本邦で始めて確認されたコリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリアの症例

(Vol.23 p 61-61)

Corynebacterium ulcerans (コリネバクテリウム・ウルセランス)は、 ジフテリア様の臨床像をきたす人獣共通感染症の起因菌であり、 一般に牛や羊との接触、 または生の乳製品などを摂取することにより感染することが知られている。これまで本邦では本菌によるヒトへのジフテリア症の感染報告は見られていない。ジフテリアはCorynebacterium diphtheriae が主に上部気道に感染する呼吸器疾患として知られているが、 今回我々はジフテリア様症状を呈した患者からC. ulcerans を分離し、 ジフテリア毒素の産生能を確認したので概要を報告する。

症例:52歳女性
主訴:呼吸困難
既往歴:特記事項なし
家族歴:特記事項なし
生活歴:約20匹の猫を飼育している

現病歴:2001(平成13)年2月12日より嗄声が出現した。2月14日頃から咽頭痛、 咳嗽が出現した。2月15日より発熱あり。2月16日より呼吸困難と、 喘鳴が出現し近医受診した。喘息を疑いネブライザーを施行するも改善みられず、 喉頭クループの疑いにて当院の救急外来へ紹介受診となった。

初診時所見:口腔からの視診では軽度の粘膜発赤を認めるのみであった。ファイバー下には、 上咽頭と喉頭前庭に付着した白い偽膜と、 声門下の狭窄が確認された。頚部リンパ節には明らかな腫脹を認めなかった。また、 胸部レントゲンでは肺野に強い陰影を認めた。

経過:明らかな吸気性喘鳴と呼吸困難を認めたため、 救急外来にて挿管を試みたが、 挿管直後かえって呼吸困難をきたした。そのため一度抜管したところ、 白くて堅い、 ゴムのような手触りの膜様物が挿管チューブの内腔を閉塞していたため、 これを菌培養の検体として提出し、 さらに再挿管を行った。この際、 明らかな出血は見られなかった。その後は呼吸困難は認めず、 当院ICU病棟に入院となった。来院時採血にて、 WBC 16,800、 Neu 85.8%、 CRP 20.0であった。肺炎、 咽喉頭炎の診断のもと、 2月16日〜2月21日まで、 抗生剤はABPC-ST 6g/dayを経静脈投与した。2月20日に喉頭ファイバー下に観察を行い、 咽頭の白い偽膜の存在から、 この時点でジフテリア感染を疑った。そのため、 ジフテリアに対する感受性を考慮し、 2月21日から、 抗生剤はEM 1g/dayを経静脈投与とした。すると、 2月20日には14.4mg/dlを記録していたCRPが2月23日には 2.0mg/dlと著明改善を示した。また、 胸部レントゲン上の陰影も消失の傾向を示した。同日にC. ulcerans の培養結果が得られた。

2月26日、 一度抜管を試みたところ、 やはり吸気性喘鳴と呼吸困難が生じたため、 再挿管を行い、 全身麻酔下に気管切開術を試行した。その後は呼吸困難もなく、 全身状態も良好であったため、 2月27日に耳鼻科の一般病棟へ転科となった。3月12日カニューレを抜去し気管孔閉鎖とした。経過良好につき3月17日退院。3月22日外来再診時にも異常所見は認められなかった。入院中は、 ジフテリア毒素に対する血清の取り寄せが困難であったことと、 心電図にて異常を示さなかったことから、 これを使用しなかった。その後、 再発は見られていない。

細菌学的検査:分離されたC. ulcerans の毒素原性をPCR法、 Elek試験法、 培養細胞法およびウサギ皮内試験法で試験した結果、 PCR法でジフテリア毒素遺伝子が、 他のすべての方法でジフテリア毒素の産生能が確認された。

考察C. ulcerans は1928年にGilbertとStewartによって発見され、 ヒトにはジフテリア様の症状をきたす感染症の原因菌として海外では比較的よく知られている(本号14ページ外国情報参照)。本菌による症例報告では、 人獣共通感染症として、 牛や羊との接触や、 その非加熱処理の乳製品から感染したものと、 感染経路が不明であるとされているものとが報告されている。今回の症例において、 患者とその夫から感染経路に関する質問を行ったところ、 近所に酪農家は無いとの回答を得て、 また生の乳製品等を摂食した既往も認めなかった。

本邦ではこれまでC. ulcerans によるジフテリア様の感染症例は報告されていなかったが、 今回、 千葉県下で症例が確認された。感染原因については明らかとなっていないため、 今後疫学調査を含めた解析が求められる。また、 ジフテリアに類似した感染例の中にC. ulcerans による感染事例も予想されるために、 医療の現場や検査室では本事例を念頭に速やかな検査と治療が必要と考える。

総合病院国保旭中央病院
耳鼻咽喉科 畑中章生 岡本 誠
内 科   中村 朗
中央検査課 大江健二
国立感染症研究所細菌・血液製剤部
小宮貴子 岩城正昭 荒川宜親 高橋元秀

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