麻疹の予防接種率向上と麻疹ゼロへ向けての日本小児科学会の取り組み

(Vol.25 p 62-63)

米国においても、かつては年間約80万人の麻疹感染者があった。それが、1990年代前半に麻疹ワクチンを徹底させることにより、現在では自国での流行は排除(elimination)の状態に至り、ときに見られる米国での麻疹はすべて海外からの輸入感染になった。その輸出元をみると、2位のドイツ、3位の中国を大きく引き離し、1位が日本という不名誉な状況にある。日本における推定麻疹患者数は年間5〜30万人(近年一番流行が大きかった2001年は推計年間28.6万人)とされ、麻疹に起因する死亡者数は、死亡診断書をもとにすると年間約20人(人口動態統計では、この数年では年間7名〜53名)、実際にはそれより多く年間約80人と推定されている。これは、現在大きな問題とされているインフルエンザ脳症における推定年間死亡者数に匹敵する。小児のインフルエンザ罹患者数は年間数百万人と推定されるので、麻疹がいかに重篤な病気であるかがわかる。このような状況の中で小児を麻疹の脅威から守るべく、日本小児科学会は国内の麻疹ゼロに向けて、1)厚生労働省に対する麻疹ワクチンに関する提言、2)国内の医学部に対する感染症予防対策に関するアンケート調査、3)麻疹の流行と予防接種に関する麻疹フォーラムの企画・開催などを行っている。

1.厚生労働省に対する麻疹ワクチンに関する提言

日本の麻疹患者発生状況を感染症発生動向調査の結果からみると、流行の中心は6カ月〜2歳までの乳幼児で全体の50%以上を占める。麻疹罹患者のほとんどはワクチン未接種である。これまでの予防接種実施要領(厚生省保健医療局長通知・健医発第962号)では、麻疹ワクチンは標準として生後12〜24カ月までのものに行うこととし、このうちできるだけ早期に行うよう配慮することとしてきた。年齢別のワクチン接種率をみると、3歳では約90%に達しているが、1歳では約50%と低い。すなわち、麻疹罹患の多い1歳児を守るためには、接種時期をできる限り早くすることと、18カ月での接種率を95%以上に上げることが必要と考えられる。一方、15歳以上の罹患者は麻疹罹患者全体の約5%と少ないが、時に各地の高校や大学などで麻疹の流行がみられている。このような青年期の麻疹は、ワクチン未接種者のみならず、ワクチン既接種者にも見られている。現行の1回接種ではワクチンによる獲得免疫が低下することを示唆するものであり、今後さらに自然麻疹の減少によりブースター効果が低下すると予想されることから、2回接種の導入が望まれる。以上のような検討結果をもとに、日本小児科学会は厚生労働審議会感染症分科会感染症部会ポリオ及び麻しんの予防接種に関する検討小委員会を通じて、厚生労働省に対し以下のような提言を行った。

1)麻疹ワクチンは、12カ月〜15カ月までに接種することを勧める。
2)1歳6カ月健診、3歳健診、および小学校入学時健診の際に予防接種歴を確認し、未接種者に対してはワクチン接種を強く勧める。
3)将来的には、麻疹ワクチンの2回接種法の導入を検討すべきである。

2.国内の医学部に対する感染症予防対策に関するアンケート調査

患者の診療に携わる医療従事者は職業感染のリスクが高く、このため患者からの感染を防ぐと同時に、医療従事者が患者に感染させないことが重要である。そのためには、感染症の正しい知識と予防策の実践が必要である。日本小児科学会では、全国の大学医学部を対象にアンケートを行い、1)卒前・卒後の職業感染に関する教育、2)学生の臨床実習中および研修医の研修期間中の職業感染の実態、3)職業感染に対する具体的な予防対策について調査した(日本小児科学会雑誌107: 1437-1448, 2003)。多くの大学医学部・附属病院において、医学生や研修医がvaccine-preventable diseasesに罹患した経験を有していた。すなわち、医学生が麻疹、水痘、ムンプスに罹患した経験のある大学は、判明しているだけで79校中それぞれ11、9、9校であり、研修医が麻疹、水痘、ムンプスに罹患した経験がある大学は、それぞれ13、14、12校であった。研修医が結核やB型肝炎に罹患した経験がある大学が、それぞれ6、2校あったことは重大な問題である。このような職業感染の発生を抑えるには、まず卒前・卒後の教育が重要と考えられるが、その内容や教育方法には全国でかなりのばらつきがある。また、職業感染に対する具体的な予防対策も大学により大きく異なる。そのような背景には医学教育における感染症に対する問題意識の低下があり、これが臨床医の感染症軽視につながり、麻疹を含むvaccine-preventable diseasesが減少しない一因にもなっていると考えられる。全国的な指針として、教育カリキュラムのなかに感染症教育のあり方を明記し、その中に予防接種や職業感染症の項目を盛り込むことが求められる。

3.麻疹の流行と予防接種に関する麻疹フォーラムの企画・開催

現在の麻疹の流行状況を勘案し、日本小児科学会は国内の麻疹の排除(elimination)運動に積極的に取り組む必要があると判断した。具体的な方策の一つとして、2004年1月17日に、日米小児科学会が中心となり、これに中国、韓国の代表者が加わり、東京において麻疹フォーラムを開催した(本号16ページ参照)。この会議において、米国での麻疹排除の経緯、韓国および中国における排除に向けた積極的な姿勢が示された。日本側からは、麻疹の現状と排除に向けた取り組みが報告され、一定の理解は得られた。しかし、各国の状況をみると、わが国においてはより一層の努力が必要であると痛感した。また、社会全般に対する啓発を目的に、麻疹に関する市民公開講座を全国各地で開催することを企画した。まず2004年3月14日に、東京(東京慈恵会医科大学内)で開催し、順次全国各ブロックに拡大させていくことを計画している。内容は、日本における麻疹の流行状況、麻疹ワクチンの有効性と副反応、麻疹とSSPE、海外における麻疹ワクチン接種と麻疹流行の状況、麻疹ゼロに向けた地方の取り組みなどである。

これらの活動を通して、一般市民、保育園・幼稚園・学校、行政・保健関係者、医療従事者など、社会全般において麻疹ゼロの気運が高まることを期待したい。

日本小児科学会 予防接種・感染対策委員会 細矢光亮 岡部信彦 加藤達夫

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