The Topic of This Month Vol.23 No.1(No.263)

<特集>破傷風 2001年現在

(Vol.23 p 1-2)

破傷風菌(Clostridium tetani )は偏性嫌気性菌で、 世界中の土壌中に熱や乾燥に極めて高い抵抗性を持つ芽胞の形で存在する。破傷風は、 この芽胞が創傷部位などから組織内に侵入し、 嫌気的な状態で発芽増殖した結果産生される破傷風毒素により、 運動神経終板、 脊髄前角細胞、 脳幹の抑制性の神経回路が遮断される神経刺激伝達障害であり、 様々な創傷が原因となる(本号6ページ参照)。特徴的な症状は、 感染巣近傍の筋肉や顎から頚部のこわばり、 開口障害、 痙笑、 嚥下困難、 呼吸困難、 後弓反張などである(本号3ページ参照)。治療が遅れると致命率が高いので、 的確な臨床診断により早期に治療を開始することが極めて重要である(本号4ページ参照)。1947年に伝染病予防法に基づく届出が開始され、 その後1999年4月施行の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」に基づく感染症発生動向調査でも、 全数把握の4類感染症に定められた。医師は、 患者の外傷の既往と臨床症状などから破傷風が疑われる場合、 診断日から7日以内に最寄りの保健所に届け出を行なう。なお、 病原体診断は困難な場合が多いが(本号3ページ参照)、 感染(外傷)部位からの破傷風菌の分離と同定、 および分離菌の毒素産生が確認されれば、 病原体診断である旨報告する。

破傷風の発症は、 破傷風毒素に対する中和抗体により発症を阻止することができる。破傷風予防のためには繰り返しワクチン接種を行い個人の免疫度を高め、 発症を阻止できる防御レベルの抗体価を保つ必要がある。1968年以降、 予防接種法に基づく百日咳(P)とジフテリア(D)に対する定期予防接種として、 破傷風トキソイド(T)を含むDPT、 およびDTが用いられ(図1および本月報Vol.19、 No.10Vol.18、 No.5参照)、 破傷風に対する免疫も獲得されていた。1994年の予防接種法改正により、 破傷風は正式に定期予防接種の対象疾病となった(実施は1995年4月)。標準的な接種スケジュールはI期初回接種として、 生後3カ月以上12カ月未満の間に3〜8週間隔でDPTを3回、 I期追加接種として初回接種終了12〜18カ月後にDPTを1回、 II期接種として11〜12歳時にDTを1回受ける(本号3ページ図参照)。

破傷風患者発生状況:破傷風は1950年には届け出患者数1,915人、 死亡者数1,558人であり、 致命率が高く(81%)、 死亡者の過半数は15歳未満の小児であった(本号9ページ参照)。1953年のT導入(任意接種)、 さらに1968年のDPT定期予防接種開始後、 破傷風の患者・死亡者数は減少し、 1980年代後半以降は年間30〜50人前後となり、 その20〜60%が死亡する状況が続いていた(図1)。感染症法施行後は65人(1999年4〜12月)、 92人(2000年1〜12月)、 71人(2001年1〜11月)と患者報告数は増加傾向にあるが、 30代前半まで(定期接種を受けている年齢層)での増加はみられない。1999年4月〜2001年11月に報告された患者(228人)は95%(216人)が35歳以上(T接種を受ける機会が少なかった年齢層)であった(図2)。性別は男性が58%を占めた(男性133人、 女性95人)。外傷からの感染など感染経路が推定された患者は 178人(78%)で、 残る50人は不明である。都道府県別にみると(図3)、 滋賀県を除くすべての都道府県で患者が報告されており、 東京都(18人)、 鹿児島県(13人)をはじめ17都府県では6人以上の報告があった。診断された月別にみると(図4)、 患者は野外活動が多くなる季節に増加している。

年齢別抗破傷風毒素抗体保有状況:感染症流行予測調査では1998年および1999年に初めて0〜16歳の健康者(1,766人)を対象に凝集反応法(KPAキット)を用いて破傷風毒素に対する抗体測定が行われた(図5)。防御レベルの下限と考えられている0.01単位/ml以上の抗体陽性率は0〜4歳にかけて上昇し、 3〜16歳では87〜96%であり、 十分な防御レベルとされる0.1単位/ml以上の抗体陽性率でも同様に75〜93%と高い。また、 3.2単位/ml以上の高抗体価を示したものの割合はI期の基礎免疫が終了する3歳(39%)をピークに年齢とともに低下するが、 11〜12歳のII期接種年齢で再上昇がみられた。

また、 全年齢層の抗体保有状況は、 国立感染症研究所(感染研)血清銀行保管の672検体と聖マリアンナ医科大学提供209検体、 計881検体(1994年および1995年採取血清)について感染研細菌・血液製剤部で測定されている(図6)。防御レベル下限の0.01単位/ml以上の抗体陽性率は0〜4歳68%、 5〜9歳92%、 10〜14歳93%と上昇し、 15〜19歳87%、 20〜24歳89%と高率で、 高い抗体価が維持されていた。しかし、 25〜29歳では0.01単位/ml前後の抗体価を示すものが多くなり、 抗体陽性率も53%と減少しているので、 II期追加免疫効果の持続は約10年前後と考えられる。一方、 血清採取された1994〜95年当時の30歳以上は予防接種法による定期予防接種が実施されていない年齢層である。しかし、 30代〜70代の6〜19%が、 0.01単位/ml以上の抗体を保有していた(マウス中和法でも抗体陽性が確認された)。破傷風患者は回復しても抗毒素抗体はほとんど産生されない(本号4ページ参照)ので、 これらの抗体保有者は何らかの機会にT接種を受けたと考えられ、 問診記録からワクチン接種歴が確認された例も多数含まれていた。

成人への予防接種:受傷時の破傷風発症予防には抗破傷風ヒト免疫グロブリンとTが用いられる(本号4ページ参照)。基礎免疫が完了していれば交通事故など予期せぬ外傷を受けた場合でも直ちにT追加接種を行えば、 抗体価の上昇による発症予防が期待できる。(1)上述のように、 破傷風患者はワクチン接種の機会がなかった35歳以上(特に中高年)に多いので、 未接種者は(小児、 成人を問わず)先ず基礎免疫を受けることが重要である(ただし定期接種対象年齢を超えたものは任意接種となる)。(2)さらに防御レベルの抗体価を維持するためには10〜15年ごとに追加免疫が必要である。13歳以上のII期DT未接種者や、 II期追加接種後10年以上経過している20〜30歳以上、 特に野外で外傷を受ける危険性のある人は、 任意接種を受けることが望まれる(本号3ページ図参照)。

1950年には破傷風を原因とする死亡者の3分の1は0歳であったが、 1979年以降日本では新生児破傷風の患者報告は1995年の1例のみである(本号9ページ参照)。しかし、 世界では年間約1万人(1999年)の新生児破傷風患者が報告されており、 WHOは予防接種拡大計画(EPI)でその排除(elimination)を目標に掲げている。新生児破傷風は致命率が極めて高く、 治療が困難であるので、 特に海外の衛生管理のされていない場所で出産を予定している妊婦には、 母子免疫による新生児の発症予防のためにワクチン接種が勧められる。

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp



ホームへ戻る