海外渡航歴のあった髄膜炎菌性髄膜炎の1例

(Vol.24 p 264-264)

我々は海外旅行から帰国後に発症したA群髄膜炎菌による髄膜炎菌性髄膜炎の1例を経験した。我々の調べたところ、 A群髄膜炎菌は2001年の1例を除き本邦ではこの20年間ほとんど報告がなく、 さらに詳細な遺伝子学的検討では、 従来報告されている国内分離株と相同性を認めず、 直前に中国北京への旅行歴があることより、 北京で感染したものと考えられた。

症例は47歳の男性。2003年3月21日〜23日まで、 中国北京へ団体旅行をした。3月29日勤務中に悪寒戦慄を自覚、 翌朝40.4℃の発熱を来し、 夜より頭痛・嘔吐が出現、 意識が混濁し、 せん妄状態となり、 3月31日深夜当院に緊急入院した。入院時意識レベルはJCS III-100で不穏状態、 血圧105/55mmHg、 脈105/分、 呼吸数32/分とプレショック状態で、 全身に紫斑を認め、 Waterhouse-Friedrichsen syndromeに近い状態と考えられた。また、 明らかな麻痺や脳神経症状は認めなかったが、 著明な項部硬直を認めた。末梢血白血球数15.6×103/μl、 CRP21.8mg/dl、 腰椎穿刺では初圧>400mmH2O、 淡黄白色の混濁した髄液を認めた。髄液細胞数は 4,352/3μl (単核球:分葉球=5:1)、 蛋白463mg/dl、 糖0mg/dl(血糖値224mg/dl)であった。臨床症状より髄膜炎菌性髄膜炎を疑い、 集中治療室での全身管理の下、 アンピシリン8g/日、 セフトリアキソン4g/日、 ガンマグロブリン製剤、 グリセオール、 副腎皮質ホルモンにて治療を開始し、 徐々に意識レベル、 全身状態は改善した。髄液培養ではグラム陰性球菌を認め、 血清学的検索でA群髄膜炎菌と判明した。さらに分離した株をMLSTという手法を用いて遺伝子学的に検討したところ、 遺伝子タイプ7(ST-7)であることが判明した。

起炎菌判明後、 除菌が確認されるまでに患者に接触した院内職員の鼻汁培養を実施し、 同時にシプロフロキサシンを予防投薬した。また二次感染の可能性を考慮し、 患者家族の咽頭培養とリファンピシンの予防投薬を行った。いずれも培養は陰性であった。旅行の同行者や職場の同僚に健康障害を来した者は認められなかった。

髄膜炎菌性髄膜炎はグラム陰性双球菌である髄膜炎菌によって引き起こされる感染症であるが、 その致死率は治療を施さなければほぼ100%に達し、 早期に治療を施しても致死率は10%程度と高い。また集団発生も認められることから、 公衆衛生学的上重要な疾患である。髄膜炎菌は莢膜多糖体の種類によってA、 B、 C、 Y、 W-135群などの13種類の血清群に分類されるが、 その中でもA、 B、 C群は疫学的見地から大規模な流行を引き起こすことが知られている。A群髄膜炎は髄膜炎ベルトと呼ばれる赤道北部のアフリカ諸国やアジア(ベトナム、 ネパール、 モンゴル)で大規模な地域流行を起こしているが、 本邦ではBおよびY群が原因となることが多い。日本では1999年4月に施行された感染症法では本疾患は全数届け出の必要な4類感染症に指定されているものの、 近年は年間10例程度の散発例しか報告されていない。今回同定された遺伝子タイプ7が属する遺伝子タイプ群(ST-5 complex)はアフリカの髄膜炎多発地帯での主要な流行原因株のひとつであり、 疫学的には病原性の強い株であると推定されている。また、 過去3年間の国内分離株のMLSTによる解析結果と比較したところ、 すべての株から一番遠い関係にあった。

本例は海外での地方特有の流行性疾患が国内に輸入された教訓的な症例と考えられ、 報告した。なお、 遺伝子学的検討に関しては、 「平成12〜14年度厚生労働科学研究費 新興・再興感染症研究事業 髄膜炎菌性髄膜炎の発生動向調査及び検出方法の研究」によって得られた解析結果を引用して解析を行った。

鳥取県立厚生病院  森 望美 周藤 豊 田川陽子
神奈川県衛生研究所 渡辺祐子 浅井良夫 新川隆康
国立感染症研究所  高橋英之 渡邉治雄

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