感染症法施行後の現状と問題点
(Vol.22 p 143-144)
本月報Vol.22、 No. 3& Vol.22、 No. 4特集において2類感染症である腸チフス・パラチフス、 細菌性赤痢が取り上げられた。感染症指定医療機関でこれらの疾患の診療に当っている現場から「感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」施行後の現状と問題点、 特に病原体検査の問題点について述べてみたい。
1)細菌性赤痢、 腸チフス・パラチフスの現状
(1) 細菌性赤痢:細菌性赤痢は現在では国外感染例が70%あまりを占める輸入感染症である。成人の社会的な接触では感染の危険はほとんどないが、 小児や高齢者が患者の場合、 家庭内の二次感染率は50%以上である。保育園、 幼稚園、 小学校など小児関連施設での集団発生は毎年報告されており、 数は少ないが、 食中毒型の事例も発生している。軽症例が多くなったとはいえ、 少ない菌量で感染することは変わらない。感染性腸炎研究会として行った東京都および12政令指定都市立感染症指定医療機関における調査では、 感染症法施行後細菌性赤痢の入院例は激減している。これは当然の結果であり、 従来は赤痢菌が検出された場合、 たとえ無症状であっても一定期間入院の義務があったが、 感染症法下では無症状者の外来治療が可能となったためである。入院例のほとんどは症状の重い国内感染者である。赤痢菌は以前から耐性菌が多く、 ニューキノロン薬(NQ)やホスホマイシン(FOM)が導入される前には再排菌に悩まされた。今ではNQやFOMにも耐性菌が出現している。適切な抗菌薬療法を行っても再排菌があるので、 法律により除菌の確認が規定されている。
(2) 腸チフス・パラチフス(以下チフス性疾患と略す):1990年以降、 都市部では60%以上が海外での感染である。病態は細菌性赤痢やコレラのような感染性腸炎ではなく、 細網内皮系での菌増殖に伴う菌血症と下部回腸パイエル板の潰瘍性病変である。患者に対する適正な医療提供という観点から、 解熱後1週間は経過観察を行い、 腸出血などの合併症がないことを確認した上で退院させることが望ましいと考えられる。有効な抗菌薬が投与されても数日間は発熱が続くことがまれではない。上記我々の調査では、 有症者は全例入院治療であり、 入院期間は平均17.2日で、 旧法下より10日間近く短縮された。勧告入院を解除する基準は臨床的に治癒と認められることで、 多くの施設が解熱後1週間前後としている。理由は患者に対する適正な医療提供である。チフス性疾患の治療薬として認められている薬剤はクロラムフェニコール(CP)、 アンピシリン(ABPC)、 ST合剤(ST)、 NQであるが、 近年インド亜大陸を中心にCP、 ABPC、 ST耐性菌、 さらに現在の第1選択薬であるNQに対する耐性菌も出現している。わが国の分離株ではNQ低感受性菌に留まっているが、 耐性菌が出現するのは最早時間の問題であろう。適正な薬剤を使っても再発、 再排菌があるので、 除菌の確認は細菌性赤痢よりもさらに重要であり、 法律により規定されている。
2)診療現場からみた問題点
(1) 同定の遅れが感染拡大や重症化を招く:疾患が減少したため同定に時間がかかり、 一般医療機関では1週間近くかかることがまれでなく、 細菌性赤痢ではこの間に感染が拡大する危険がある。実際に、 途上国から帰国した父親が推定感染源となって幼児2名を含む家族5名に感染が広がった事例がある。海外からの帰国者が検疫を受けた場合には2日程度で同定されるので、 できるだけ検疫を受けてもらうよう対策を講じることも一法であるし、 感染症法以前に行われていた検疫情報を住所地保健所に提供して検査を実施する方法を復活させることも必要と思われる。また、 検疫所の負担軽減と住民の健康保持のために地域でも応分の負担をするべきであろう。すると、 「これまで本検査(海外渡航者検診)を通してよく把握されていた、 海外におけるこれら感染症の実情や分離株に対する情報も少なくなっていくであろう」という東京都の懸念も解消に向かうであろう。
チフス性疾患の場合にはさらに深刻である。理由はさまざまであるが、 診断までに4週間以上かかる例が10%程度みられ、 この間は適切な治療を受けられない。発熱が続き、 重症化したり合併症を併発する危険が高くなる。国内発生の事例もあることから、 医師に対する情報提供とともに、 検査技師に対しても2類感染症原因菌に関する研修を行うなどの体制整備が必要と思われる。
(2) 分離菌の疫学的、 細菌学的解析体制は十分か:従来、 チフス菌、 パラチフスA菌はすべて国立感染症研究所(感染研)に送付され、 必要な解析が行われてきた。赤痢菌については分離数が多かったためか国としての体制はなく、 感染性腸炎研究会では独自に政令指定都市立伝染病院で分離された赤痢菌の疫学的、 細菌学的解析を行ってきた。本月報でも指摘されているように、 赤痢菌では地研・保健所で検出される菌株数が減少、 チフス菌、 パラチフスA菌では感染研への菌株送付が減少しているなど、 解析に必要な分離菌株の収集が十分でないようにみえる。これは極めて重要な問題である。赤痢菌、 チフス菌、 パラチフスA菌は上記のように薬剤耐性菌が多く、 薬剤感受性に関する情報は治療上不可欠である。感染性腸炎研究会では分離赤痢菌の解析を行ってきたが、 無症状であれば感染症指定医療機関に受診しなくてもすむ現状では、 菌株を収集しにくい状況にある。赤痢菌の解析体制整備は急務と思われる。また、 チフス菌、 パラチフスA菌についても従来のように確実に感染研に送付されるよう再整備を望みたい。
(3) 保健所、 検疫所、 地域感染症指定医療機関の連携強化を:マラリアをはじめとする熱帯病の診療に苦労している地域が多いようである。診断には至ったものの治療薬を入手できなかったとか、 専門機関を知らなかったという状況が残念なことに依然として存在する。2類感染症の多くは輸入感染症であるという現状に鑑みて、 海外帰りの発熱、 下痢といった輸入感染症が疑われる患者については保健所、 検疫所、 地域感染症指定医療機関の連携強化を図り早期診断に努めることが患者への適正治療と感染拡大防止の両面から望ましいと思われる。
感染性腸炎研究会会長
横浜市立市民病院感染症部 相楽裕子