髄膜炎菌(Neisseria meningitidis )とは

(Vol.26 p 35-36)

髄膜炎菌(Neisseria meningitidis )はグラム陰性の双球菌で通常ヒトの咽頭に定着し、咳、くしゃみなどの飛沫感染により人から人へ伝播する。一般的には気道を介して血中に入り、菌血症(敗血症)を起こした後に髄膜炎に発展する。劇症型の場合にはDIC (播種性血管内血液凝固)を伴いショックに陥って死に至る場合があるが、抗菌薬が比較的有効に効力を発揮するので、早期の適切な治療により治癒するとされている。欧米では患者のみならず5〜20%の健常者も保菌していると報告されている(本号6ページ参照)。髄膜炎菌は莢膜多糖の種類によって少なくとも13種類のSerogroup(血清群)に分類されているが、髄膜炎菌性感染症の原因菌として分離されるものはほとんどがA、B、C、Y、W-135である。

世界の髄膜炎菌性感染症の疫学

日本においては年間20例にも満たない希有な感染症であり人々の関心を集めていないが、世界的にみれば髄膜炎菌に因る症例はWHO によれば毎年50万人に上り、その10%にあたる5万人もの人々が命を落としている。髄膜炎菌性感染症の起炎菌として認められる5群(A、B、C、Y、W-135)の中でも特にA、B、C群髄膜炎菌が大規模流行の起炎菌である場合が多い。

血清群別発生状況の概略を図1に示した。A群髄膜炎菌による流行は歴史的に見ても赤道北部のアフリカ諸国に最も多く認められる。その発生率は先進国(15人/10万人)に比べ発展途上国(100人/10万人)は異常に高く、2歳以下の乳幼児に至っては1,000人/10万人と、人口の1%に相当する人々が罹患していると推測されている。一般的に小規模な流行に際しては乳幼児が感染の危険率が最も高いが、大規模なものになると乳幼児はもちろん10〜20代の若年層まで感染する可能性が高くなる。

一方、B群髄膜炎菌による流行は主として1970年代のノルウェー、フィンランド等の北ヨーロッパ諸国での大流行、それ以降はヨーロッパや北米といった先進国の地域で小規模な流行が散発的に起こることが多く、罹患率は10〜50人/10万人と、A群に比べると低い。

C群はヨーロッパや南北アメリカ、アフリカの一部で散発的で小規模な発生を引き起こす起炎菌としてよく認められる。その罹患率はB群同様A群のものよりは低いが、決して病原性の低い血清群ではない。

地域別発生状況としてはアフリカでは髄膜炎ベルトで流行性髄膜炎が頻繁に発生し、そのほとんどがA群髄膜炎菌に因るものである。1970年〜1992年までの統計においては、約80万人の患者が発生したと推定されている。

ヨーロッパでは1970年代にノルウェー、フィンランド、1980年以降においても各地でB群およびC群髄膜炎菌による小規模な流行が散発的に起こっている。記憶に新しいところでは1998年に英国で大発生したC群髄膜炎菌性髄膜炎の流行が挙げられるが、その時には1,530名もの患者が発生し、子供や若い世代を中心に150名もの死亡者が出たと報告されている。

1990年代前半までは、アラブ諸国での発生率が高かったが、WHOによるワクチンの接種により髄膜炎菌性髄膜炎の流行は激減してきている。2000〜2001年にかけてメッカでW-135 群髄膜炎菌に罹患したイスラム教巡礼者が各国に帰国後二次感染を起こし、WHOの報告によると世界で患者数約400人、死亡者数約80人もの犠牲者を出したとされている。

髄膜炎菌ワクチン

流行地での髄膜炎菌性髄膜炎の対策として髄膜炎菌ワクチンが開発・使用されている。現在使用可能なワクチンは血清群特異的であるため、流行地におけるドミナントな血清群を判断した後にその流行型と同一のものを投与する必要がある。

2004年の現時点においては実際に適用されているワクチンは莢膜多糖体ワクチンと莢膜多糖体結合型ワクチンの2種類である。

莢膜多糖体ワクチンは現在までに最もよく使用されてきている髄膜炎菌ワクチンである。現在販売されているワクチンはA、Cの2価ワクチンおよびA、C、Y、W-135の4価ワクチンであり、培養された髄膜炎菌から分離、精製され、凍結乾燥体として販売されている。WHOによりA群髄膜炎菌によるアフリカ多発地帯には2価もしくは4価のワクチンが積極的に導入されており、またY群による米国の小規模な流行や、その他の国々においても2価もしくは4価ワクチンが認可され、導入されている。莢膜多糖体ワクチンはY、W-135群髄膜炎菌に対しては効果的であるとされている。しかし、A群やC群に対しては2歳以上の年齢層でも抗体価が2年ほどしか持続されず、しかも最も罹患率の高い2歳以下の乳幼児には効果が認められないという問題点がある。以上の理由により莢膜多糖体ワクチンの投与は2歳以上の子供と大人に限って、流行の沈静化や短期間の予防を目的に使用されているのが現状である。なお、現時点ではB群の莢膜多糖体は抗体惹起能がなく、B群髄膜炎菌に対する有効な莢膜多糖体ワクチンは存在しない。

莢膜多糖体結合型ワクチンは、上記C群莢膜多糖体ワクチンの特に2歳以下の乳幼児に対する効果がないという問題を克服する目的で、インフルエンザ菌(Hib)結合型ワクチンの成功を参考に開発された。C群髄膜炎菌の精製莢膜多糖体に無毒化ジフテリア毒素や破傷風菌トキソイドを結合させたものをワクチン抗原としている。英国では1998年のC群髄膜炎菌による流行を機に1999年世界で初めて認可され、ワクチンプログラムに導入された。その後の調査でも2000年の英国における中間報告では、ワクチン接種対象の年齢層におけるC群髄膜炎菌による感染症の発生率は開始前年度と比較して85%前後減少しており、その有効性が認識されている。また臨床試験では、莢膜多糖体ワクチンでは懸念されていた予防効果の長期持続性も保持されており、現時点では最も有効なC群髄膜炎菌ワクチンとして使用されている。臨床試験やワクチンプログラム開始後、現在まで重篤な副作用は報告されていない。C群莢膜多糖体結合型ワクチンは英国の他、アイルランド、ポルトガル、ベルギー、ドイツ、スペイン、EU、カナダといった先進国で認可され、使用されている。

最後に、現在日本においてはB群およびY群髄膜炎菌による髄膜炎の症例報告が年間20例程度であるため、希有な感染症として認識されている。しかし、欧米では散発的な流行が今なお発生しているので、航空機によるボーダーレスの今日においては、不測の状況に迅速に対応できるようにするため、ワクチンを含めた日本国内の対策を十分に考えておく必要があるであろう。

国立感染症研究所・細菌第一部 高橋英之 渡辺治雄

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