インフルエンザ脳症の疫学などについては、これまでも「インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学および病態に関する研究班(インフルエンザ脳症研究班)」(班長:森島恒雄・名古屋大学医学部教授)の成績についてその概要などを本月報でも紹介してきた(本月報Vol.23, 310-311参照)。研究班は「インフルエンザ脳症の発症因子の解明と治療及び予防方法の確立に関する研究班」(班長:森島恒雄・岡山大学大学院教授)となったが全国調査が引き続き行われ、今回、平成14/15(2002/03)年度調査がまとめられた。
調査は各都道府県からの一次調査の報告に基づき二次調査を依頼、また全国の約2,500の小児科入院施設を有する病院に直接二次調査用紙を発送し、一次調査にもれた症例の報告を依頼したものである。
2002/03シーズンはA/H3N2型2/3、B型1/3の割合の流行であったが、流行規模は最近10年間では中程度であった。調査の結果では、合計160例のインフルエンザ関連脳症の報告が得られた。これは、1998/99の一次調査報告数217例に次ぐ症例数であった。地域別には、九州、中国・四国、関西地方に多く、関東以北の症例は少なかった。患者の年齢では、2歳にピークがあり、4歳および7歳以上の症例が例年に比較して多かった。ウイルス型別では、「A型」57%、「B型」15%、「インフルエンザ抗原陽性(型不明)」19%であった。脳症の予後については、「後遺症なし」35%、「後遺症あり」20%、「経過観察中」23%、「死亡」19%であり、やや致命率が高い傾向にあった。
2003/04シーズンはA/H3N2が大半を占める流行であったが、その規模はやはり中程度で、2002/03シーズンをさらに下回るものであった。インフルエンザ関連脳症の報告数はこれまでのところ103例である。また、死亡率は約10%と低下していた。ただし、2003/04シーズンについては、現在二次調査が行われている段階であり、報告数の増加により今後数値が変わる可能性がある。
脳症患者のワクチン歴の有無(不明を除く)に関しては、「ワクチン接種無し」83%、「2回接種」14%、「1回接種」3%であった。これは2001/02シーズンにおける脳症患者のワクチン接種率7%を上回るものである。また、これもまだ最終結果ではないが、2003/04シーズンの接種率は24%であった。これらの調査結果からは、インフルエンザワクチン接種は必ず脳症の発症を防げるというものではないといえる。今後さらに、予防接種の脳症予防効果あるいは軽症効果について検討を続ける必要がある。
2003年11月、感染症法改正の際に急性脳炎はこれまでの基幹病院定点報告から、5類全数把握疾患に改められ、すべての臨床医に届出が求められるようになった。さらに2004年3月、この急性脳炎には、インフルエンザ脳症なども含まれることが明確にされた(本号24ページ参照)。この改正によって今後本症については、国の発生動向事業によってもその実態が明らかになっていくことが期待される。しかし、治療法・予防法の確立などのためには、さらに詳細な全国調査の継続が必要であり、適切な症例調査方法などについては今後の重要な検討課題となる。
なお本邦におけるインフルエンザ脳症の存在は海外でも認識されるようになり、サーベイランスの強化の結果、米国でも類似症例が存在することが明らかになっている(CDC, MMWR, 52(35), 837-840, 2003および本月報Vol.24, 299参照)。
国立感染症研究所・感染症情報センター 岡部信彦
岡山大学大学院小児医科学
森島恒雄 横山裕司 二宮伸介 山下信子 和田智顕 長尾隆志