海外でのBorrelia valaisiana 近縁種感染によるライム病の報告

(Vol.26 p 306-307)

ライム病は鼠や小鳥などを保菌動物としマダニにより媒介されるスピロヘータ(ボレリア)による感染症である。これまでは欧州や北米を中心に発生が報告されているが、最近ではわが国でも報告が多い。今回海外旅行中にライム病に感染し、患者の全血中からボレリア病原体を検出した症例を経験したので報告する。我々の知る限り、血液中からライム病病原体が検出されたのは日本で初めてである。

患者は74歳男性。もともと気管支喘息と洞機能不全症候群に対するペースメーカー植込み後にて当院外来通院をされていた。蝶の採集のため2005年5月27日〜6月7日までカンボジアに旅行に行き、さらにその後6月10日〜6月13日まで同様の目的にてハバロフスクに出かけた。ハバロフスクから帰国後の6月17日頃より咳・38℃台の発熱・全身倦怠感・食欲不振が続いたため当院救急外来を受診。感冒の診断でclarithromycinを処方され帰宅となった。しかし、その後も発熱・咳が続き、新たに全身の関節痛と下痢が出現したため6月24日外来受診し、精査加療目的で入院となった。

入院時の身体所見では37℃台の発熱と咽頭痛と咳嗽を認めた。両側上下肢の関節痛を訴えるが明らかな発赤や腫脹はなく、皮疹などの皮膚症状も確認できなかった。採血データではWBC 5,500/μl, CRP 4.48mg/dlと、炎症反応は認めるも白血球数の増加は認めなかった。下痢以外の感染のフォーカスは明らかではなく、輸液にて保存的に経過観察とした。その後も37℃台の発熱と咳が続き、全身の関節痛が続いたため気道感染を考え、6月27日よりcefotiamを開始したが症状の改善は認められなかった。その後注意深く診察を行ったところ、右耳介に径10mmの黒色の腫瘤を確認した(写真参照)。本人の話ではハバロフスクから帰国した後の6月15日頃に気づき、気づいてから大きさは不変とのことであった。当院皮膚科の診察により、黒い腫瘤はマダニの虫体でマダニ刺咬症と考えられた。遊走性紅斑などの皮膚症状や神経症状は認められなかったが、全身の関節痛や発熱などインフルエンザ様症状から臨床的にライム病と診断した。このため6月29日から抗菌薬をcefotiamからminocyclineに変更したところ、開始後速やかに解熱し、下痢や関節痛などの症状は消失した。マダニの虫体は自然落下し、口器は残っていたものの皮膚には明らかな結節などはなく、口器のみ抜去した。7月11日にはCRPも陰転化したため、7月12日に退院とした。

国立感染症研究所にて病原体診断したところ、患者の全血と虫体からボレリアDNAが検出され、そのDNAは完全に一致した。さらにその相同性からBorrelia valaisiana 近縁種と診断された。またB. burgdorferi B. garinii B. afzelii を用いた血清診断では、B. garinii に対し抗体反応が陽性であった。刺咬マダニ種はIxodes persulcatus (シュルツェマダニ)と同定された。また大原綜合病院における抗体調査により、野兎病、ブルセラ症、日本紅斑熱、チフス熱、およびQ熱は否定的であった。

マダニに刺咬された記憶は本人にはないが、ハバロフスクでの蝶の採集の際に現地の人からダニがいると注意されていること、蝶の採取を終えて宿へ戻った際に友人のタオルにダニがついていることを見ていることから、ハバロフスクでマダニに刺咬されたと思われた。実際シュルツェマダニはハバロフスクでは見出されるが、カンボジアでは未記載のマダニで、国内のみならずロシアでのライム病ボレリア媒介種となっている。一方でB. valaisiana 近縁種は韓国、中国、タイなどの東南アジアおよび本邦南西諸島で見出されているが、ハバロフスクで見出されたことはない。またこれまでシュルツェマダニからB. valaisiana 近縁種が見出されたことはないことから、シュルツェマダニのB. valaisiana 近縁種の媒介能については不明である。

これらのことから、カンボジアでB. valaisiana 近縁種に感染後、ハバロフスクでさらにシュルツェマダニに刺咬された可能性と、ハバロフスクでのシュルツェマダニ刺咬によりB. valaisiana 近縁種に感染、ライム病を発症した可能性が考えられた。いずれの可能性も現時点では否定できないが、B. valaisiana 近縁種による感染症例は世界で初めてであり、今後B. valaisiana 近縁種に対しても注意が必要であることが示された。

これまでB. garinii 感染が見出されているハバロフスクなどシュルツェマダニの生息地域でのマダニ刺咬には注意が必要であるとともに、B. valaisiana 近縁種の存在が確認もしくは推定されている、東南アジア、韓国や本邦南西諸島などでも、ライム病媒介マダニの刺咬を受けないように注意する必要がある。

東京大学医学部附属病院・循環器内科 齋藤 幹 伊藤高章 大野 実
東京大学医学部附属病院・皮膚科 浅島信子
国立感染症研究所・細菌第一部 川端寛樹 渡邉治雄

研究協力者
国立感染症研究所・細菌第一部 小泉信夫
大原綜合病院付属大原研究所 藤田博己

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