インフルエンザ超過死亡「感染研モデル」2002/03シーズン報告

(Vol.24 p 288-289)

インフルエンザは毎年のように流行を繰り返し、 今日においてもなお、 流行時には著しい死亡数の増加が見られ、 人類にとって脅威となる感染症の一つである。このようなインフルエンザ流行が社会に与える影響の大きさの指標として、 外来受診者数やインフルエンザ(と肺炎)を死因とする死亡数、 また、 医療費などがしばしば取り上げられているが、 それぞれに欠点がある。罹患者数と死亡数は必ずしも比例していないし、 健康被害や医療費という指標の面からは、 軽快した場合と死亡した場合では大きく異なり、 発生した患者の数と相関しない。また、 直接インフルエンザによって死亡が引き起こされるだけではなく、 循環器疾患、 脳血管疾患、 腎疾患などを基礎疾患にもつ患者においては、 インフルエンザの感染による原疾患の悪化で死亡することもあると推測されるが、 これも前出のような指標ではその影響を捉えることができない。

これらの諸問題を是正するために、 世界保健機関(WHO)は「超過死亡」(excess death、 excess mortality)と呼ぶ概念を推奨している1)。超過死亡はインフルエンザが流行したことによって総死亡がどの程度増加したかを示す推定値で、 死因は問わない。この値が、 直接および間接にインフルエンザ流行によって生じた死亡であり、 もしインフルエンザワクチンの有効率が100%であるならば、 予防接種をしていれば回避することができたであろう死亡者数を意味する。また、 わが国では1995年の死因統計よりICD-10(第10回修正国際疾病傷害死因分類、 1993年WHO勧告)が導入され、 肺炎死亡の趨勢が大きく変わってしまったこともあり、 この影響を避けるためには、 総死亡における超過死亡の検討が必要となった。先頃10月7日〜11日に沖縄で開催された第5回国際インフルエンザ制圧会議(本号13ページ参照)においても、 この概念に基づき多くの研究が報告され、 インフルエンザ研究の一つの流れを形成している。

日本においては、 国立感染症研究所・感染症情報センターが1998/99シーズンよりインフルエンザ流行規模の指標として超過死亡の評価を導入し、 「感染研モデル」を公表している2)。このモデルはstochastic frontier estimationに基づき、 日本の現状に合わせて作成している。超過死亡は、 予測死亡数の信頼区間の上限値(閾値)と実死亡数の差によって求められ、 予測死亡数は、 過去の死亡数の時系列曲線に見られる趨勢や季節変動などに基づき、 統計学的手法によって求められている。1987/88シーズンからの総死亡における超過死亡は、 インフルエンザ患者発生状況、 インフルエンザ死亡の発生状況と相関しており、 超過死亡数の増加はインフルエンザ流行によってもたらされていることが示唆された。

2002/03シーズンのインフルエンザによる超過死亡は、 1994/95、 1996/97、 1998/99、 1999/2000シーズンに次いで多く、 2001/02シーズン同様の二峰性を示している()。ちなみに、 超過死亡数は1999/2000シーズンは13,846人、 2000/01シーズンでは913人、 2001/02シーズン1,078人であるのに対して、 2002/03シーズンは11,215人であった。また、 2002/03シーズンも、 過去に超過死亡が明らかに見られたシーズンと同様にA/H3N2型とB型との混合流行であった。

超過死亡数はインフルエンザ流行の社会への影響の重要な指標であり、 予防接種政策がその減少を目標とすべき数値である。しかし、 それは先に仮定したように予防接種の有効率が100%である場合の話である。一方、 インフルエンザには有効なワクチンが開発されており、 その接種が勧奨されている。特に、 高齢者はインフルエンザ死亡のハイリスクグループであり、 一層の高齢化が進展するわが国にとって、 インフルエンザ流行の影響はさらに重大なものとなることが予想される。また、 病院、 老人福祉施設、 デイケアセンターなど老人が集団生活を営む機会が増えることも、 高齢者の感染機会を増加させると危惧されることから、 予防接種の接種率の向上は重要な対策となる。本邦においても、 この数年間に予防接種率が向上し、 特に高齢者で高くなっているにもかかわらず、 2002/03シーズンの超過死亡数が多かったことは一見矛盾しているように思える。このことから超過死亡そのものの概念を批判する考えもあるが、 そうとばかりはいえない。なぜならば、 超過死亡数を決めるのは単に予防接種率のみならず、 ワクチン有効率、 シーズン前の国民の抗体保有状況とその抗体価、 インフルエンザのワクチン株と流行株のズレ、 流行株の病原性や感染力、 流行する年齢層、 社会の年齢構造や世帯構造など、複雑な要因が絡んでいることが明らかなためである。今後は、 こうした要因も含めたより適切な超過死亡モデルを開発することが必要となる。

 文 献
1) Assad F., Cockburn W.C., Sundaresan T.K., Bull. WHO 49:219-233, 1973
2) IASR Vol.21,265-267, 2000

国立感染症研究所・感染症情報センター 大日康史 重松美加 谷口清州 岡部信彦

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