赤痢アメーバの表面抗原多型解析と疫学的研究への応用

(Vol.28 p 110-111:2007年4月号)

わが国の赤痢アメーバ症は年々報告数が増加し、2006年には700例を超えた。最近では、血清診断が広く利用されるようになり、また、形態的に区別できないが病原性のないEntamoeba dispar E. moshkovskii などとの鑑別も、PCR法や特異抗原検出キットなどによって可能になっている。これからの実験室診断法としては、赤痢アメーバの種同定だけでなく、感染経路や地理的な由来の解明につながるような、赤痢アメーバ株の多型解析法の確立が望まれている。

赤痢アメーバの表現型における多型に関しては、ザイモデーム分析法が知られている。特に、glucose phosphate isomeraseの電気泳動パターンによって、Z-II、Z-IIα-、Z-XIV、Z-XIXなどに分類する方法である。しかし、ザイモデーム分析は複数の標準株を必要とするなど、実施が容易ではなく、その結果は地理的分布を反映するものではない。最近になって、いくつかの遺伝子について多型の存在が明らかになってきた。特に、セリンリッチ蛋白質(SREHP)遺伝子、キチナーゼ遺伝子、マイクロサテライトのローカス1-2、ローカス5-6などについてよく解析されてきている。中でも、SREHP遺伝子には非常に多くの多型が見つかっており、他の遺伝子多型と組み合わせれば、詳細に株を同定することが可能である(野崎ら, IASR, 24: 85-86, 2003)。この方法は、2つの株が同一のものかどうかを判定するには極めて有効なツールとなる。しかしながら、株が細かく分類されすぎてしまうきらいも否めない。

筆者らは最近、赤痢アメーバの虫体表面に分子量約15万の接着因子(intermediate subunit of Gal/GalNAc lectin, Igl)の存在を明らかにした。これまでに、複数の抗Iglモノクローナル抗体の反応性解析から、Iglは赤痢アメーバ株に広く存在する一方で、株間においてアミノ酸配列に違いのあることが予想された。そこで、地理的由来の異なる赤痢アメーバ株についてIgl 遺伝子の塩基配列を解析したところ、Igl一次構造における多型が明らかになってきた。

赤痢アメーバの標準株として世界的に研究に用いられ、ゲノムが解読されたのはHM-1:IMSS株である。この株は、メキシコで腸管アメーバ症患者から分離されたもので、病原性が強いことが知られている。表1に示したような、ATCCに登録されているいくつかの海外分離株とわが国で分離された株についてIgl 遺伝子をクローニングし、HM-1:IMSS株と比較した。Igl 遺伝子は2個存在し、HM-1:IMSS株では、1,101アミノ酸からなるIgl1と1,105アミノ酸からなるIgl2をコードしている。各株間におけるIgl1アミノ酸配列の同一性を表2に示した。HM-1:IMSS株はイングランド由来のDKB株と高い同一性を示したが、韓国由来のHK-9株やミャンマー由来のHB-301:NIH株との同一性は86%、国内分離株であるNOT-12、YS、YI株との同一性は88%であった。HK-9株とHB-301:NIH株の配列は完全に一致し、NOT-12、YS、YI株間の配列も完全に一致していた。また、HK-9、HB-301:NIH株と国内分離株の間では93%の同一性を認めた。その結果、これらの株は西欧型、アジア型、日本型と地理的由来を反映した大きく3つのグループに分類することができた。一方で、患者の病型やザイモデームの違いとの相関は認められなかった。Igl2についての解析でも、同様の結果が得られた。これまでに解析された分離株の数はまだ少ないので、Iglの多型は3種類だけでなく、今後新しい型が見つかる可能性は高い。しかし、その種類はSREHPなどに比べると限られたものであると予想される。

Igl多型は地理的由来の違いを反映する初めてのマーカーである。SREHP多型と組み合わせて解析することによって、感染地域の推定などの疫学研究に利用できると考えられる。

東海大学医学部基礎医学系 橘 裕司
慶應義塾大学医学部熱帯医学・寄生虫学教室 小林正規 竹内 勤

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