デング熱は熱帯・亜熱帯地域で数年ごとに流行が見られ、毎年5千万〜1億人の新たな感染が認められ、約50万人のデング出血熱の患者が発生している。また、数千人規模の流行が東南アジア諸国の大都市で散見され、流行から次の流行までの期間が短くなっている。東南アジア等のデング熱流行地域での媒介蚊は、都市部では主にネッタイシマカ(Aedes aegypti )であるが、人口密度の低い地方都市ではヒトスジシマカ(Aedes albopictus 、図1)も重要な媒介蚊となっている。1942〜1945年にかけてわが国でデング熱が流行した当時は、ヒトスジシマカが媒介蚊であったと考えられている。また、2002年にハワイで起こった小規模なデング熱の流行でもヒトスジシマカが媒介蚊であった(IASR 25: 33-34, 2004参照)。
チクングニヤ熱のウイルスは1953年にタンザニアで初めて分離され、アフリカおよびアジア諸国で中規模の流行が認められていた。2005年からインド洋の南東の諸島国で大規模な流行が起こり、レユニオン島では全人口77万人のうち約27万人が感染した。また、モルディブ、セーシェル、モーリシャス、マヨット島でも患者が多数発生し、インドの公表患者数を含めると 180万人以上の感染者が発生した。また、レユニオン島では直接的な原因は明らかになっていないが、チクングニヤ熱によって 237人の死者が報告されており、今までのチクングニヤ熱の流行状況と異なる疫学的特徴が指摘されている。ウイルスの解析では、アフリカ大陸の東部に由来するウイルス株と類似しているが、一部塩基配列に変化が確認され、重症化との関係が今後明らかになると思われる。
1.ネッタイシマカの発生源と生態
開発途上国におけるネッタイシマカの発生源は、雨水を溜めるためのドラム缶、水瓶、ココナッツのくり抜かれた殻、単子葉植物の葉腋内の水およびバケツ、プラスチックなどの人工的な容器、屋内の花瓶、アントトラップ(テーブル等へのアリの這い上りを防止する水をはった容器)、植木鉢の受け皿などで、0.1〜100リットル以上の水量の水たまりに発生する。しかし、最近、シンガポール、高雄(台湾)等で指摘されているが、都市部の幼虫発生源が上記の発生源以外に道路の側溝、雨水マスなどに変化し始め、幼虫発生状況の調査が困難になっている。これは従来の幼虫調査から求められたhouse index、container indexなどの指標によるデング熱の流行予測が難しくなっていることを意味している。
ネッタイシマカの吸血は主に屋内で行われる。一般家屋内で成虫調査を行う場合には、薄暗い室内で捕虫網を用いて行う。成虫は室内の家具の裏側、棚の中などに静止しているため、ピレスロイド系の殺虫剤を室内に噴霧した後、開放空間に飛び出して来てノックダウンした成虫を捕集する方法も採用されている。ネッタイシマカはヒト吸血嗜好性が高く90%以上がヒトから吸血すると言われている。この性質がヒトからヒトへ効率よくデングウイルスを伝播することに関係している。
2.ヒトスジシマカの発生源と生態
わが国のヒトスジシマカの発生源は墓地の花立て、手水鉢、空き缶、プラスチックの人工的な容器、古タイヤなどが典型的であり、特に樹木によってある程度覆われている日陰にそれらの発生源がある場合は、相当高率に幼虫の発生が認められる。これは、夏季の日中に直射日光があたる容器の場合、水温が40℃以上になり幼虫が死滅するからだと考えられている。実際、樹木がほとんどない水田地帯の墓地では、ほとんど幼虫を採集することができない。
1984年に米国のヒューストンで初めてヒトスジシマカが発見されて以来、米国の約1/4にあたる広範な地域に同蚊の分布が広がった。デング熱、ウエストナイル熱など多くのウイルスに対して感受性を示すことから、米国におけるヒトスジシマカの定着は大きな問題を起こしている。この蚊の米国への侵入経路は、日本から輸出された古タイヤに付着していた卵か、溜まった水に発生していた幼虫が米国へ運び込まれた可能性が高いと理解されている。わが国は古タイヤの輸出では世界でトップクラスの輸出実績があり、毎年1千万本が東南アジア、アフリカ、米国などへ輸出されている。
現在、ヒトスジシマカは米国以外にフランス、ギリシャ、オランダ、スペイン、ベルギー、イタリアなどのヨーロッパ諸国、グアテマラ、ブラジルなど中南米諸国、ニュージーランドなど多くの国に分布が広がっており、最近のインド洋諸島国におけるチクングニヤ熱の流行により、媒介蚊としてのヒトスジシマカが注目を浴びている。
さて、ヒトスジシマカの吸血源はヒト以外にイヌ、ネコ、ネズミなどの哺乳動物、爬虫類を含むその他の野生動物、野鳥など多くの種類の動物から吸血することが知られている。最近、わが国の都市部で捕集したヒトスジシマカの中腸内の血液の解析結果もカモ、ヒト、イヌ、ネコなど多くの種類の血液が検出されており、西ナイル熱の媒介蚊としての役割が再評価されている(未発表)。
3.地球温暖化とデング熱およびチクングニヤ熱媒介蚊の分布域拡大予測
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最近の報告では、最悪の予測として、2100年までに北半球を中心に年平均気温が6℃以上上昇することが報告されており、媒介蚊やマダニの生息域が拡大し、それらに関連した感染症が流行するとの予測が行われている。
わが国のヒトスジシマカの分布北限は、1950年代には栃木県であったが、その後、約50年間に宮城県、山形県、秋田県、岩手県と拡大を続け、特に1990年代の分布域の拡大が顕著である。現在の分布北限は青森県に近づいており、今後の温暖化の状況によっては津軽平野、青森、八戸等の都市へ侵入することが予測されている。
最近、我々は、温暖化予測モデルであるMIROK K1モデルを基に、2035年(図2)および2100年における東北地方の年平均気温の分布予測を行った。その結果、2100年には、東北地方のほぼすべての平地でヒトスジシマカの分布が広がり、その他北海道にも分布域を広げる可能性が示された。これは、デング熱、チクングニヤ熱のリスク地域が拡大することを示している。
また、K1モデルを用いてデング熱の主要な媒介蚊であるネッタイシマカの分布可能な地域の拡大予測を行った。ネッタイシマカは1月の平均気温が10℃以上の地域に分布すると言われている。台湾南部の高雄や台南ではデング熱の流行が見られるが、台北ではほとんど流行が起こっていない。これは、年平均気温が関係した媒介蚊の分布や密度が関係していると理解されている。今後の温暖化の推移によっては、南九州から太平洋沿岸の東海地方までネッタイシマカの分布・定着が起こる可能性が示され、継続した媒介蚊のモニタリングが必要と考えられる。
2005年からインド洋諸島、インドおよびスリランカで突然大きな流行を見せたチクングニヤ熱が、今後どのような推移で流行を続けるか予想できないが、ヒトスジシマカはチクングニヤウイルスの媒介能力が高いことから、わが国としても東南アジアを含めて流行状況の推移を見守る必要性がある。
参考文献
1)Reiter P, et al .,The Lancet Infectious Diseases 6: 463-464, 2006
2)Pianoux G, et al ., The Lancet infectious Diseases 7: 319-327, 2007
3)Kobayashi M, et al ., Journal of Medical Entomology 39: 4-11, 2002
国立感染症研究所昆虫医科学部
小林睦生 駒形 修 二瓶直子 澤邉京子 津田良夫