今回の狂犬病事例から今後の感染症対策を考える

(Vol.28 p 83-83:2007年3月号)

2006(平成18)年、わが国においては36年ぶりとなる狂犬病輸入症例が2例連続して確認された。狂犬病ウイルスは、日本等、限られた国を除く世界のほとんどの地域でウイルスの活動が見られる。一方、日本人旅行者は狂犬病に関する認識が比較的低いことから、これまでも日本人が海外において感染する可能性は危惧されていたが、今回、その危惧が現実のものとなってしまった。また、狂犬病輸入症例の約1年前(2005年)には、日本人旅行者におけるわが国初のウエストナイル熱症例が確認されているし、本(2007)年にはわが国初のチクングニア症例2例が確認されている。ウエストナイル熱症例はアメリカ合衆国で、チクングニア症例はスリランカで感染し、発症したものであった。狂犬病を含め国内初の輸入例が立て続けに確認された事実は、今後も、同様のことが他の感染症においても十分起こりうることを示唆している。

今回の狂犬病事例においては、狂犬病ウイルスが通常ヒトからヒト、ヒトから動物へは感染しないこと、またワクチンが存在し曝露前、曝露後接種によって十分な予防効果が得られることから、種々の対策が比較的立てやすかった点がある。さらに、狂犬病ウイルスがレベル3ウイルスであり、国立感染症研究所において常々感染性ウイルスを取り扱うことができ、検査法が十分に確立されていたことが大きい。ウエストナイル熱に関しては、ヒト用ワクチンはないものの、やはり通常ヒトからヒト、ヒトから蚊へは感染しないこと、また、同様にウエストナイルウイルスがレベル3ウイルスであり、感染性ウイルスは日常的に取り扱われており、検査法がやはり十分に確立されていた。

翻って、仮に今回の事例がエボラ出血熱、マールブルグ病、クリミア・コンゴ出血熱、ラッサ熱等、レベル4病原体による感染症であったとすれば、事態は非常な混乱をきたしていた可能性がある。BSL4施設がBSL4として稼動していない状況において、国立感染症研究所においては、これらのウイルス性出血熱に対して感染性ウイルスを使用しない検査法の整備を行っている。しかし、これらのウイルス感染症の確定診断のために必須であるウイルス分離・同定は現状では行い得ない状況であり、さらに、感染性ウイルスを用いてより感度の高い検査法を確立することもできない。これらの出血熱は高い致死率を有することはもちろんのこと、ヒトからヒトへ血液、体液等で感染することから、確定診断のための必須の検査法が行い得ないことは感染症対策上大きな欠陥といわざるを得ない。さらに、患者が全く未知の感染症に罹患していた場合にも、病原体の同定のため行われるべきBSL4施設における病原体分離は行い得ないことから、確定診断や対策が大きく遅れる可能性もある。

上述のように、今回の狂犬病2事例においては早急な確定診断がなされ、その後適切な対策が可能であった。しかし、今後ウイルス性出血熱等や、全く未知の感染症例が帰国したり、国内発生した場合には、BSL4施設の使用なくしては確定診断や対策は困難である。今回の事例は、わが国における感染症対策上BSL4施設の早急な稼動が必要であることを改めて示している。

国立感染症研究所ウイルス第一部 倉根一郎

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