はじめに:エボラ出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱の4感染症をウイルス性出血熱と総称する(表1)。これら4感染症は、医療施設で患者からの二次感染による大流行を起こすことが多い。今回のアンゴラでのマールブルグ病の大流行も院内感染が大流行の重要な要因であることが明らかになっている。これら以外にも発熱と出血を主徴とする重篤なウイルス感染症として、リフトバレー熱、南米アレナウイルス出血熱(アルゼンチン出血熱、ボリビア出血熱、ベネズエラ出血熱、ブラジル出血熱の総称)、黄熱、デング出血熱などがあるが、これらは、ウイルス性出血熱とは区別される。
本項では、わが国におけるフィロウイルス感染症(エボラ出血熱、マールブルグ病)の実験室診断法の現状について概説する。
フィロウイルス感染症の疫学と病原ウイルス:エボラ出血熱、マールブルグ病は、アフリカのサハラ砂漠以南に存在する。いずれも人獣共通感染症(zoonosis)であるが、エボラ出血熱、マールブルグ病は宿主動物から直接伝播されるdirect-zoonosisである。フィロウイルスの自然宿主は特定されていないため、自然宿主からヒトへの感染経路は不明である。患者や感染者からの感染経路は、血液・体液・分泌物・血便・臓器・精液等との接触による。
エボラ出血熱は、1976年にスーダンとザイール、1979年にスーダンでの大流行の後、大規模な流行は見られなかったが、1994年以降頻繁に大流行していて、乾期に発生している(表2)。アフリカの健康人の抗体保有状況からは不顕性感染もあると考えられる。また、近年の野生チンパンジーの調査では13%が抗体陽性で、エボラ出血熱の流行地以外でも抗体陽性サルが確認されていることから、エボラウイルスは中央アフリカの森林の広範囲に存在すると考えられる。
マールブルグ病は、1967年ドイツとユーゴスラビアで、ウガンダから輸入された実験用アフリカミドリザルを介して初めて発生した。その後アフリカで数回の散発例が報告されたのみであったが、1998〜99年にかけてコンゴ共和国(旧ザイール)で初めて大流行し、 154名の患者(致死率83%)が発生した。また、本(2005)年アンゴラで大流行し(本号23ページ参照)、423名の患者(致死率84%)が発生している(表2)。
エボラ出血熱、マールブルグ病の原因ウイルスは、フィロウイルス科に属するエボラウイルス、マールブルグウイルスである。エボラウイルス属は4種(Zaire, Sudan, Ivory Coast, Reston Ebolavirus)あり、ウイルス種により病原性が異なる。レストン種はマカカ属サルには病原性があるが、ヒトには病原性が無いと考えられる。マールブルグウイルス属は、Lake Victoria Marburgvirus 1種のみである。フィロウイルスの遺伝子は、7つのウイルス蛋白をコードしておりいずれもウイルス粒子の構成蛋白であるが、これらのうちヌクレオカプシドの主要構成蛋白であるN蛋白が最も抗原性が強く蛋白量も多いため、国立感染症研究所(感染研)における実験室診断法では、RT-PCR法以外では、N蛋白を検出する抗原検出系とN蛋白に対する抗体を検出する系を開発している。
一般検査と実験室診断法:ウイルス性出血熱に特徴的な一般検査所見はないが、初期の好中球増加、リンパ球減少、肝機能異常(GOT、GPT上昇)、LDH上昇が認められることが多い。また、血小板減少や凝固時間の延長など凝固系異常がみられる場合がある。また、わが国ではウイルス性出血熱は輸入感染症であるため、流行地への渡航歴の有無は重要な情報となる。医師が臨床的にウイルス性出血熱を疑った場合は、感染研・感染症情報センターへ相談する。臨床症状や一般臨床検査所見からは、ウイルス性出血熱の確定診断はできないため、確定診断には実験室診断が必要となる。国内では、感染研でのみ対応可能である。実験室診断は、血液、組織等からのウイルスの同定(抗原検出またはRT-PCR)、ELISA法や間接蛍光抗体法によるIgM抗体の検出あるいはIgG抗体価の上昇の確認を行う(図1)。
わが国では、BSL4施設でのレベル4病原体の取り扱いが承認されていないため、感染研では、組み換えウイルス蛋白を用いた血清診断法の開発と、これらに対する単クローン抗体を用いたウイルス抗原検出ELISAやRT-PCR法による病原診断法を開発している。また、G7とメキシコにより構成される世界健康安全保障グループ(Global Health Security Action Group; GHSAG)の答申を受けて、2002年からBSL4保有機関の国際ネットワークとして国際高度安全実験室ネットワーク(International High Security Laboratory Network; IHSLN)が構成され、ウイルス性出血熱、天然痘の実験室診断および病原ウイルス検出法の標準化作業を共同して行うことが合意された。これまでに、RT-PCRまたはPCR法によるいくつかの病原体遺伝子の検出法に関して、各国のラボの成績を比較している。これにより感染研のシステムは他国のシステムと比較して十分な検出感度であることが明らかとなっている(First International Quality Assurance Study on the Rapid Detection of Viral Agents of Bioterrorism. J Clin Microbiol 42(4): 1753-1755, 2004)。
感染研では、エボラウイルスとマールブルグウイルスの組み換えN蛋白を発現・精製したものを用いたIgG-ELISA、IgM-ELISAを確立している(表3)(J ClinMicrobiol 39: 1-7, 2001; Epidemiology and Infection 130: 533-539, 2003)。また、エボラウイルスとマールブルグウイルスのN蛋白を、それぞれ発現するHeLa細胞株を樹立して間接蛍光抗体法の抗原として用いている(図2)(J Clin Microbiol 39: 776-778, 2001; Microbiol Immunol 46: 633-638, 2002)。これらの組み換えN蛋白に対する単クローン抗体を作製して抗原検出ELISAを開発している(表3)(J Clin Microbiol 39: 3267-3271, 2001; Clin Diagn Lab Immunol 10: 552-557, 2003; Clin Diagn Lab Immunol 10: 83-87, 2003; J Med Virol 76: 111-118, 2005)。フィロウイルスは、急性期には血中ウイルス量は非常に高いことが知られている。また、マクロファージに感染するため血液からのウイルス抗原検出の場合、血清よりも全血からウイルス抗原を検出する方が高感度に検出できる。この場合、RT-PCRと同等の感度が得られている。
フィロウイルス感染症では、発症初期(急性期)には高度のウイルス血症を呈するためRT-PCR、抗原検出ELISA法、ウイルス分離・同定が有用である。また、回復期には抗体が検出される。感染研では、これらの検査法を用いて総合的に実験室診断が可能である。なお、ウイルス分離・同定にはBSL4実験室の稼働が必要であるが、それ以外の検査法では、検体の処理過程でウイルスが不活化されるためBSL2レベルで検査が実施できる。
国立感染症研究所・ウイルス第1部 森川 茂 西條政幸 倉根一郎