/Yamanashi(山梨)/166/98株(矢印)近傍の系統樹を示す。昨シーズンの分離株B/Fukuoka(福岡)/C103/99やB/Hiroshima(広島)/17/2000はB/Yamanashi(山梨)/166/98に比較的抗原性が似ており、これらは系統樹解析においてもB/Yamanashi(山梨)/166/98に近縁であることが示された。一方、14株の分離株中11株はB/Yamanashi(山梨)/166/98 からは抗原性が8〜32倍と大きく変異しているが、これらはB/Sichuan(四川)/379/99(*印)に代表される別のグループを形成していた。8月に分離されたB/Shizuoka(静岡)/480/2000 は、オーストラリアで分離されているB/Sichuan(四川)/379/99グループのB/Victoria/500/2000と遺伝的に同一であった。この株は、前述のようにオーストラリアからの旅行者から分離されていることから、今冬南半球で流行していたB型ウイルスが日本に持ち込まれたケースと考えられた。
3.インフルエンザワクチン接種後の免疫応答
米、英、豪のWHOインフルエンザ協力センターでは数年前から、インフルエンザワクチン接種前および接種後のペア血清を成人(平均年齢23〜35歳)および老人(平均年齢68〜75歳)各25名から採取し、それらの一部を各センター間で交換して、1)ワクチン株に対する抗体応答、2)それぞれの国で分離された流行株に対する交叉免疫反応などを検討することにより、ワクチンの免疫原性および交叉防御効果の評価を行っている。東アジアのWHO協力センターを兼ねている当室も、今年度からこの研究に参加することになり、オーストラリアおよび米国FDAのCBERからペア血清を入手した。表2はオーストラリアから送付された各年齢層の血清を用いた2000/01シーズンのワクチン株および日本の代表的な流行株に対する交叉免疫反応をまとめたものである。A/ソ連型ワクチンであるA/New Caledonia/20/99株およびその類似株であるA/Nagoya(名古屋)/16/2000に対して、どの年齢層においても80%以上に有効防御免疫の指標とみなされる40以上の抗体価上昇が認められ、極めて良好な抗体応答が得られていることが示された。また、この抗体応答はA/Bayern系統に入るA/Yokohama(横浜)/24/2000のみならず、抗原性が大きく変異したA/Okinawa(沖縄)/159/2000に対しても比較的良好な交叉反応を示した。同様のことは、A/香港型ウイルスについても見られ、ワクチン株であるA/Sydney/5/97およびA/Panama/2007/99、さらには昨シーズンの分離株についても良好な抗体応答が見られた。
一方、B型ワクチン株であるB/Yamanashi(山梨)/166/98に対しては、抗体価上昇率は低く、免疫応答の良い成人層でも40以上の抗体価を示したのは55%であった。また、抗B/Yamanashi(山梨)/166/98フェレット血清に対する反応性が8〜16倍低下したB/Shizuoka(静岡)/480/2000やB/Hiroshima(広島)/17/2000に対しては、極めて低い交叉反応しか認められなかった。
本サーベイランスは各都道府県および政令指定都市の地研との共同研究で実施された。改めて、謝意を表したい。
国立感染症研究所
ウイルス第1部呼吸器系ウイルス室