1.流行の概要
2004/05シーズンは、定点あたりの患者数から見た流行規模では過去10シーズンで一番大きく、全国のサーベイランスネットワークから 5,986株のウイルスが分離された。当該シーズンはB型が流行の主流で全分離数の56%を占め、次いで AH3型が41%、 AH1型が3%と、3種類のウイルスの混合流行であった。
ウイルス別の特徴としては、A/H1N1ウイルスは小さいながら2シーズンぶりの流行が見られたが、分離株の抗原性は6年前の流行ウイルスであるワクチン株A/New Caledonia/20/99(A/NC/99, H1N1)類似株とほとんど同じであった。
A/H3N2ウイルスは、シーズン前半は2003/04シーズンの主流行株であったA/Fujian(福建)/411/2002類似株(代表株はA/Wyoming/3/2003)が多く分離されたが、後半になるにしたがって抗原性の変化したA/California/7/2004類似株が大半を占めるようになった。すなわちA/H3N2の流行は、シーズン中に福建類似株からCalifornia類似株へと移行した。さらに、例年では流行が終息している6月以降も沖縄県、兵庫県、奈良県などで散発的に発生した患者からH3N2ウイルスが分離され、現在に至っている。H3亜型が夏場に分離された例は過去にはまれであり、今冬の動向が注目される。
流行の主流を占めたB型では、分離株の99%は山形系統株であり、Victoria系統株は少数のみ分離された。一方、国内の状況とは異なり、欧米諸国では分離株の35〜46%、特に南半球諸国では55%をVictoria系統株が占め、地球全体でのB型の流行は山形系統からVictoria系統へ移行する傾向が見られた。
2.ウイルス抗原解析
2004/05シーズンに全国の地方衛生研究所(地研)で分離されたウイルス株は、各地研において、国立感染症研究所(感染研)からシーズン前に配布された抗原解析用抗体キット[A/NC/99(H1N1)、A/Moscow/13/98(H1N1)、A/Wyoming/3/2003(H3N2)、B/Johannesburg/5/99 (山形系統)、B/Brisbane/32/2002(Victoria系統)]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって、型別同定および抗原解析が行われた。感染研ではこれらの成績をもとにして、HI価の違いの比率が反映されるように選択した分離株(分離総数の約5%に相当する)および特に大きな抗原変化を示すウイルス株について、A/H1N1ウイルスに対しては5種類、A/H3N2ウイルス6種類、B型ウイルス9種類のフェレット参照抗血清を用いて詳細な抗原解析を行った。
1)A/H1N1ウイルス:2004/05シーズンはAH1型ウイルスは全国で 184株分離され、2シーズンぶりの流行が見られた。感染研で解析した分離株のすべてはワクチン株A/NC/99類似であった。また、HA蛋白の抗原領域Bの140番目のアミノ酸がグルタミン酸(K140E)に置換した大きな抗原変異株A/Peru/2223/2003類似株やH1N2遺伝子再集合体は、昨シーズンと同様に分離されなかった(表1)。
諸外国においてもこの亜型による流行は小さく、少数分離された株のほとんどはワクチン株A/NC/99類似であり、特別な変異株の出現は観察されなかった。
2)A/H3N2ウイルス:2004/05シーズン前半には、ワクチン株A/Wyoming/3/2003フェレット抗血清によく反応する株が多数を占めたが、流行が進むにつれて当該株からはHI試験で4倍以上抗原性が異なるA/California/7/2004類似株が増える傾向が見られた。8月末の集計時にはA/California/7/2004フェレット抗血清のホモ価と同程度の反応性を示す株が79%を占めるようになった(図1、表2)。これらのほとんどの株では、A/California/7/2004株の特徴のひとつであるHA蛋白の145番目のアミノ酸の置換[リジンからアスパラギン(K145N)、グルタミン(K145Q)またはセリン(K145S)]が見られ、遺伝子的にもA/California/7/2004類似ウイルスであることが示された(図3)。
一方、諸外国においては、シーズン前半からA/California/7/2004やその類似株であるA/New York/55/2004類似株が多く分離されており、A/H3N2亜型の流行はA/Wyoming/3/2003を代表株とするA/福建類似株からA/California類似株に移行していることが観察された。
3)B型ウイルス:B型インフルエンザウイルスには、B/Yamagata(山形)/16/88で代表される山形系統とB/Victoria/2/87 で代表されるVictoria系統がある。2004/05シーズンは、2003/04シーズンと同じく山形系統株が主流であり、Victoria系統株はB型分離株の1%程度であった。
山形系統分離株の約97%はワクチン株B/Shanghai(上海)/361/2002類似であり、依然ワクチン類似株が流行の主流を占めていた(図2)。しかし、HI試験で4倍抗原性がずれた抗原変異株も各地で分離されていることから(表3)、今後これら変異株が増えてくるのか注視する必要がある。
一方、少数分離されたVictoria系統株は、B/Kagoshima(鹿児島)/11/2002株に対する高度免疫羊血清に反応することから、山形系統からは識別可能であった。南半球ワクチン株であるB/Brisbane/32/2002フェレット感染血清に対する反応性を指標にすると、最近の分離株の65%は抗原性が大きく変化していることが示された(図2、表3)。
諸外国においては、冒頭に記載したように、Victoria系統株による流行が山形系統株による流行と同程度、またはそれを超える傾向が見られている。流行株の抗原性は、山形系統ではB/Shanghai(上海)/361/2002類似株が大半であるが、Victoria系統では代表株B/Hong Kong(香港)/330/2001から抗原変異したB/Malaysia/2506/2004類似株が増えてきている。このような状況から、WHOは2006年の南半球のB型ワクチン株にB/Malaysia/2506/2004類似株を推奨した。
3.ウイルスHA遺伝子の解析
1)A/H1N1ウイルス:2004/05シーズンの当該亜型は流行が小さく大きな変化は見られなかったことから、AH1型ウイルスの系統樹の掲載は割愛する。
2)A/H3N2ウイルス:A/H3N2ウイルスのHA遺伝子の系統樹は、145番目のアミノ酸を指標にして分類することができた(図3)。2003/04シーズンの分離株のほとんどが、2004/05シーズンワクチン株A/Wyoming/3/2003と同じく、145番目のアミノ酸がKであったが、2004/05シーズンの分離株は、A/Gunma(群馬)/16/2005で代表されるアミノ酸置換K145Q群、2005/06シーズンワクチン株A/New York/55/2004で代表されるK145N群、あるいはK145S群に細分された。さらにK145N群の中には、A/Okayama(岡山)/20/2005で代表されるS192F群が存在した。これらの群のうちK145N群とK145S群の抗原性に大きな違いは見られなかったが、K145Q群、S192F群では、2005/06シーズンのワクチン株であるA/New York/55/2004と抗原性が大きく異なる株が見られた。これらと同様の置換を持つ株は香港、オーストラリア、米国でも分離されている。なお、2003/04シーズンの分類の指標であった、155、156番目のアミノ酸は、2004/05シーズン分離株ではすべてTHであった。
3)B型ウイルス:B型ウイルスは前述したようにVictoria系統と山形系統に大別される。2004/05シーズンの主流となった山形系統のすべての分離株は、2003/04シーズンに引き続き、2004/05シーズンワクチン株B/Shanghai(上海)/361/2002で代表される群に分類された(図4)。さらに系統樹解析でこの群は、B/Shanghai(上海)/361/2002で代表される群、B/Jiangsu (江蘇)/10/2003で代表される群、B/Kitakyushu(北九州)/5/2005で代表される群に細分されるが、抗原性に大きな違いは見られなかった。なお、2004/05シーズンのVictoria系統は流行が小さく分離株数が少ないことから、Victoria 系統の系統樹の掲載は割愛する。
本研究は「厚生労働省感染症発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国74地研と感染研ウイルス第3部第1室(インフルエンザウイルス室)との共同研究として行われた。また、本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり、残りの成績は既にWISH-NETで各地研に還元された。また、本稿は上記研究事業の遂行にあたり、地方衛生研究所全国協議会と国立感染研との合意事項に基づく情報還元である。
国立感染症研究所ウイルス第3部第1室・WHOインフルエンザ協力センター