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淡路島の日本紅斑熱死亡例について

(Vol.27 p 36-37:2006年2月号)

日本紅斑熱は、1984年徳島県阿南市で馬原によって初めて報告されて以来、各地より発生の報告が続いており、わが国におけるリケッチア感染症の中で重要な位置を占めるようになっている。淡路島南部の論鶴羽山系は、Rickettsia japonica の好発地域の一つであり、例年夏季に発生が報告されている。今回我々は、急速に進行し、DIC、消化管出血により死亡し、剖検を行った日本紅斑熱症を経験したので報告する。

症例:77歳男性。

主訴:歩行障害、2005(平成17)年9月2日より食欲低下、翌日より下腿に皮疹が出現、5日に38.7℃の高熱、歩行障害、構音障害が出現し、7日に症状が悪化したために当院受診した。生活歴では、自宅の畑には出ていたが、特に山林には出入りしていないとのことであった。来院時、意識は清明、身長160cm、体重50kg、体温36.4℃、血圧102/58mmHg、脈拍86/min整、SpO2 97%、胸部異常所見認めず、腹部肝脾腫は触知せず。リンパ節腫大認めず。神経学的異常所見なし。両下腿の皮膚に7mm大紅斑散在、右肩前面にダニ刺し口あり。

入院時検査所見:赤血球数 448万/µl 、Hb 13.8g/dl 、Ht 39.1%、白血球数 12,500/µl 、血小板数 5.2万/µlと血小板減少を認め、FDP 54µg/mlと、DICの併発が考えられた。軽度の肝障害と脱水を認め、CRP 20.34mg/dlと著明な上昇を認めた。ワイル・フェリックス反応:OX19 <80、OX2 <20、OXK <20と上昇は認めなかった。BS 462mg/dl 、HbA1c 6.7%と上昇しており、基礎疾患としての糖尿病の合併を疑われた。画像所見には特記すべきものはなかった。

臨床経過:ダニの刺し口あり、皮疹等より、リケッチア感染症による肝機能障害、DIC を疑い、ミノサイクリン 200mg/日、ヘパリン1万単位/日、また脱水に対し補液を開始した。第2病日9月8日にはCRP 17.7mg/dlとなり、炎症所見と肝酵素も改善傾向にあったが、9日BP 84/48と急速に血圧低下、その後より赤色凝血塊混じりの下血を繰り返し、全身皮膚にも紫斑が出現、その後心停止。死亡確認した。病理解剖の結果、両側胸水と胃〜大腸粘膜からのoozing様出血を認めた。初診時のEDTA採血よりDNAを抽出したのち、紅斑熱群リケッチアを検出するR1-R2プライマーの組み合わせでPCRを実施したのち、R. japonica を特異的に増幅するRj5-Rj10プライマーの組み合わせでnested-PCRを実施した。アガロース電気泳動で357bpの目的サイズの増幅産物を確認したのち、増幅産物の塩基配列をダイレクトシークエンス反応で調べたところ、塩基配列がR. japonica のものと100%一致した。血清について間接蛍光抗体法で、R. japonica を抗原としたIgGおよびIgM抗体価を調べたところ、IgG 320倍、IgM 80倍であった。以上より日本紅斑熱と確定診断した。

リケッチアは刺し口である皮膚病変部で増殖した後、血流に乗って血管内皮細胞に感染することから、血管内皮細胞は生体内において主要なリケッチアの感染細胞と考えられ、リケッチア感染血管内皮細胞はtissue factorを産生して直接凝固系を活性化し、血栓や、血管炎を引き起こし、その臨床病態と関わっている。

発疹性の発熱疾患であるリケッチア感染症は、わが国ではつつが虫病と、日本紅斑熱が知られており、淡路島地方では両者はベクターの違いからか、島北部ではつつが虫病が、南部の論鶴羽山系では日本紅斑熱が認められている。いずれも例年数例ずつの報告があり、臨床症状からの鑑別は困難だが、発生時期や発生場所により疫学的な鑑別がある程度可能である。今回の症例では刺し口、発疹、発熱と3主徴がそろい、発症時期、発症地より強く日本紅斑熱を疑い、速やかにミノサイクリン投与を開始し、一時的に改善を認めたもののDICによる出血傾向により不幸な転機をとった。

紅斑熱群のリケッチアでは、ロッキー山紅斑熱で3.7%の致死率が報告されており、日本紅斑熱も2001年淡路島において初の死亡例が報告されて以降、死亡例の報告がある。本例においては高齢であったこと、および病歴として確認されなかったが、血糖値の上昇やHbA1c高値より基礎疾患に糖尿病があり、易感染状態であったこともこのような転機をたどった一因であると考えられる。高齢者で予後不良と予測されるものに対しては、有効例が報告されているステロイドや、ニューキノロン系の抗菌薬の併用を当初より行うべきかもしれない。

日本紅斑熱は発生報告によると患者には性差がなく、全年齢層にわたっているが、患者の2/3は50歳以上で、比較的高齢者に多い疾患である。これは疾患感受性によるものというより、山村部の高齢化という環境要因が強いのではないかと考える。近年日本紅斑熱は増加傾向にあり、またわが国では、中山間地域の高齢化が急速に進行していることから考えると、今後も日本紅斑熱による重症例、死亡例は増加することが考えられるが、この疾患に対する医療従事者への啓発、また現状では、特異的血清診断やPCRなどの検査が一般検査として普及していないことから、これらの検査の普及、同時に一般住民に対する注意勧告が必要と考える。

兵庫県立淡路病院・内科 野村哲彦 戎谷 力
   同     病理 堀口英久
兵庫県立健康環境科学研究センター・感染症部 藤本嗣人

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