ブルセラ症(brucellosis)はブルセラ属菌(Genus Brucella )による人獣共通感染症である。ヒトに感染する菌種は病原性の強い順に、B. melitensis (自然宿主:ヤギ、ヒツジ)、B. suis (ブタ)、B. abortus (ウシ)である。これら家畜の持つブルセラ菌のヒトへの感染は、感染動物の加熱(殺菌)処理していない生乳およびそれから作ったチーズ、食肉の喫食や、死体・流産時の汚物・汚染物などとの接触や、それらからのエアロゾルの吸入による。授乳、性交などによるヒト−ヒト感染もありうるが、極めてまれである。潜伏期は通常1〜3週間であるが、時に数カ月に及ぶこともある。軽症の場合、単なる感冒様症状のこともある。通常、症状は他の熱性疾患と似ているが、筋・骨格系への影響が強く、全身的な疼痛・倦怠感や、間欠熱・波状熱といった特徴的な熱型を示すこともある。これらの症状は数週間〜数カ月、数年に及ぶこともある。B. canis (自然宿主:イヌ)もヒトに感染することがあるが一般に症状は軽く、気がつかないケースも多い。感染イヌは流産を起こすが、その流産胎子、胎盤、汚物や、尿、精液などへの接触により感染する。
本疾患は世界中で発生している。特に家畜での対策が不十分な地域では、年間数百〜数千症例のヒト患者が報告されているが、実際の患者数はその10〜25倍以上と推定されている。地域的には、特に西アジア、中東、地中海沿岸、アフリカ、中南米、カリブ海諸国などに多い。日本では家畜対策(摘発・淘汰)が功を奏し、清浄化していると考えられ、従って家畜から感染する可能性は低い。ただし、イヌでは2〜5%前後がB. canis の感染歴を持つとされている。
わが国では従来、本疾患は届出の対象ではなかったため、発生状況は正確に把握されていなかった。しかし、1999年4月1日施行の感染症法で4類感染症に指定され、診断したすべての医師に届出が義務づけられた。それ以降、2007年3月31日現在までに届出は8例みられているが、2005年2例、2006年5例と、近年に集中している(表)。これは実際に患者数が増加したことよりも、むしろ診断の際にブルセラ症が考慮されるようになったためと考えられる。
国外を推定感染地域とする4例のうち、血液培養により菌が分離同定されて、B. melitensis 感染が確定された2例(表中#2、4)は、いずれも海外で感染したものである。1例はシリアでの羊肉の摂食によると考えられ(IASR 26: 273-274, 2005参照)、もう1例はエジプトでの環境からのエアロゾル吸入による可能性が最も疑われている(IASR, 27: 125-126, 2006参照)。B. abortus 感染が確定された1例(表中#6)は海外で感染・発症し、治療を受けたが、国内で再燃したと考えられており、感染原因としてエジプトでのミルクの摂取が推定されている。このように、本疾患は輸入感染症として注意する必要がある。
国内を推定感染地域とする3例は、いずれもB. canis に対する抗体が検出されているが、3例ともに明らかなイヌとの接触歴は認められなかった。
ブルセラ症の症状には特徴的なものがなく、診断には血清抗体測定や菌分離などの病原診断が欠かせない。血清診断は通常、B. abortus やB. canis を抗原とした試験管内凝集反応が行われ、民間の臨床検査機関でも可能であるが、凝集抗体価がそれぞれ1:40、1:160以上の時に陽性と判断される(従来、抗原がいずれであっても160倍以上の抗体価をもって届出の対象とされていたが、2007年4月にB. abortus については40倍以上を対象とすることに変更された)。B. melitensis 、B. suis 感染が疑われるときでも、B. abortus を抗原とした抗体の検出を行う。菌種の特定には菌分離が必要であり、血液や骨髄の培養が行われるが、抗菌薬がすでに投与されていて分離できないことが多い。これまでの報告でも、特に国内での感染が疑われる3例ではすべて菌が分離されておらず、病原診断は凝集反応陽性によりなされている。しかも、1例(表中#3)を除き、単血清での陽性結果で診断されているが、血清抗体のみで確定診断するにはペア血清を用いることが望ましい。また、PCR法による病原体遺伝子診断も可能であり、国立感染症研究所獣医科学部に依頼が可能である。
国立感染症研究所獣医科学部第一室 今岡浩一
国立感染症研究所感染症情報センター第二室