輸入発疹熱

(Vol.27 p 42-44:2006年2月号)

発疹熱は、発疹チフス群リケッチアRickettsia typhi (=R. mooseri )の感染に起因する熱性・発疹性のリケッチア感染症のひとつである。本起因菌の主なベクターはネズミノミ(Xenopsylla cheopis )であり、保有動物はクマネズミ(Rattus rattus )、ドブネズミ(R. norvesicus )等の齧歯類である。感染は、吸血ノミの糞中に排出されるリケッチアが、刺咬部位を掻いてできた傷口から侵入して起こる。発熱、頭痛、発疹をきたし、一般的には同じ群のリケッチアR. prowazekii によって引き起こされる発疹チフスに比べて軽症であるが、重症例・死亡例も存在する。そのため、個々の症例について臨床症状だけから両疾患を鑑別することは難しい。全世界の海岸や港湾地域に分布していると考えられており、近年でも散発的な流行がオーストラリア、中国、ギリシア、イスラエル、クウェート、タイ、アメリカ南部、スペイン、韓国などで報告されている。

国内の発疹熱

1940、50年代に発生した多くの症例が報告されており、それらは基本的に臨床像とワイル・フェリックス反応でOX19陽性であることに基づいて診断されている。一部については、それらに加えて患者から分離したリケッチアの動物への感染性と補体結合反応の結果も判定に用いられている。ワイル・フェリックス反応はリケッチア症の大まかなスクリーニング法としては有用であるが、特異抗原を用いてはおらず交差反応性のProteus vulgalis を抗原として用いている。そのため、これらが発疹チフスや紅斑熱である可能性も拭えない。現在、つつが虫病、発疹チフス、日本紅斑熱は感染症法における4類感染症として届出が義務づけられている。これらと類似の症状を示し、発疹チフス、紅斑熱との交差反応性を持つ発疹熱は、届出義務がないこともあって1950年代以降は4例の報告しかない。1977年の対馬(坪井ら, 昭和52年国立予防衛生研究所年報, p.110, 1978)、最近では1994年、1998年、2003年の福井県(高木ら, 感染症誌 75: 341-344, 2001)、島根県(常井ら, 第61回山陰小児科学会, 1998)、徳島県(Sakaguchi et al., Emerg Infect Dis 10: 964-965, 2004)での各1例である。現在でも地域によってはネズミがヒトの居住地域に多く分布している実態を考慮すると、実際にはより多くの発生があるものの、ほとんどは発疹熱と診断されていない可能性がある。

輸入感染症としての発疹熱

第二次世界大戦中および戦後にアジア各地や南太平洋から帰還した多くの日本人が、発疹熱を含むリケッチア症に感染していたと思われる。しかし、その多くに血清学的検査が行われていないため、本当に発疹熱であったかどうかは不明である。最近、1940年代以降では初めての輸入発疹熱症例が確認された(鵜飼ら, 第78回日本感染症学会学術集会, 2004)。

2003年5月、徳島県在住の男性がベトナムのホーチミン市近郊で原因不明の熱性・発疹性疾患を発症し、急遽帰国した。SARS、デング熱、マラリア、Q熱、つつが虫病、発疹チフス群・紅斑熱群リケッチア症などについて鑑別診断を行ったところ、回復期血清がR. typhi R. prowazekii 両抗原に同程度に強い反応性を示し、また、他の疾患も否定された。回復期血清についてR. typhi R. prowazekii の各抗原で吸収試験を行ったところ、R. typhi では完全な吸収がみられたが、R. prowazekii ではR. typhi に対する反応性が吸収されずに残った()。この結果から、発疹チフスは否定され、発疹熱との診断が確定した。ベトナムにおける発疹熱は、フランス植民地時代のものについてはフランスの研究者による多くの報告がある(Sureau et al., Bull Soc Path Exot 48: 599-602, 1955)。また、ベトナム戦争中の1960年代には駐留する米国軍人の間に発生がみられている (Miller et al., Milit Med 139: 184-186, 1974 )。ベトナム戦争終結後のベトナムにおいてこれが最初の発疹熱の報告症例である。

鑑別診断

輸入感染症の場合、日本国内には常在しないか発生頻度の低い類似疾患の可能性も考慮し、鑑別診断を行う必要がある。発疹熱については、地域によりデング熱、マラリア、腸チフス、Q熱、つつが虫病、他のリケッチア症などとの鑑別診断が必要となる。

リケッチア症の場合、起因菌を分離できれば、どのリケッチア症であるかの核酸、抗原レベルでの同定は容易だが、P3実験室の使用が要求される。次に可能な同定法は、患者血液についてのリケッチア種特異的なプライマーを用いたPCRであるが、抗体産生前の急性期の検体を用いる必要がある。血清学的診断法としては、ワイル・フェリックス反応があり、OX19あるいはOX2陽性を示せばリケッチア症である可能性が大きい。しかし、前述のようにあくまでもスクリーニングの手段として限定すべきであり、確定診断には特異抗原を用いた蛍光抗体法あるいは酵素抗体法などによる抗体価測定が必要となる。通常の感染症では、特定の病原体に対する抗体価が組血清について4倍以上の上昇を示せばその病原体による感染症と確定する。しかしながら、リケッチアは種間の抗原性差が小さく、たとえば、表面抗原のLPSは群共通抗原であり、外膜蛋白質のrOmpBは属共通抗原性を有する。そのため、ひとつのリケッチア種について抗体陽性だとしても、それに起因するリケッチア症と断定できない(Uchiyama et al., Microbiol Immunol 39: 951-957, 1995)。たとえば前述の輸入発疹熱症例ではR. typhi R. prowazekii の両者にほぼ同じ抗体価を示したが、R. prowazekii 抗原だけを用いた場合、発疹チフスと誤って診断する可能性がある。リケッチア症ではこのような例はしばしば存在するため、複数のリケッチア種を抗原に用いて抗体価測定を行う必要がある。上の例のようにふたつのリケッチア抗原間で抗体価に大きな違いがない場合は、それぞれの抗原による血清の吸収試験を行い、完全な吸収を示すリケッチア種によるリケッチア症と診断することになる。

治 療

β-ラクタム系、アミノ配糖体系抗菌薬は無効で、ミノサイクリン、ドキシサイクリン等のテトラサイクリン系抗菌薬を第一選択とする。作用は静菌的であるため、解熱後もしばらくは継続投与の必要がある。クロラムフェニコールも有効だが、テトラサイクリンがより効果的である。また、ニューキノロン系抗菌薬も有効である。

対 策

発疹熱は日本国内では過去の感染症と思われているが、医療従事者は国内における発疹熱の散発的な発生、および輸入症例の存在を認識する必要がある。また、海外に渡航する場合、クマネズミ、ドブネズミ等の生息地域ではそれらとの接触を避けるよう注意しなければならない。また、日本国内でネズミの駆除を行う場合、平行して殺虫剤の散布も行い、ベクターのネズミノミも同時に駆除することが求められる。

徳島大学ヘルスバイオサイエンス研究部ウイルス病原学分野 内山恒夫

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