1999年12月、堺市で始まった麻しんの流行は大阪府内および全国に拡大した。この事例を教訓に、2003年9月、堺市小児科医会と本市感染症情報センターが連携して感染症発生動向調査を強化するため、市内小児科医療機関における麻しん全数報告が始まった。
この制度の実施後の麻しん確定症例は、2003年19例、2004年3例、2005年2例となり、2006年には麻しん発生は0件となった。しかし、2007年3月に成人麻しんを発端とする家族内感染があったので、その詳細を報告する。
患者発生状況
症例1:第12週に発生した成人麻しんは、27歳男性で、3月17日(土)発熱し、3月18日(日)市内基幹定点A病院を受診した。インフルエンザ迅速診断は陰性で帰宅した。翌日解熱し東京へ出張する。3月20日(火)午後、全身発疹、発熱、咽頭痛、咳の症状があり都内B病院を受診した。3月22日(木)帰阪後も症状は改善されず再度A病院を受診、麻しんと診断され自宅で経過観察となった。しかし、摂食困難となり市内C病院を受診、麻しんと確定診断され大阪市D病院へ入院した。
症例2:第14週に発生した麻しんは、上記症例の第三子、生後4カ月女児である。4月1日(日)微熱(37.7℃)、発疹があり、4月2日(月)に市内小児科定点E医院を受診した。発熱(39.5℃)、コプリック斑とともに軽度の発疹が認められ、麻しんと診断された。4月3日(火)には39℃の発熱とともに咳嗽、鼻汁、発疹の増強、眼球充血がみられた。4月4日(水)に発疹はさらに増強したが、夜には解熱、4月6日(金)には色素沈着が認められた。
抗体検査結果および病原体検出結果
症例1:3月22日A病院採取検体は、抗麻しん抗体はIgM 3.61、 IgG 5.1であった。翌3月22日C病院採取検体は、抗麻しん抗体はIgM 5.49であった。なおウイルス分離状況は不明である。
症例2:4月2日採取検体は、抗麻しん抗体はIgM 2.47、IgG陰性であった。国立感染症研究所ウイルス第三部において、咽頭ぬぐい液から麻しんウイルスが分離された。
感染経路
症例1の感染経路は不明であるが、堺市西区在住で、発症日の3月17日〜3月23日までの自宅経過観察中の一週間に市内病院を3回、東京出張に伴い都内病院を1回訪れている。患者を診察した市内A病院とC病院はともに一般患者から隔離した状態で診療し、二次感染予防に配慮した。家族は妻と3姉妹である。妻は幼児期に麻しんに罹患の既往があり、長女と次女はワクチン接種歴がある。症例2は、症例1の三女で4月1日に発症した。麻しんの潜伏期間は1〜2週間であることから、父親からの家族内感染の可能性が強く示唆された。
堺市医師会小児科医会の対応
小児科医会、内科医会の会員全員にファックスで麻しん発生情報を送信した。第1報(4月2日)は、症例1の症状、受診病院、行動状況の説明で、さらに疑いの患者が発生した場合の行動履歴、予防接種歴を調査し、麻しん全数報告のための「麻しん患者調査票」の提出、抗体検査の実施のお願い等を送付した。第2報(4月3日)は症例1の詳細な情報、症例2の家族の麻しん罹患歴および予防接種歴等を送信してさらに注意を喚起した。第3報(4月13日)は症例1と症例2の抗体検査結果および症例2よりウイルスが分離され、さらに少なくとも堺市内における二次感染および三次感染の危険性が回避された旨を送信した。
堺市保健所の対応
症例1が大阪市内のD病院へ入院したため、当該保健所から大阪市保健所に対し、詳細な患者情報と行動範囲の広かったことを伝達し、注意喚起を行った。
まとめ
本市が2003年より実施してきた麻しん全数報告事業は成果を上げ、2006年は確定症例が0件となった。その間、麻しんの疑い患者が発生するたびに「麻しん患者調査票」が本市感染症情報センターへファックスされ、定点医療機関を通じて保育所および学校に注意情報を発信してきた。しかし、2007年3月に成人麻しんが報告され、その患者の生後4カ月の三女が家族内感染する事例が発生した。症例1の27歳男性は感染力が最も強いカタル期に東京出張を行い、入院するまでの1週間に医療機関4カ所で受診を繰り返していた。この行動履歴を重視した本市感染症情報センターは、保健所を通じ近隣市へ注意を呼びかけ、二次感染の回避を図った。また、当センターは情報発信の中継所となり、学校保健への情報提供、市内医療機関へ情報を提供するとともに、麻しん感染の疑い患者発生時のウイルス分離も含めた検体採取方法の指導を行った。一方、堺市医師会小児科医会は市内の全小児科および内科に対し、ファックスにて数回にわたり詳細な情報を発信、麻しん流行に対する注意喚起を行った。
折りしも、関東地方で多数の麻しん患者が報告され、また、大阪府内でも本年当初から散発事例が相次いで報告されている。幸い現時点では集団発生には至っていないものの、危機意識を高めるに十分な状況と考える。
麻しんは初期対応が非常に重要な感染症である。今回、本市で発生した事例の対応は、2003年から行ってきている麻しん患者全数把握が基盤となり、早期対応、迅速な感染拡大防止の路線上での対応である。
正確な情報を発信するためには、麻しんの確定診断は基本である。ウイルス分離は困難な場合が多いが、IgM抗体測定や、RT-PCR法による遺伝子検査が比較的容易となっている。しかし、非流行期の麻しん確定診断は、臨床症状のみならず、非特異的反応もみられるIgM抗体の測定・診断には慎重さが求められる。これらの点を加味しつつ、今後も本市医師会、保健所および感染症情報センターが情報を共有して二次感染防止に取り組むことが重要と考える。
さらに、麻しんのみならず、その他の感染症に対しても、同様に対応していきたいと考えている。
堺市衛生研究所
狩山雅代 野口秀樹 吉田永祥 内野清子 三好龍也 松尾光子 田中智之
堺市保健所医療対策課 藤井史敏
堺市医師会小児科医会 阪本瑠子 武内一 片桐真二 西垣正憲
国立感染症研究所ウイルス第三部 沼崎 啓