重症急性呼吸器症候群(SARS)症例の接触者調査−大阪市

(Vol.24 p 256-256)

2003年5月8日〜5月13日に観光旅行として来日、 関西・四国地方を旅行した台湾人医師が、 台湾に帰国後SARS疑い例として隔離された。5月16日夕に大阪府から第一報が入り、 大阪市は接触者調査を開始した。その後の情報によると台湾人医師は19名の医学生および台湾人ガイド1名とともに卒業旅行で来日していたが5月9日夕から発熱がみられたこと、 旅行中は貸切バスを利用していたこと、 5月10日に大阪市内のホテルを出て京都府、 兵庫県、 香川県、 徳島県を旅行した後5月13日に再び大阪市内に戻り、 免税店と大阪城内のレストランを訪れ、 関西国際空港から台湾に帰国したこと、 などが判明した。また貸し切りバスの運転手が5月13日より38℃台の発熱、 5月14日より咳嗽、 呼吸困難をきたしたため、 5月16日に大阪市内の病院に入院したこともわかった。5月17日に台湾人医師の咽頭ぬぐい液PCR検査でSARSコロナウイルス(SARS-CoV)陽性で、 胸部レントゲン上右肺野に肺炎の所見があるとの情報が入った。5月18日大阪市より国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP-J)に接触者調査の技術的援助の要請があり、 同日よりFETPは大阪市保健所の調査チームに加わった。台湾人医師一行の大阪市内での接触者を把握し、 発症者の有無を調査するとともに、 発症者が確認された場合の対応をとることを目的とした。

台湾人医師がすでに帰国していて直接聞き取り調査ができないため、 厚生労働省から得られた台湾人一行の旅行行程表を基に接触者の定義を定め、 接触者の探査と情報収集を行った。接触者の定義は「5月9日(発症日)〜5月13日(離日した日)の間に大阪市内において台湾人医師に接触した者(可能性が高いとみなされた者を含む)」とした。接触者をリストアップし、 電話、 電子メール、 直接訪問などで発熱や呼吸器症状の有無について健康調査を実施した。直接対面接触があったと予想される者については調査を優先させた。調査期間は接触者が台湾人医師に接触後10日間(SARSの潜伏期間)は毎日健康調査をする積極的サーベイランス、 その後の10日間は何か異常があれば連絡をもらう受動的サーベイランスの手法をとった。

台湾人医師の日本国内での行動の概要を以下に示す。

5月8日:日本アジア航空218便(EG218)にて来日(関西空港)。貸切バスで関西空港からホテルに移動し宿泊。
5月9日:貸切バスでテーマパークに移動。テーマパークよりJR、 地下鉄を利用してホテルに帰り宿泊。
5月10日〜12日:貸切バスでホテルから京都、 兵庫、 香川、 徳島、 兵庫の各府県を旅行。
5月13日:貸切バスで兵庫県から大阪市内の免税店に移動し買い物。貸切バスで免税店から大阪城に移動、 レストランで食事。貸切バスで大阪城から関西空港に移動。日本アジア航空217便(EG217)で台湾に帰国。

接触者として、 貸切バスの運転手1名、 ホテルの宿泊客429名、 ホテル従業員52名、 免税店の従業員20名、 レストラン従業員4名の計506名が確認された。連絡が取れなかったホテル宿泊客27名以外の479名(95%)について聞き取り調査と健康調査(積極的サーベイランスおよび受動的サーベイランス)を実施した。

接触者の中で有症状者は貸切バスの運転手1名とホテル宿泊客1名の計2名であった。世界保健機関(WHO)のSARSの症例定義に合致したのは疑い例のバス運転手のみであった。バス運転手は5月16日より大阪市内の病院に入院したが、 5月23日に軽快退院した。バス運転手の喀痰、 尿、 便の SARS-CoV PCR検査およびウイルス分離を3回実施したがいずれも陰性であった。また血清抗体価(免疫蛍光抗体および中和抗体)も5月16日〜6月19日にかけて計5回測定したが、 すべて陰性であった。有症のホテル宿泊客は38℃以上の発熱はあったが呼吸器症状はなく、 4日目に解熱し、 咽頭ぬぐい液のSARS-CoVは陰性であった。それ以外のホテル宿泊客428名、 ホテル従業員52名、 免税店従業員20名、 レストラン従業員4名の計504名は特に症状を認めていないことが確認できた。

台湾人医師の行動範囲、 発症時期を含む病状および経過に関する情報が乏く、 接触者の特定が困難であった。免税店およびレストラン内では他の客がおらず、 従業員以外に接触者はいなかったことが聞き取り調査により判明した。しかし台湾人医師が発症してからホテルに帰るまでに出会った人、 ホテルの宿泊客以外の利用客、 大阪城公園内の観光客などについては、 接触の程度を含め知る術がなかった。行程表を発表して可能性のある市民からの連絡を待つしかなかったが、 結局この方法で発見された接触者は1名もいなかった。

結果的に台湾人医師の接触者の中で二次感染者は認められず幸いであった。発端者であるSARS症例が重症で話が聞けないという状況は起こり得る。その際、 限られた情報の中で迅速に接触者を見つけ出すためには、 情報を開示して一般からの情報を得るしかないが、 プライバシーや風評被害との兼ね合いもあり、 判断が難しい。今回のように複数の自治体に事例がまたがった場合、 自治体ごとに調査方法や対応が異なると混乱きたす可能性がある。関連の自治体が共同で「接触者」や「二次感染者」の定義を定め、 健康調査の方法や期間も統一すれば効率的である。そのためには自治体間のネットワーク作りが望まれるところである。

国立感染症研究所・感染症情報センター
吉田英樹 増田和貴 砂川富正 大山卓昭 谷口清州 岡部信彦
大阪市健康福祉局 下内 昭

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る