はじめに
WHOによれば、2006/07インフルエンザシーズンにおけるこれまでのインフルエンザウイルスの分離は、全世界的に例年になく低調であったが、その中、AH1亜型ウイルスは低調なりにも世界各国で分離されており、その多くは抗原性がこれまでワクチン株として使用されてきたA/New Caledonia/20/99 株ウイルスと近いものの、次第に抗原性が同株と乖離しているウイルスが各地で分離されてきているという。これを受けてWHOは、来季北半球のインフルエンザワクチンのAH1 コンポーネントについて、A/Solomon Islands/3/2006に変更する勧告を出している(本号19ページ参照)。この観点から、わが国での今シーズンのAH1 亜型分離株の抗原性の動向は非常に気になるところである。
当ウイルスセンターは、通年、仙台市、山形市、福岡市周辺の医療機関からの呼吸器系ウイルス疾患疑いの患者由来の検体を集め、ウイルス分離に基づく呼吸器系ウイルスの疫学を展開しているが、その中で、今回分離ウイルスの抗原性を調べているうちに、AH1亜型ウイルスの中で、抗原性がワクチン株と大きく異なるウイルスの割合が半分近くを占めていたので、ここに報告する。
1月末〜2月初めに福岡市から送られてきた検体からのウイルス分離状況と、分離されたAH1亜型ウイルスの抗原性解析の結果
今(2007)年は、1月に入ってもインフルエンザの流行がほとんどない年であるが、1月最後あたりから、とくに福岡市の検体からのインフルエンザウイルスの分離が相次いでいる。今回、2007年1月26日〜2月7日の約2週間に限って報告する。
同期間のインフルエンザウイルスの分離総症例数は69例であり、そのうちAH1亜型ウイルスが43株(62%)、AH3亜型ウイルスが24株(35%)、B型が2株(3%)であり、AH1亜型ウイルスが優勢であった。
分離されたAH1亜型ウイルスについて、国立感染症研究所分与の同シーズン用ウイルス同定キットに含まれるA/New Caledonia/20/99に対するフェレット抗血清とモルモット赤血球を用いて、分離株に対して赤血球凝集阻止(HI)試験を行ったところ、ホモ価320のところ、HI価≦20の反応性を示した株が20株(47%)もあり、HI価40が7株(16%)、80が2株(5%)、160が14株(33%)、320はまったくなしと、ホモ価から2管以上離れているものが68%もあり、4管以上が半分近くを占めていた。
なお、同期間中、当センターにおいて、仙台市の小児由来の検体から分離された16株中1株がAH1亜型ウイルスであったが、その抗原性はワクチン株とほぼ一致していた。よって、このような抗原変異株を含むAH1 亜型の流行は、現在のところ地域限局的なものである可能性も考えられる。
わが国のAH1亜型ウイルスのワクチン株は、これまで過去5シーズン連続して、今シーズンと同じA/New Caledonia/20/99株ウイルスであり、流行ウイルスもそれと大きく抗原性が異なるものは出現してきていなかったが、以上の状況は、現状が地域限局か否かは別にして、今後、上記のような変異株AH1 亜型ウイルスが日本各地で流行する可能性を考慮に入れるべきことを示唆する。
とくに、もし今回分離されているような、HI試験で現在のワクチン株と3〜4管のずれを示すようなウイルスが流行する場合には、今シーズンのワクチンの効果にも影響してくる可能性もあり、今後十分な注意が必要と思われる。
おわりに:今回のAH1亜型ウイルスの抗原性解析における経験−抗H1血清に対して極端な低反応性の株を解析する上での注意喚起
われわれのインフルエンザウイルスの分離は、検体をMDCK細胞に接種し、培養し、同細胞に出現するCPE を指標に行っており、亜型同定は、モルモット赤血球に対するHA活性のある培養上清に対して、国立感染症研究所分与の各シーズンのウイルス同定キットを用いたHI試験を実施している。だが、今回そうした過程で同定困難な例に当たったので、注意を喚起する意味で報告する。
今期間に初代培養上清でHA価8を認めた株の中に、培養上清原液を抗原としてHI試験を行ったとき、同上キットに含まれるどの抗血清にもまったく反応しなかった株が1株みられた(ホモ価320のときHI価<10)。この培養上清について、市販のインフルエンザ抗原検出キットで調べたところ、A型陽性を示した。そこでやむを得ず、亜型同定のためにH1、H3、H5亜型のHA遺伝子をターゲットとするRT-PCR試験を行ったところ、H1のプライマーによるPCR でのみ特異的バンドが確認され、最終的にH1亜型と同定された。同じような例は、今回報告の43株のあとに分離された、2月13日採取の検体由来の分離ウイルスでも1株経験している。鳥インフルエンザ等が大きな注目を集めている現在、従来の亜型以外の可能性も考慮するべきであり、今後注意が必要であろう。
国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター
岡本道子 近江 彰 千葉ふみ子 伊藤洋子 大宮 卓 清水みどり 堀 亨
畑岸悦子 山田堅一郎 榊原宏幸 渡邊王志 矢野寿一 西村秀一
しばおクリニック(福岡県) 芝尾京子
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やました小児科(福岡県) 山下祐二
高崎小児科(福岡県) 高崎好生