非流行期にインフルエンザウイルスAH3型が分離された1症例−名古屋市

(Vol.26 p 302-303)

今回、非流行期の2005年8月2日に採取された小脳炎疑いの患者の検体から、インフルエンザウイルスAH3型を分離したので、その概要について報告する。

患者の概要:患者は11歳男児で、2005年7月31日より発熱。8月1日より頭痛が出現した。8月2日朝、四肢を硬直させ口唇をガクガクさせ、フラフラと歩いており、近医を受診した。意識はあるものの反応が鈍い状態であり、M市民病院を紹介受診した。入院時はボンヤリした状態であったが氏名・年齢は言えた。発熱38℃、頭痛、悪心、咽頭発赤を認めた。脈拍 96、血圧 129/87、呼吸音:清、項部硬直(±)、Kernig(+)であった。アキレス腱反射:正常範囲内、膝蓋腱反射:軽度減弱であった。起立試験、踵・膝試験で閉眼すると動揺が増強した。入院時血液検査所見は、WBC 6,500/μl、CRP 4.37mg/dl、赤沈:1時間値 13mm、2時間値 30mm、生化学検査正常、検尿正常であった。入院時髄液検査所見は、細胞数 0/mm3、蛋白 18mg/dl、糖 67mg/dlであった。入院時頭部CT所見は正常範囲内であった。入院後の経過は、入院時の発熱は38℃であったが、抗菌薬使用後、翌日より解熱した。ふらつきも翌日には消失し、起立試験、指・鼻試験、踵・膝試験も正常となった。経過中、明らかな咳、鼻汁などの感冒症状、関節痛、筋肉痛等は認めなかった。

ウイルス分離同定の経過:感染症発生動向調査の検査定点であるM市民病院で、8月2日に髄液と咽頭ぬぐい液を採取し、凍結保存後、8月8日に当研究所に搬入された。処理後、MDCK細胞とHEp-2細胞に接種した。MDCK細胞の培養は浮遊培養法で行った。細胞変性効果(CPE)と赤血球凝集(HA)試験でウイルス分離の確認を行った。咽頭材料を接種したMDCK細胞で、接種後4日目にCPEが認められた。モルモット0.75%赤血球でHA価2倍で、不安定な凝集が認められた。MDCK細胞2代ではCPEは認められたが、HAは認められなかった。ニワトリ、ガチョウ赤血球でもHAは認められなかった。インフルエンザ迅速診断キットで、分離ウイルスはインフルエンザウイルスA型であることを確認したが、充分なHA価が得られなかったため、通常の赤血球凝集抑制(HI)試験での同定を行うことができなかったので、RT-PCR法で同定を行った。HA遺伝子は国立感染症研究所(感染研)推奨の方法、NA遺伝子は高尾らが推奨した1)Wandong Zhangらの方法で増幅した。AH3とNA2に特異バンドを認め、分離ウイルスはインフルエンザウイルスA/H3N2型と同定した。MDCK細胞の3代でもCPEは認められたが、HAは認められなかった。MDCK細胞(単層培養)に継代して、4代で安定したHA価16倍が得られたので、感染研分与のインフルエンザサーベイランスキットを用いて、赤血球凝集抑制(HI)試験でも同定を行った。分離ウイルスの抗原性は、抗A/New Caledonia/20/99 (ホモ価 320)に対してHI価<10、抗A/Moscow/13/98(同 2,560)に対して<10、抗A/Panama/2007/99(同 640)に対して20、抗A/Wyoming/03/2003 (同 1,280)に対して80、2005/06シーズンのワクチン株の抗A/New York/55/2004(同 5,120)に対して640であった。この成績から、分離ウイルスは今シーズンのワクチン株に近い株であると思われた。確認のため、抗B/Johannesburg/05/99(同 2,560)、抗B/Brisbane/32/2002(同 320)に対してもHI試験を行ったが、いずれも<10であった。

疫学的事項:母が8月3日、弟が8月5日、妹が8月6日、祖母が8月7日より発熱し、家族内感染が疑われたが、確認はできていない。祖母のみインフルエンザワクチン接種済みであった。海外渡航歴は本人、家族はなかった。母の姉が2005年7月23日〜25日にグァム旅行をしており、祖母とは7月25日に、他の家族とは7月26日とその数日後に接触しているが直接の関連は不明である。

今回の症例では、臨床症状だけではインフルエンザとは診断し難く、非流行期においても、インフルエンザウイルスの分離を行い、インフルエンザの動向を把握することが重要であると思われる。また、今回のウイルス分離同定では、分離初期では、十分なHA価が得られず、通常の赤血球凝集抑制(HI)試験での同定を行うことができなかったため、同定に時間を要した。これは、培養法によるものか、ウイルス自身の性質なのかは明らかではない。

 文 献
1)IASR 23(11): 287-288, 2002

名古屋市衛生研究所・微生物部 後藤則子 柴田伸一郎 木戸内 清
名古屋市立緑市民病院・小児科 加藤敏行 尾坂行雄

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