旧ソ連地域でのジフテリア大流行とその後の経緯

(Vol.27 p 335-336:2006年12月号)

1990年代の旧ソ連地域(NIS諸国)でのジフテリア大流行を受け特集号として刊行されたThe Journal of Infectious Diseases誌2000年2月号補遺1,3)、および2004年および2006年のDIPNETミーティングにおける情報2,4)をもとに、旧ソ連地域でのジフテリア大流行とその後の経緯について概括する。

この流行は、ジフテリアの予防接種が施行され「ワクチン時代」に入った1950年代から現在までの間で最大のものであった1)。1990年〜1998年までに157,000人以上が罹患し、5,000人以上が死亡した1)。1994年までの間に流行はNIS諸国すべてに拡大した。欧州のNIS諸国(ロシア、ベラルーシ、ウクライナ)およびバルト諸国に比べて中央アジアのNIS諸国では症例の分布は比較的若年齢層にシフトしていた。この流行にはNIS諸国内における都市部への人の移動や兵士の移動が関与していたと考えられる。

子供ではなく思春期から大人までの世代が症例の多くを占めていたことが特徴であり1,3)、欧州のNIS諸国およびバルト諸国では、症例のうち15歳以上が占める割合は64〜82%であった。特に40〜49歳の世代が目立ち、全死亡数の半分を占めた。

1980年代にも小流行があったが、本格的な流行は1989年からである。1989〜90年にモスクワでは軍の建設部隊、その他サンクトペテルブルク、キエフなどの大都市で始まった流行はその後地方都市そして農村部へと拡大した。中央アジアではアフガニスタンからの避難民から流行が始まったとの記述もある1)。

1994年には約48,000人、流行がピークに達した1995年には約50,000人(世界の88%)の症例がNIS諸国で記録された2,4)。

流行はNIS諸国にとどまらず他国にも飛び火し、ベルギー、英国、フィンランド、ドイツ、ギリシャ、モンゴルおよび米国において、NISにおける流行と関係ありと思われる症例が記録されている3)。1992年から大規模なワクチン接種が行われた結果、1995年をピークに流行は終息に向かった。2006年現在でも依然としてベラルーシ、グルジア、ラトビア、ロシア連邦およびウクライナにおいては注意が必要な状態であるが、それらを除けば散発的事例がみいだされるのみとなっている。

流行の終息に貢献したのは当事国の努力に加え国際的な協力態勢であった1)。1991年にはWHO が技術的なサポートを開始し、続いて米国(USAID)などが支援態勢をとった。1994年にWHOは欧州でのジフテリア予防に関するマニュアル等を整備、その一方でUSAIDと日本政府は京都においてInteragency Immunization Coordinating Committee (IICC)を発足させ、多くの先進国とWHO、UNICEFの参加のもとに経済的な支援態勢がとられた1)。

旧ソ連でのジフテリアトキソイド接種は1920年代に始まり、1958〜59年に子供への全国的な接種が行われた結果、1963年までに90%以上の罹患数減少が達成され、1976年には198人にまで減少していた。1980年代初頭までは接種率90%以上が維持されていたが、その後国民の予防接種に対する意識の変化、副反応に対する医師の懸念などのために接種率は60〜80%に減少し、接種スケジュールも変更された。

成人に対するブースター接種は、ハイリスクグループ以外には勧奨されておらず、1980年代に行われた血清疫学調査によれば、ジフテリア感染防御に十分な抗体価を保持していない割合は19〜66%であった。また、ソビエト時代には輸送途中でワクチンが凍結により効力を減じることがあったとの指摘もあった1)。

これらのことから、流行の原因としては、
・中央アジアおよびコーカサス諸国からのロシアやウクライナへの人の移動
・経済的、社会的な不安定
・公衆衛生に関するインフラがソ連崩壊に伴って部分的に悪化したこと
・積極的な対応の遅れ
・医療従事者や一般への不十分な情報提供
・多くの当事国において予防・治療物資の供給が不十分であったこと、
があげられる1)。

この流行を受けて、欧州ではELWGD (European Laboratory Working Group on Diphtheria)が発足し、この活動は現在欧州以外にも範囲を広げDIPNETとして継続している。血清疫学、ワクチン接種プログラム、効率の良い臨床検査法と分離菌株のタイピングなどについて討議がなされている(本号6ページ参照)。

 文 献
1) Dittman S, et al., J Infect Dis 181 Suppl 1: S10-S22, 2000
2) Emiroglu N and Spika J, 9th ELWGD (DIPNET) Meeting abstract, p35, Vouliagmeni, Greece, November 2006
3) Galazka A, J Infect Dis 181 Suppl 1: S2-S9, 2000
4) Emiroglu N, 8th ELWGD (DIPNET) Meeting abstract, p17, Copenhagen, Denmark, June 2004

国立感染症研究所細菌第二部 岩城正昭

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