2006(平成18)年9月に宮城県内で1カ月齢の乳児がボツリヌス症に罹患するという事例が発生した。当初は感染原因が不明であったが、調査の結果、自宅で飲用に使用している井戸水からボツリヌス菌が分離されるという、国内外でも初めての極めて特異的なケースであることが判明した。
事件の概要
医療機関で治療を受けていた乳児からボツリヌス菌が分離されたとの情報を受け、保健所が患者宅の聞き取り調査を行った結果、患者は母乳、粉ミルクおよび白湯の他に飲食物の摂取歴はなく、粉ミルクの調乳と白湯に井戸水を使用していたことが明らかとなった。そこで、国立感染症研究所で患者宅の井戸水と患者が使用している粉ミルクの検査を行ったところ、両者の培養液からボツリヌス菌A型毒素が検出されたため、粉ミルクによる事件の発生を疑った。
しかし、粉ミルクは患者の発症後に開封されたものであり、未開封の同一ロット製品等の業者の収去検査を実施した国立医薬品食品衛生研究所の結果で、菌および毒素は陰性であったことから、本事件は患者宅で常に使用している汚染井戸水が感染源であると考えられ、粉ミルクは調乳時の二次汚染によるものと断定された。
疫学調査
疫学調査の一環として、患者宅の井戸水、調理場ふきとり、調理場側溝の泥、里芋畑の土、大根畑の土、使用済み粉ミルク缶2種類、ハウスダスト、ペット飼育水の計9検体を採取して「病原体検査・診断マニュアル」に準じてボツリヌス菌の検査を行った。すなわち、井戸水1lは0.22μmのフィルターでろ過した後にフィルターを8分割し、また、固形材料では等量の生理食塩水で抽出した上清の遠心沈殿(10,000rpm、10分間)を複数のブドウ糖・澱粉加クックドミート培地(10ml)の深層部に接種して各々非加熱、60℃15分間、および80℃30分間の加熱処理後に30℃で4日間以上培養した。経時的にクックドミート培地深層部の一部を採取してPCR(primer: BAS-1,2 TaKaRa社製)を行い、陽性の場合には、再加熱後に卵黄加CW寒天培地に塗抹する方法で分離を実施した。
その結果、井戸水、調理場側溝の泥、および粉ミルク缶の1つからボツリヌス菌A型毒素遺伝子が検出されたが、環境中に多数存在するウェルシュ菌等の雑菌によりこの方法での菌の分離は不可能であった。そこで、ボツリヌス菌の生物学的性状・芽胞の物理化学的性状等を考慮して分離方法を検討したところ、井戸水からボツリヌス菌を分離することに成功した(図1)。
近隣の井戸水調査
患者宅近隣の井戸水についてもボツリヌス菌による汚染が危惧されたため、患者宅を含めた15戸の井戸について使用状況の調査と細菌検査、および水質検査(一般細菌、大腸菌、濁度、ボツリヌス菌、食中毒菌)を実施した。その結果、常時飲用、あるいはお茶として飲用している民家が数戸あり、水質検査では前述の民家を含む9戸の井戸水が、水道法を準用した場合に飲用基準を満たしていないことが判明した。また、7戸の井戸からウェルシュ菌、10戸からエロモナス菌等の食中毒菌が分離されたが、患者宅井戸水以外からボツリヌス菌は検出されず、近隣井戸への拡散汚染は認められなかった(表1)。
事例の周知と地域住民への行政指導
この事例の発生を受けて、厚生労働省健康局水道課長、医薬食品局食品安全部監視安全課長、および雇用均等・児童家庭局母子保健課長から2006(平成18)年12月8日付で関係自治体に対し「井戸水を原因食品とする乳児ボツリヌス症の報告について」の通知が行われた(本号12ページ参照)。また、県および管轄保健所では患者宅に対して「当該井戸の閉鎖」、近隣の井戸所有者には「食品の調理や飲用には既設の上水道を利用し、井戸水を用いないこと」を指導した。さらに、新生児を持つ保護者に対しては管轄市町を通じ、検診等の機会を利用して乳児ボツリヌス症予防の啓発を行うとともに、広報を通じて広く地域住民に注意を喚起した。
宮城県保健環境センター微生物部
畠山 敬 三品道子 高橋恵美 佐々木美江 後藤郁男 上村 弘
谷津壽郎 齋藤紀行
宮城県大崎保健福祉事務所
高橋美穂 岩松良弘 小泉みどり 千葉文明 大山英明 藤原公男
佐藤仁一 鹿野和男
国立感染症研究所細菌第二部
見理 剛 岩城正昭 山本明彦 高橋元秀