1.日本の動物展示施設
動物展示施設というと何か硬いイメージがする。環境省の定義によれば、動物展示施設は動物園、水族館(哺乳類、鳥類、爬虫類を含む展示に限る)、動物ふれあい公園、移動動物園、動物サーカスなどを指す。動物の愛護および管理に関する法律(動物愛護法)に基づく動物展示施設の届出数は 1,000を超える。思ったより大きな数字である。これらは、客寄せのために小動物やクマを少数展示しているところから、多種類の動物を系統的に収集して市民に公開している大規模動物園までさまざまで、一口に動物展示施設と言ってもその規模や内容、活動目的は千差万別といえる。
比較的規模の大きな動物園水族館により構成された組織に(社)日本動物園水族館協会(以下日動水と略称)がある。日動水は1939年(昭和14年)、動物園16園と水族館3館によりその事業発展のために発足した組織で、現在、動物園91園・水族館68館が加盟している。動物展示施設全体の16%に満たない数であるが、飼育管理、環境教育、野生動物保護などについて協会が独自に選定した基準を満たした活動を行っている。国際的には希少動物の飼育繁殖(生息域外保全)や生息地での保全(生息域内保全)などを世界動物園水族館協会WAZAと連携して取り組んでいる。日動水非加盟園館のまとまった情報が得られないため、本稿では日動水加盟園館の人と動物の共通感染症対策について紹介したい。
2.日本動物園水族館協会の感染症対策委員会
日動水は動物園や水族館で感染症の防止や発生に対応するため、1999年に北海道、関東東北、中部、関西、中国四国、九州沖縄の6ブロックの代表獣医師10名から構成される感染症対策委員会を立ち上げた。同委員会の最初の仕事はアンケートによる動物園水族館における感染症の実態調査と、感染症発生時の対応ガイドライン作成であった。ガイドラインは2001年5月に完成し、2003年4月に厚生労働省から公刊された「動物展示施設における人と動物の共通感染症対策ガイドライン」の叩き台となった。日動水加盟園館は現在、厚生労働省版ガイドラインに準拠した感染症対策をとっている。
具体的には、動物園内部では感染症対策委員会を核とした感染症情報の交換・周知、基本的な衛生管理の徹底、動物業者への輸送箱の衛生管理依頼、市民やマスコミへの風評被害を防止するための広報活動などである。
人と動物の共通感染症が動物園で発生した場合の課題のひとつに確定診断がある。家畜なら獣医大学、都道府県の家畜保健衛生所、国の動物衛生研究所に、人なら保健所や感染症研究所などが窓口になるのであろうが、動物園動物は家畜でないことがネックとなり、これらの機関の対象動物でないことからか、速やかな協力を得られないことがある。動物園に勤務する獣医師の個人的な人脈に頼ることが多く、一日も早い組織的な対応ルートの作成が待たれている。
3.人と動物の共通感染症の散発と動物園
ガイドラインの完成と機を一にするように、人と動物の共通感染症が身近で発生するようになった。2003年春、ハクビシンが新型肺炎SARSの感染源ではないかというニュースが流れた時は、「動物園で飼育しているハクビシンは安全でしょうか?」という問い合わせが多数寄せられた。中国と香港の研究機関が中国南方で食用にされているハクビシン、タヌキ、イタチアナグマから新型肺炎を引き起こすコロナウイルスの遺伝子配列に似たウイルスを検出したためである。ハクビシン犯人説のおかげで、いつもは人気の無い動物園のハクビシンが脚光を浴び、人だかりができるまでになった。幸い、国内での発生がみられなかったため、動物園の対応も余裕をもって進めることができた。ハクビシンに注目が集まる一方、タヌキへの関心が低かったのはどういうわけであったのだろうか?
2004年1月になると、高病原性鳥インフルエンザが国内で発生した。ニワトリは保育園、幼稚園、小学校などで子供にいのちの大切さを感じてもらう動物として飼育される代表的な動物である。動物園でもニワトリは、子供のふれあい活動に使われることが多い。ニワトリはおとなしく、子供より十分に小さく、扱いやすいため子供動物園などで放し飼いにされている。高病原性鳥インフルエンザの国内発生に伴い、上野動物園をはじめとしてニワトリをふれあい動物からはずす動物園が多く見られた。過剰な反応という意見も聞かれたが、多数の来園者の不安を鎮めるためにはやむを得ない処置であったと思う。ふれあい中止以外には、来園者に対しては、注意喚起、動物にふれた後の手洗い励行、消毒薬を染み込ませた足踏みマットの設置、動物園動物に対しては、日頃から行われている動物の衛生管理の徹底、他園との鳥類の移動延期などの対策がとられた。
今(2005)年6月に茨城県で再び高病原性鳥インフルエンザが発生したが、今回はマスコミの報道がセンセーショナルでないためか、動物園の対応も冷静である。ニワトリのふれあい中止や、野鳥の侵入をふせぐため動物舎をビニールで被うなどの処置をとった動物園はないようである。
4.人と動物のよりよい関係をつくるために
1882(明治15)年に開園した上野動物園が日本初の動物園である。120年を超える日本の動物園史の中で、職員や動物が共通感染症に感染した例はあるが、来園者が展示動物から感染した報告は皆無であった。しかし2001年に、鳥類展示施設で従業員と来園者の双方にオウム病の集団感染がはじめて認められ(IASR 23: 247-248, 2002参照)、年間5,000万人以上の来園者を迎える動物園界に大きな衝撃を与え、その対策の重要性を再確認させた。
厚生労働省はzoonosisを動物由来感染症と訳している。人の健康を守る立場を考えると理解できるものではあるが、「動物に由来する病気」では犯人は動物との一方的なイメージを発信する可能性が大きい。このため、日動水では、日本獣医師会同様、zoonosisを人と動物の共通感染症と呼ぶことにしている。人と動物の共通感染症は、人と動物がともに加害者にも被害者にもなりうるが、物言わぬ動物が一方的に悪者にされがちである。新型肺炎騒ぎのときはハクビシン、高病原性鳥インフルエンザの発生ではニワトリが路上に捨てられた。共通感染症に人々の関心が集まることで、病原体だらけの動物に触れるのは危険だという誤解が広まりはしないか危惧される。
動物園の目的に、動物をとおして動物や自然の理解を深めてもらうことがある。共通感染症が社会の注目を浴びている今、人と動物が共生し、よりよい相互関係を築くために動物園が果たす役割はますます大きくなっていると考える。
文 献
1)淺川満彦ほか, 酪農学園大学紀要 28(1): 79-84, 2003
2)岡部信彦ほか, 動物展示施設における人と動物の共通感染症対策ガイドライン2003,厚生労働省結核感染症課, 2003
3)成島悦雄, 神山恒夫・高山直秀編著・子どもにうつる動物の病気, pp68-75, 真興交易(株)医書出版部, 2005
日本動物園水族館協会感染症対策委員会事務局・東京都多摩動物公園飼育課 成島悦雄