重症マイコプラズマ肺炎の病態

(Vol.28 p 33-35:2007年2月号)

この数年来、広範囲な流行が認められていなかったマイコプラズマ肺炎が2005年後半より全国的に多発し、最近メディアなどにも取り上げられ注目されている。

Mycoplasma pneumoniae によるマイコプラズマ肺炎は、乳幼児から若年成人を主体に市中肺炎の28〜40%を占め、小集団を中心に周期的に流行するとされ、疫学的に特異な感染症と考えられている。しかしながら、この10数年来流行状況は変化し、年齢層も高齢者にも増加しており、その疫学的特徴も失われつつある。

一般的にはマイコプラズマ肺炎の臨床像は比較的軽微で予後良好の経過をとることが多いが、近年研究が進むにつれマイコプラズマ肺炎にも呼吸不全などを呈する重症、劇症例もみられることが判明し、このような症例は年齢的にも小児領域より成人、高齢者に多くみられている。

この稿においては、自験例を含めて本邦において誌上報告された重症型マイコプラズマ肺炎46例の臨床的特徴を中心に重症化の要因およびその治療について述べる。

重症マイコプラズマ肺炎の疫学と臨床像および画像所見−成人ほど重症化のリスクが高い−

マイコプラズマ肺炎の中で重症肺炎の頻度は3〜4%との報告もあるが1)、自験成人マイコプラズマ肺炎 305例の中では3例を経験したのみで、その発生率はかなり低いと思われる。

本邦で報告された46例の重症マイコプラズマ肺炎について検討した成績では(図1)、年齢別にみると20〜49歳の層が最も多く、M. pneumoniae 感染が少ないとされる70歳以上の高齢者にも6例にみられた。逆に19歳以下は2例のみであった。一般に小児はM. pneumoniae に感染しても軽症ですむとされ、年齢が高くなるにつれて肺炎を起こしやすくなり、成人になると重症例に陥るケースが増えるといわれるが、これらの成績はある程度裏付けるものと思われる。

臨床像としては、受診時発熱が全46例に認められ、咳嗽97%、呼吸困難83%と、発症時に呼吸困難を高率に認めることが特徴的であった。一方、胸部X線所見、胸部CT所見による性状は、全肺野に均等に粒状、小結節、索状陰影などを呈する間質性パターンが31例(67%)、広範囲に強い浸潤影を呈し、air bronchogramを伴うconsolidationを有するような肺胞性パターンを認めたもの10例(21%)、両者の混在した混合性パターン5例(12%)であった。初発症状から呼吸不全発現時までの平均日数と発現時のX線所見のパターンを比較してみると、間質性パターン11.3日、肺胞性パターン9.0日、混合性パターン12.8日で、肺胞性パターンを主体としたものがやや早く発症する傾向にあった。これら3パターンの発症時の炎症反応を比較してみると、白血球数、CRP、血沈などにて肺胞性パターンを示した症例でやや炎症反応が強いようであった。喀痰細菌検査の結果では、Klebsiella pneumoniae が2例に検出されたのみで、重症化との関連性は明らかでなかった。また、重症マイコプラズマ肺炎発症時のツベルクリン反応について検討した成績では、施行した34例中32例が陰性で、陽性例は2例のみであった。このことはM. pneumoniae 感染が細胞性免疫に強く関与し、マイコプラズマ肺炎の重症化の一因と示唆されるものであった。

発症時の血液ガス分析を32例について検討した成績をみると、PO2 50 torr以下の強い低酸素血症を呈した症例が14例(43%)にみられ、PO2 60 torr以下は24例(75%)で、32例の平均値はPO2 51.6 torrであった。これらの低酸素血症はいずれも治療後著明に改善を示した。

病理組織所見−早期では急性細気管支炎像−

劇症マイコプラズマ肺炎の病理組織像については26例において、経気管支肺生検、手術などで検討され2)、表1に示したごとく比較的発症早期では急性細気管支炎を示すものが多く、その後閉塞性細気管支炎(BOOP)の所見を呈し、回復期になると器質化肺炎、胞隔炎(肺胞壁の肥厚)に加え、肉芽腫性変化を呈する傾向であった。

マイコプラズマ肺炎の重症化の要因−細胞性免疫の関与−

重症化成立要因については十分に解明されていない。その要因については病原体(M. pneumoniae )側、宿主(ヒト)側から考える必要がある。感染菌株の毒力の強弱により個体(ヒト)に与える反応が異なってくる可能性もある。菌体の直接作用機序としての気管支粘膜上皮細胞への付着性、菌体産生毒素、活性酸素産生能、サイトカイン産生能などによって肺組織に強い障害を及ぼす場合と、菌体の間接的な機序による免疫応答、アレルギー反応の強弱の違いが重症化へ進展していくことが推察される3)。免疫学的な関与については本号5ページを参照していただきたい。

一方、検討した46症例について上気道症状の出現の後に重症肺炎が発症するまでの治療内容をみると、88%が抗菌薬による無治療群、またはM. pneumoniae に抗菌作用を有しないβ-ラクタム系抗菌薬による治療群であったことより、不的確な治療も重症化の一因と考えられた。

診 断−まずは臨床的な特徴が早期診断に必要−

M. pneumoniae 感染症についての確定診断は細菌学的、血清学的、遺伝子学的などにて行うが、いずれも長短あり、早期に確定診断が困難なことが多い。そのため臨床的に疑診のまま治療がなされることが多い。重症マイコプラズマ肺炎の臨床的特徴は少ないが、図2に示したような症例ではかなりM. pneumoniae の関与が強いと考えられるので十分な対応をすべきと思われる。

治 療−ステロイドホルモン治療効果−

マイコプラズマ肺炎では肺局所における細胞性免疫の過剰反応により、活性化リンパ球の肺局所への集積が起こる。それによって全身的な細胞性免疫が低下し、時に重症化を呈し強い呼吸不全状態に陥る。このような時にステロイド剤を投与することにより活性化リンパ球の遊走が抑えられ、その結果免疫の過剰反応が緩和され、病態が改善されると考えられる。このようなことより重症マイコプラズマ肺炎の治療には抗マイコプラズマ作用を有するニューマクロライド系、ミノサイクリン、ニューキノロン系抗菌薬と併用してステロイドの投与が有効とされる。今回の解析では多くの症例でステロイド点滴などにて劇的な効果が得られた報告がみられている4)。

予 後−適切な治療にて著明改善−

46例中マイコプラズマ肺炎が直接の死因となった症例は認められなかったが、重篤な基礎疾患を有する場合は十分注意して治療観察にあたるべきである。臨床的に重症マイコプラズマ肺炎が強く疑われる場合は、早期より抗菌薬、ステロイドホルモンの併用と、呼吸管理など、適切な治療がより重要であると思われる。

 症例(1)38歳、女性(図3)。

約12日間の乾性咳嗽が持続、その後発熱、息切れ、呼吸困難、全身倦怠感、発作性咳嗽が出現し受診。胸部X線にて全肺野に粒状、網状、結節状陰影を認め、CT上両側中下肺野に浸潤影も多発していたため入院。直ちにペニシリン系抗菌薬の投与を行うも症状改善せず、入院4日目に気管支ファイバー下に肺生検施行。その後陰影増強したためプレドニゾロン30mg/日投与開始。開始3日目より解熱、息切れ、呼吸困難、咳嗽著明改善した。その後マイコプラズマCF抗体価測定にて有意上昇を認め、マイコプラズマ肺炎と診断した。プレドニゾロン単独治療にて著明改善した1例であった。

まとめ

重症マイコプラズマ肺炎の臨床的特徴としては図2に示したように、一般的には呼吸器疾患の既往歴のない成人で、咳嗽を主とした肺炎例の中で、β-ラクタム系抗菌薬の使用にもかかわらず症状が遷延化し、10〜14日後頃より高熱と呼吸困難を呈する症例の場合はマイコプラズマ肺炎の重症化を疑い、治療にはM. pneumoniae に抗菌力のあるマクロライド系、テトラサイクリン系抗菌薬に加えてステロイドホルモン剤の併用が勧められる。このような症例は高齢者においてもみられることもたびたびあることを念頭に置く必要がある。

 文 献
1) Chan ED et al ., West J Med 162: 133-142, 1995
2)大野彰二, 他,日本胸部臨床 53: 674-679, 1994
3)泉川欣一, 臨床と微生物 30: 53-61, 2003
4)橋口浩二, 他,川崎医学会誌 18: 123-129, 1992

医療法人泉川病院 泉川欣一

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