国内に生息するマダニからのアナプラズマ属菌の検出

(Vol.27 p 44-45:2006年2月号)

新興感染症「アナプラズマ症」はマダニにより媒介される発熱性疾患で、その病原体は顆粒球に特異的に感染する偏性寄生性のグラム陰性桿菌である(図1)。1994年、米国で発熱性疾患患者の好中球の中にエーリキア様細菌の感染が認められ、ヒト顆粒球エーリキア症病原体[Human Granulocytic Ehrlichiosis (HGE) agent]と呼ばれるようになった。その後、1996年にはその病原体が分離報告され、さらに2001年にはEhrlichia 属からAnaplasma 属へと配置換えされて、Anaplasma phagocytophilum という学名が付された。それに伴って、昨今ではその病名もヒト顆粒球アナプラズマ症[Human Granulocytic Anaplasmosis (HGA) ]と呼ばれている。A. phagocytophilum は、ヒトの他、ウマやヒツジなどにも感染し、アナプラズマ症を引き起こすことから「人獣共通感染症」病原体としても知られている。

わが国では、これまでA. phagocytophilum に関する知見は皆無であった。今回我々は、国内のIxodes 属のマダニがA. phagocytophilum を保有することを発見したので報告する。2003年と2004年に静岡県、山梨県、長野県内において273匹のIxodes 属マダニ[114匹のシュルツェマダニ(I. persulcatus )および159匹のヤマトマダニ(I. ovatus )]を捕獲した。このうち、123匹のマダニについては、全組織または唾液腺を個々のマダニより摘出し、DNAを抽出して、A. phagocytophilum に特異的なp44/msp2 遺伝子をターゲットとしたPCRを行った。その結果、123匹中20匹のシュルツェマダニとヤマトマダニがPCR陽性を示した(表1)。これらのマダニは静岡県あるいは山梨県で捕獲したもので、長野県内で捕獲した6匹のマダニについてはPCR陰性であった。一方、静岡県内で捕獲した150匹のマダニの全組織を摘出後、6〜15匹分ずつプールし、それらを免疫抑制剤(シクロホスファミド)処理した15匹のddYマウスにそれぞれ腹腔内接種し、接種後10日目に脾臓DNAを調製してPCRを行った。その結果、15匹中1匹のマウスからp44/msp2 遺伝子が検出された。そして、得られたp44/msp2 増幅産物をTA-cloningによりクローニングして組換えクローンを作製し、28個のクローンの塩基配列を解読して系統樹解析を行った。この系統樹解析では、シュルツェマダニとヤマトマダニ中のA. phagocytophilum p44/msp2 遺伝子はそれぞれ異なるクラスターに位置することが判明した(図2)。また、28個中11個の日本のp44/msp2 遺伝子は米国あるいは英国のp44/msp2 遺伝子と85.6%以上の高い相同性を示したが、残りの17個の日本のp44/msp2 遺伝子は米国あるいは英国のものとは73.1%以下の相同性を示し、わが国固有のA. phagocytophilum の存在が示唆された。さらに、p44/msp2 遺伝子でPCR陽性を示した1匹のマウスについて、16S rRNA遺伝子の解析を行った結果、得られた6個の16S rRNA遺伝子クローンは、それぞれの間で99.3〜99.6%の相同性が認められ、米国のA. phagocytophilum human agentとは99.6〜99.8%の相同性が見られた。増幅した16S rRNA遺伝子をダイレクトシーケンスした場合、その塩基配列は米国のhuman agentのものと同一であった。

以上、わが国においてもヒトに感染する可能性のあるA. phagocytophilum の存在が明らかとなった(詳細は、Emerging Infectious Diseases 11: 1780-1783, 2005を参照)。

静岡県立大学・環境科学研究所・環境微生物学研究室 大橋典男

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