2006(平成18)年8月19日〜25日にかけて、北九州市において、市内の複数の医療機関から腸管出血性大腸菌O157:H7(VT1&2)(以下O157)患者発生の届出が相次いだ。それぞれの届出に対して患者および家族等の聴き取り調査を進める中で、一見散発とも見うけられたこれらの事例が、それぞれ別の焼肉店を原因施設とする4件6グループ有症者11名(入院7名)の同一菌を原因とする集団食中毒であることが判明した。以下にその概略を述べる(表参照)。
事例I:8月19日と21日に、市内の医療機関2カ所から個別にO157感染症発生の届出があった。2名の患者は8月11日未明、小倉北区内の焼肉店Aでそれぞれ3名ずつのグループで会食していた。両グループに共通する食品はA店で提供された料理のみで、患者に共通する食事は牛レバー刺身のみであった。調査の結果から食中毒事件であることが強く疑われたが、この時点ではA店が原因施設と断定できなかった。
事例II:8月22日にO157患者発生の届出があった。患者を含む家族4名が11日夕方、小倉北区の焼肉店Bで会食し、全員牛レバー刺身を摂食していた。有症者は1名であった。
事例III:8月24日、神奈川県川崎市から本市にO157患者(24日時点では2名、後に4名となる)発生に伴う関係者調査の依頼があった。患者を含む家族6名が10日夕方、門司区の焼肉店Cで会食をしており、共通食はC店での食事のみであった。2名が牛レバー刺身を摂食し、うち1名が発症したが、残りの患者3名は肉類の生食はしていなかった。また同日これとは別に、もう1件市内の医療機関から患者発生の届出があった。患者2名を含む8名が15日、同一店Cで会食していた。このグループの共通食もC店の食事のみで、患者を含む6名がユッケ(生牛肉)を摂食していた。牛レバー刺身とユッケという違いはあるものの、両グループに共通するのはC店での食事のみであった。なお事例IIのB店と事例IIIのC店は同系列店で、肉類の仕入れが同時に行われていたことから関連性が示唆された。
事例IV:8月25日に患者発生の届出があった。患者を含む9名が、13日に戸畑区の焼肉店Dで会食し、6名が牛レバー刺身を摂食していた。有症者は1名であった。
これらの発生状況に加え、事例IVを含めた肉類の流通経路の調査を進めた結果、一部途中に中間業者があるものの、各焼肉店は最終的には同じ取り扱い業者から肉類を入手していたことが判明した。
一方、患者11名中10名から得られた10株と、無症状保菌者2名から得られた2株、計12株について、Xba Iによるパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を行ったところ、すべての株が同じパターンであった。また、11種の薬剤に対する感受性試験で、すべての株が感受性を示した。
以上、今回の4事例には、PFGE型が同じO157が検出されたことに加え、(1)8月中旬に発生した、(2)原因施設が焼肉店であった、(3)患者の全部または多くが肉類を生食していた、(4)その肉類の処理・流通ルートが同一であった、という共通点があった。したがって、これらの食中毒事件の起源は同じであった可能性が高く、O157による汚染が、肉類の処理や流通の段階で、あるいは調理や摂食の段階で拡がったと考えられた。
各食中毒事件の探知は、すべて3類感染症としての届出がきっかけであった。当初から食中毒の疑いを持ったものの、摂食から探知まで8〜14日がたっており、検査のための食材は全く得られなかった。しかし、詳しい疫学調査を進めたことと、患者分離株の遺伝子解析を行ったことが原因究明につながった。一見散発であっても、同時期に複数の患者発生の届出があった場合は、食中毒や感染症流行の端緒を疑うことの重要性を再認識させられた事件であった。
最後に患者から原因菌を分離同定後、直ちに本市に送付くださった川崎市衛生研究所の細菌担当の皆様に深謝いたします。
北九州市環境科学研究所 徳崎里美 清水 寧 下原悦子
北九州市保健所保健予防課 藤吉久美子 廣田晶己
同東部生活衛生課
太田宏一 橋本礼子 木賀ゆりえ 彌田輝雄 今泉五和男
同西部生活衛生課 太田孝幸 植田英一