大阪では2000(平成12)年に堺市を発端とした麻疹の流行があり、このことを契機として翌2001年に麻疹の流行状況をはじめとする各種調査が開始された。また、2001(平成13)年に小児科医師や医師会、行政機関等を中心に、麻疹ワクチン接種率の向上に向けた全国的な運動が始まり、ワクチン接種率がこれまでよりも上昇するとともに、大阪における麻疹の累積発生報告数も平成12年の4,241(定点当たり 22.44)から年々減少し、2005(平成17)年は69(定点当たり0.35)となった。一方、大阪では風疹の累積発生報告数は2002(平成14)年以降200以下の値で推移しており、平成17年の報告数は110(定点当たり0.56)であった。
本稿では、大阪府堺市においてこれまで継続的に実施されてきた乳幼児の集団生活施設である保育施設における麻疹、風疹に関する調査・研究結果を紹介し、両疾患とそのワクチンの現状について紹介したい。
1.2002〜2005(平成14〜17)年の調査から
平成14年度より、堺市の全公立保育施設に対する調査(平成14年4月現在32保育所、総通所児童数3,551)を開始した。その後公立保育所の一部民営化等によって2園の減少をみたが、堺市保育課の全面的な協力の下に、同市の公立保育所に対する調査は平成17年度まで継続している。表1は平成14年〜平成17年までの4年間の4月の保育所入所当初の児の麻疹罹患、風疹罹患、およびそのワクチン接種に関する調査結果をまとめたものである。
麻疹は、ワクチン接種率は年々上昇しており、平成14年4月は68.0%であったものが平成17年には81.2%となった。逆に、麻疹の流行が起こっていないために、ワクチン未接種の既罹患者は 9.4%から 2.4%にまで低下しているため、ワクチン未接種未罹患者(麻疹ウイルス感受性者)の割合は平成17年は16.4%であったが、これは前年の平成16年と変わっていない。 風疹のワクチン接種率は調査開始当初の平成14年4月では43.7%と低く、逆に風疹ワクチン未接種未罹患者は53.5%と半数以上を占めていた。その後ワクチン接種率は年々上昇し、平成17年4月には59.5%となったが、まだ麻疹ワクチンと比べると大きな差があり、ワクチン未接種未罹患者の割合は38.9%と高い。ワクチンを接種していない風疹の既往者の割合は平成17年で 2.8%と低く、しかも年々減少している。調査対象施設での風疹の流行はなかったことからも、ワクチン未接種未罹患者の大半は風疹ウイルスの曝露を受けておらず、免疫を保有していない児であると推測される。
2.2005(平成17)年度の調査より
堺市内の公立保育所(24保育所、通所児童数2,709名)注1) で麻疹、風疹の罹患状況とワクチン接種状況の調査を行った。それぞれの疾患のワクチン接種状況は2005年4月1日現在であり、それ以前の各疾患の罹患状況を調べた。
図1-aにある通り、麻疹は定期予防接種(堺市では全額公費負担)であり、0歳児クラスを除けばワクチン接種者の割合は風疹よりも高い(全体で81.2%、1歳児クラス以上総計で84.8%)。ただ、1歳児クラスでのワクチン接種率は65.2%であり、堺市では1歳6カ月児においての麻疹ワクチン接種率が85〜90%の間を推移していることと比較すると、高くはない。また、3歳児クラス以上はワクチン接種者と既往者を合わせてほぼ90%となっているが、2002年以降保育施設内では麻疹の流行はほとんどなく、既往者の割合は年々減少してきている。
一方、風疹ワクチンは麻疹と同様に定期予防接種ではあるが、その接種率は高いものではない(全体で59.5%、1歳児クラス以上総計で約62.3%)(図1-b)。平成14年の調査開始当初は、風疹ワクチン接種率は50%にも満たないものであった。風疹は不顕性感染する疾患ではあるが、近年多くの児童がウイルスに曝露するような流行はなく、ワクチン未接種児の大半は風疹ウイルスに免疫を持っていないものと推定される。風疹ワクチンの接種率は4歳児クラスになるまで上昇がみられているが、それでも最終的に70%を超えることはなく、多数の児が風疹ウイルスに対して感受性者のままであると考えられる。そして、この状況は、妊娠適齢期に風疹に免疫のない女性の予備軍が乳幼児の世代に多数存在していることを示唆している。
3.考 察
麻疹ワクチン接種率は今回の調査でも確かに上昇してきており、これまで2001年以降小児科医や行政機関が全国的に、あるいは地域的に取り組んできた成果が反映されているものと思われる。しかしながら、現在は麻疹の流行がほとんどないため、麻疹ウイルスに感染する機会が著しく減少し、麻疹ワクチン未接種者は、そのまま麻疹に対する免疫を保有しない感受性者として蓄積しつつある。ワクチン接種率は、その流行を阻止するには十分とはいえず、今後さらに接種率を上昇させる努力が必要であると思われる。
一方、風疹のワクチン接種率は麻疹に比べて高くはない。加えて疾患の流行がないことによって、ワクチン未接種者の大半が感受性者になり、蓄積していることは、麻疹と同様であるが、麻疹と比べるとずっと多くの感受性者が蓄積していると考えられる。これらが、今後風疹流行の際の疾患発生の温床となるのみならず、将来この世代の女性達が、先天性風疹症候群(CRS)児を出産する予備軍となることが危惧される。
最後に、2006(平成18)年4月1日から乾燥弱毒生麻しん風しん混合ワクチン(MRワクチン)が定期接種として導入されることとなったが、それに伴う制度改正によって、定期接種可能期間がこれまでよりも短縮されることや、一方の疾患に罹患か、あるいは一方の疾患のワクチンを接種した者は定期接種対象者から外れるため、場合によってはワクチン接種率がこれまでよりも低下することが危惧されている。このため堺市では、4月1日から生後12カ月〜90カ月までの児に対して経過措置を実施することとなったが、詳細については本号16ページを参照されたい。
注1)公立保育所の一部民営化、美原町との合併により、平成17年度の堺市の公立保育所は30施設となったが、本稿では平成18年3月現在でデータ分析が可能である24施設で集計を行った。
謝辞:本稿に関連した調査・研究を実施するにあたり、貴重なデータをご提供いただき、全面的にご協力いただいた堺市健康福祉局児童福祉部保育課、および堺市教育委員会事務局学校教育部保健給食課の方々に心より深謝いたします。
文 献
1)IDWR(感染症発生動向調査週報)2005年第33週, http://idsc.nih.go.jp/idwr/douko/2005d/33douko.html
国立感染症研究所感染症情報センター 安井良則
堺市保健所医療対策課 藤井史敏 柴田仙子
堺市健康福祉局こども部保育課 飯盛順子