上海渡航中にインフルエンザウイルスに感染したと思われる症例がみられたので報告する。
患者は恵庭市在住の女性(27歳)で、 知人の結婚式に出席するため2003年8月1日上海に渡航し、 4日まで友人2名とともに上海市内のウイークリーマンションに滞在していた。帰国後8月5日早朝に発熱(38.5℃)し、 頭痛、 倦怠感、 咽頭痛があったため近医を受診した。上海は以前に重症急性呼吸器症候群(SARS)の患者発生地域であったことから、 患者はSARSコロナウイルス(SARS-CoV)感染を心配していたが、 6月14日以降流行地域指定は解除されていること、 8月5日現在SARS患者は存在しないこと、 および臨床所見からSARS-CoV感染は否定された。
8月5日、 当所に咽頭ぬぐい液が搬入され、 ウイルス分離、 RT-PCRによる遺伝子診断および細菌検査を行った。RT-PCRでは、 インフルエンザウイルスAH3型陽性となり、 渡航中インフルエンザに罹患した可能性が疑われた。ウイルス分離では、 接種3日目にCaCo-2細胞に弱いCPEが認められたが、 その後の細胞変性の進行状況からウイルスの増殖が不十分と判断し盲継代した。2代目で強いCPEが現れたため、 培養上清に対し 0.5%モルモット赤血球を用いてHA試験を行ったところ、 赤血球凝集反応が見られた。このため国立感染症研究所から分与された2002/03シーズン用インフルエンザウイルス同定キットを用いてHI試験を行った結果、 抗A/New Caledonia/20/99(H1N1)血清(ホモ価 320)、 抗A/Moscow/13/98(H1N1)血清(ホモ価 1,280)、 抗B/Shandong(山東)/7/97血清(ホモ価40)および抗B/Hiroshima(広島)/23/2001血清(ホモ価 320)ではいずれもHI価<10であったが、 抗A/Panama/2007/99(H3N2)血清(ホモ価 160)に対してHI価 160を示したことから、 患者はインフルエンザウイルスAH3型に罹患していたことが判明した。
北海道ではこの時期、 インフルエンザの発生が報告されていないことから、 上海渡航中に感染したものと考えられる。
日本では、 インフルエンザは気温の低い冬季に流行するが、 熱帯地域や東南アジアでは時期によって流行規模に差があるものの年間を通じて患者発生がある。近年、 日本からの東南アジアへの海外旅行者は増加傾向にあり、 また北海道は東南アジアからの観光客も多いことから、 日本ではインフルエンザの流行が見られない夏場であっても、 海外からインフルエンザウイルスが持ち込まれる可能性があると考えるべきである。
さらに今冬にはインフルエンザとSARSの混合流行も懸念されているが、 感染初期におけるSARS-CoVとの鑑別が流行阻止の鍵となり、 ひいてはSARSパニックの回避にもつながるものと考えられる。
北海道立衛生研究所 伊木繁雄 佐藤千秋 長野秀樹