中国疾病予防控制中心の編集する「疾病監測」は毎月の全国甲乙類伝染病疫情動態を載せている。図は、この統計から、2001〜2006年の狂犬病発病数と死亡数をプロットしたものである。2003年に急増し、以後増加を続け、2006年にはさらに増加傾向に拍車がかかった。8〜10月にピークがあり、年末にかけて急減し1〜2月に最低値となり、春から夏に向けて増える、という一定のパターンである。報告例と死者に数値の差があるが、恐らく統計の取り方によるもので、以下に紹介する中国疾病予防控制中心(CDC)の論文にあるように、致死率は、ほぼ100%と考えて良いと思われる。
疾病監測2006年7月号に出た中国CDCの論文「2005年中国の人における狂犬病流行の特徴と分析」1)、および同タイトルの中華流行病学雑誌2006年12月号の記載2)によると、同年の病例報告は2,537例、死者は2,546例で、致死率100%である(死者数が報告数より多いのは統計の取り方のためか理由不明)。同年、全国で23の省、自治区、直轄市で狂犬病が報告され、発病報告の多いのは、貴州省(481例)、広西省(480例)、湖南省(379例)、広東省(306例)、湖北省(184例)。この5省のみで1,830例、全国の7割強を占める。男女比では、男性1,744、女性793、ほぼ男性が女性の倍である。年齢的には5〜15歳と30〜70歳に緩やかな山がある二峰性分布である。農民が全体の63%を占め、次いで学生17%等となっている。貴州、広西、湖南、安徽、山東の5省の885発病例を対象とした調査では、調査対象者の85〜96%がイヌ咬傷を原因とし、うち、ほぼ6割が咬傷後無処置(2003〜2004年の広西の721発病例を対象の調査では、適時に傷口の無洗浄が68%、無消毒が89%)であった。ワクチン接種例は75%(広西)、31〜35%(貴州、山東)から17%程度(湖南、安徽)、抗血清注射は湖南の17%を除き0〜 1.7%である。狂犬病増加の原因として、近年の飼いイヌの増加、低いイヌの予防接種率、狂犬病の知識の不足、診療体制、ワクチン抗血清不足等を挙げている。
狂犬病は、大都市でも増え、上海市CDCは2006年12月に「上海市2001〜2005年狂犬病流行状況及防治対策」という論文3)を出し、2001〜2005年の狂犬病報告(他省からの患者は除外)は9例で、8例は流動人口、うち6名は上海外の咬傷と記載している。同論文は、その一方、同時期、狂犬病疑いイヌ咬傷74件、被咬傷者311例で、件数は2002年の0件から2004年には35件 167例に達し、増加の一途で、この間検査された49イヌ脳標本はすべてウイルス陽性と指摘している。在中国日本大使館は、在中日本人が少なくないことから、2006年11月に、「狂犬病について−ペット・野生動物に咬まれたら、症状が無くても直ちに医療機関へ」という警告を出した。この中で、北京の情報として、6月のみで1.5万人が受診・治療を受け、2006年に入り狂犬病で10人が死亡したこと、北京には50の24時間対応狂犬病指定病院(日中友好病院も含む)があることを附記している。
なお、北京市農業局2006年10月27日の情報によると、北京市の登録犬は55万頭で、前年より9万頭増、2002年に比べ4倍増であるが、55万頭中予防接種済みは39万頭、ということである。また、京華時報(2006年10月24日)によると、2006年1月〜10月までに北京市内で11万人がイヌの咬傷のため、狂犬病指定病院で予防接種を受けた、と報道している。
北京オリンピックに向け、中国への旅行者は増加の一方と思われ、中国政府のペット対策等は強化されつつあるが、以上のような状況を受け、旅行者は在中国日本大使館の情報(http://www.cn.emb-japan.go.jp/consular_j/joho061127_j.htm)等に注意することが重要である。
文 献
1)許真ら,疾病監測 21: 360-384, 2006
2)許真ら,中華流行病学雑誌 27: 956-959, 2006
3)施燕ら,中華流行病学雑誌 27: 1098-1099, 2006
在中国日本大使館 西川隆久
厚生労働省食品安全部参与 吉倉 廣
国立感染症研究所国際協力室 中嶋建介