著者らは、福井県でも日本紅斑熱の発生をみるものと想定して、折々には基礎調査を行い、症例発掘に向けて注意喚起も行っていた。そういう中で、全国的に記録的な暑さとなった2004年7月に、本県では初となる紅斑熱リケッチア症の1例が県立病院内科(皮膚科共同)において見出された。
この症例報告は翌2005年4月に発行のJJID誌に掲載されたが、ここでは概要を再掲しながら、その後に行われた検査や調査の概要を追加する。
症例の概要:患者は53歳男性、福井県三国町在住、2004年7月3日に福井県奥越地方の大野市郊外の荒島岳に登山して、同月9日頃から高熱とともに紅斑が出現した。紅斑は全身性で手掌や足底まで見られたが、南西日本に多発する日本紅斑熱に比せば色が薄め、また刺し口らしい黒い瘡蓋が右上腕に見られた。間接免疫ぺルオキシダーゼ検査で複数の紅斑熱群リケッチア抗原に有意な抗体上昇を見たが、テトラサイクリン系抗菌薬の比較的短期の投与で治癒に至った。
血清学的精査:しかし、本例は従来日本紅斑熱(Rickettsia japonica )の発生が見られない北陸、しかも豪雪地帯の山間で発生した点、また最近は、わが国においても欧州共通のR. helvetica など複数の紅斑熱群リケッチア種の分布が確認された点から、R. japonica 以外の病原種感染の可能性も否定できないと考え、フランスのD. Raoult研究室の協力を得て、欧州では確定診断の基準とされるウエスタンブロット(吸収試験併用)による精査を、残存した17日病日の血清につき実施した。R. japonica とR. helvetica 抗原の蛋白分画に被検血清を当てた時、R. japonica 抗原では吸収できないR. helvetica 特異バンドが認められて(図1)、本症例はR. helvetica による感染が強く示唆され、共同したフランスのP-E. Fournier博士からは、欧州の基準からすれば同感染と確定したいとのコメントを得た。
疫学的考察:過去10余年間、我々は、前記フランス研究者との共同で、国内各地のマダニ種から紅斑熱群リケッチアの分離、そして新種記載などを進めてきて、特にシュルツェマダニとヒトツトゲマダニからはR. helvetica を広く分離できている。そして、今回の感染推定地である荒島岳(標高 1,523m)の中腹においてもマダニを採集したところ、ヒトツトゲマダニが優勢であり、かつ分離に供した29個体中の6個体からR. helvetica を得て、これらの塩基配列のシーケンスも欧州株と完全相同であった。これらの分離成績の概要は図2の通りであり、北方系と南方系のマダニ種ごとの分布にしたがい分離をみることが分かる。特に本県の荒島岳は、中腹までヒトツトゲマダニが、1,000m以上ではシュルツェマダニの生息がみられ、北と南の接点をなす地域と言える。なお、R. helvetica 感染は欧州のほかタイでも確認されており、今回の症例も併せるとアジアの旧北区全体に分布することも推測され、少なくとも国内ではシュルツェマダニが分布する中部から北日本、また南西日本ではヒトツトゲマダニが生息する比較的高山帯において感染が潜在する可能性は考えるべきであろう。すなわち、そういった地域で紅斑熱疑いの熱性発疹性患者をみた場合には、ウエスタンブロットまで施行することを考慮したい。一方、我々はヤマトマダニ固有の紅斑熱群リケッチアを新種R. asiatica として記載中であるが、長野県北端の白馬山腹(1,500m高度)で感染を受けた紅斑熱様症例では、血清の免疫ペルオキシダーゼ検査でR. asiatica 抗原に反応することを見ており、これについても今後の臨床と疫学の両面から精査が必要と考える。
文 献
1) Fournier P-E, et al., J Clin Microbiol 40: 2176-2181, 2002
2) Noji Y, et al., Jpn J Infect Dis 58: 112-114, 2005
3) Takada N, Med Entomol Zool 54: 1-12, 2003
福井大学医学部 高田伸弘
福井県衛生環境研究センター 石畝 史
大原綜合病院附属大原研究所 藤田博己