日本紅斑熱は、ヒトが野山に入り病原リケッチア保有のマダニに刺咬されることにより感染する疾患で、1984年に馬原によって発見された。高知県では1983年(1983年の患者については保存血清の後日確認)以降、毎年のように同疾患の患者が発生しており、2005年12月現在までに 153例が確認されている。高知県衛生研究所では1995年から県下の医療機関より持ち込まれる日本紅斑熱を疑う患者の血清について確認検査を行っており(1983〜1993年までは徳島大学ウイルス学教室で行った)、確認できた患者は2005年までで93例を数えた。そこで、県下の患者発生状況については153例について、また、患者の感染場所、ダニの刺し口の有無、などについては当所で確認した93例について検討を行った。
高知県の日本紅斑熱患者は1993年までは室戸市からのみの発生であったが、現在では9市町村に拡がり、発生数は室戸市138例、北川村1例、奈半利町3例、田野町1例、高知市4例、春野町1例、伊野町1例、土佐市1例、宿毛市3例となっている。なお高知市の4例中3例は高知市在住であるが、室戸市で感染したことが明らかになっている。患者発生地区は徐々に拡がってきているものの、室戸市からの発生が90%以上を占めており、発生の中心となっている。また、同じ住所に住んでいる親族等でほとんど同時期に感染した例が8組18名で認められた。このことは病原リケッチア保有マダニが同じ場所で複数あるいはコロニ−で生息している場合が多いことを示唆している。また、日本紅斑熱患者の発生した地域はすべて海岸から近い山や畑等の場所であった。一方、つつが虫病は高知県ではほとんど山間部で発生している。
月別では日本紅斑熱患者は3〜11月の間に発生している(図)。とくに5〜10月に93%が発生している。つつが虫病の発生は最近は秋型で、10〜12月の発生となっており、高知県において3〜9月までに発生するリケッチア症は、ほとんどの場合日本紅斑熱であると考えられる。患者の性別は男性40%、女性60%で、年齢は2〜96歳であったが、75%が50歳以上であった。ほとんどの年齢層において女性が多かったが、特に50歳以上では著明であった。このことは室戸市において50歳以上の女性が多く野山・畑等で農作業に従事している実態を表しているものと思われる。
当所で確認した93例の患者についての推定感染場所は、調査開始当初は山地が多かったが、最近では平地が多くなってきている。これは室戸市を含め高知県は温暖な地域であるが、さらに地球の温暖化により、動物やマダニが人家の近くまで降りてきて生息している現状を表しているものと思われる。日常の生活の中でマダニと接触する機会も多いと思われ、患者本人が野山に立ち入らなくともマダニに刺されるケ−スも多いと想定される。
刺し口は93例の患者においては70%で見つかっている。また、刺し口の見つかった部位は腹、足、背、胸、手、肩の順で、他に少数例は頸、腋、頭、臀部であった。日本紅斑熱の刺し口は通常つつが虫病に比べて小さく、見落としやすいので注意が必要である。刺し口の見つかった部位の少数例には比較的見つけにくい部位が並んでいる。これらの部位を丹念に探すことで、もう少し刺し口が見つかるのかも知れない。
日本紅斑熱は38.0℃以上の発熱を伴うのが通常であり、初診時は93例中92例が38.0℃以上の発熱を呈した。1例については発熱は認めなかったが、ペア血清でRickettsia japonica に対する抗体の上昇を示した。この例は室戸市の患者であったが、抗菌薬を投与せずに治癒している。有熱期間は患者発生の多い室戸市で発生した患者はほとんどの場合、一週間以内で解熱しているが、他の地区で発生した場合は長くなる傾向にある。これはいまだに日本紅斑熱に関する診断・療法が県下の医療機関に浸透していないことを表すものと思われる。
発疹は全例に認められたが、全身が88例で、一部に認められた例が3例あり、胸と背、胸と腹、腹と背が各1例であった。また、2例は診断した医療機関での診察までに時間がかかり発疹が消失した例で、出現部位が確認できなかった。
リンパ節の腫脹はつつが虫病の場合は認められるが、日本紅斑熱では認められないことが多いのが通常である。高知では93例中5例に認められ、そのうち、10歳以下の小児が4例(2、3、5、9歳:5例中4例)で、低年齢層では高率にリンパ節腫脹が認められると考えられた。
以上、高知県の日本紅斑熱について検討を行ってきたが、2004年7月には高知県で初めての死亡例を確認した。この患者は室戸市在住の77歳女性で、初診時すでに血圧80台のショック状態であり、全身に紅斑が認められた。翌日、別の病院に入院、治療したが、多臓器不全を起こしており、初診から4日目に死亡した。初診時と入院時の血清について間接蛍光抗体法によって抗体を測定したが、抗体価は20倍以下であった。初診時採取血液を大原研究所の藤田博己先生に送付し、リケッチア分離および単クローン抗体による型別を依頼した。結果、リケッチアが分離され、型別では群特異的S3、X1、F8およびR. japonica の種特異的C3すべてに陽性であった。よってこの患者は日本紅斑熱であったと確定した。
高知県における日本紅斑熱の患者発生は今後も続くと考えられ、発生地域も徐々に拡がりを見せている。本疾患については患者発生の多い高知県においてもいまだに医療機関および県民に充分浸透しておらず、不幸な結果を招かないためにも、より一層の啓発活動が必要と思われる。本県においては2005年医療機関向けの小冊子と県民向けのパンフレットを作成し啓発を行っている。
高知県衛生研究所
千屋誠造 永安聖二 戸梶彰彦 大野賢次 依光邦憲