先進諸国では最近、ジフテリア菌Corynebacterium diphtheriae の近縁菌であるCorynebacterium ulcerans がヒトのジフテリア類似疾患の原因菌として問題になっている。最も症例が多いのはジフテリアの疫学・診断等のガイドラインが充実している英国で、1986〜2002年までにイングランドとウェールズで47例の毒素産生性C. ulcerans の分離報告がある。うち典型的ジフテリア症例は6例であった。他にフランス、イタリア、デンマーク、オランダ、カナダ、米国などからも報告がある。
国内では現在までに、ジフテリア類似患者から5例の報告がある。最初の2例は、2001〜2002年にかけて、千葉県旭市でおこったもので、遺伝子型が同じタイプと見られることがパルスフィールド・ゲル電気泳動の結果などから示されている。国外の動向とこれら千葉県の例を受けて、2002年11月に厚生労働省結核感染症課長より地方自治体衛生主管部、医療機関に対して「コリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリア様症状を呈した患者に対する対応について」の通知があり、C. ulcerans 感染症を発見したときには速やかに厚生労働省に報告するよう依頼している(本号3ページ参照)。この後、大分県、岡山県などからも報告があった(表1)。
国外の症例における感染経路として、動物が関与する報告が多い。国外では畜産動物(ウシ、ヒツジ等)との接触、生の乳製品の摂取、感染した愛玩用動物(犬、猫)からの感染が報告されている。上述した国内の例でも、感染への直接の関与は不明ながら、多くの場合、患者はイヌ・ネコを飼育しており、中には、20匹のネコが家に出入りしていた例もある。
残念ながら国内での例では、実際の患者発生時期の数カ月後に報告があったために、患者の飼っていた動物(患者発生前、あるいは報告前に死亡してしまった例もある)や、環境からのC. ulcerans 分離等の疫学調査がおこなわれず、これらの動物が関与していたかどうかについては解明されていない。早期報告体制の確立とともに関係者との連携をとることが、わが国でのC. ulcerans 感染症の実態の把握と対策立案に重要であろう。
C. ulcerans の産生する毒素は、C. diphtheriae の産生するジフテリア毒素と極めて似ており、塩基配列レベルでもアミノ酸レベルでもわずかな相違が見いだされるのみである。通常、C. ulcerans にはジフテリア毒素産生能はなく、牛、馬等の牧畜の正常細菌叢の一部として存在しているが、毒素の遺伝子はバクテリオファージに依存していると考えられている。実際に、ジフテリア毒素遺伝子をコードするC. diphtheriae 由来ファージが、毒素非産生性のC. diphtheriae 、C. ulcerans およびC. psudotuberculosis に溶原化したと考えられる野外分離株も確認されている。バクテリオファージの溶原化とジフテリアおよび類似疾患の流行との関係を把握し予防に役立てることは、検討していくべき課題であろう。
国立感染症研究所細菌第二部 第三室