2007(平成19)年6月12日午後3時40分に、秋田県能代保健所(以下、能代保健所と略す)に同保健所管内の診療所医師から食中毒の疑いがある患者を診察したとの電話連絡があった。これらの患者は、6月9日に管内の施設Aで行われた法要に出席した際に提供された折詰料理(Y折詰料理店製造)を摂食していたとのことであった。この届出に基づき同保健所では、食中毒関連調査を開始した。
一方、6月13日に能代保健所から食中毒検査依頼が秋田県秋田中央保健所にあったことから、当保健所試験検査課(以下試験検査課と略す)では、13日に搬入された食中毒検体から食中毒発生の病因物質を検出するために細菌学的検査を実施した。今回は、主として試験検査課で得られた検査結果等について報告する。
搬入された食中毒検体は、糞便23件[患者糞便16件(14日に秋田県由利本荘保健所:以下由利本荘保健所と略す、から搬入された患者糞便2件を含む)、Y折詰料理店の従事者(症状なし)糞便7件]、Y折詰料理店保存検食(以下検食と略す)24件[ウニ、サーモン、ロブスター黄味焼き、笹ずんだ餅、厚焼き卵、板かまぼこ、ぶどう、ホタテ殻付き、中華クラゲ、天ぷら(エビ)、天ぷら(イトヨリ)、天ぷら(アスパラ)、天ぷら(シイタケ)、天ぷら(カボチャ)、煮物(オクラ)、煮物(一口昆布)、煮物(結びコンニャク)、煮物(エビ)、煮物(京風高野豆腐)、かにみそ豆腐、かにほぐし身、シュウマイ、枝豆、うなぎ蒲焼き]、原材料2件(ロブスター黄味焼き、笹ずんだ餅)およびY折詰料理店のふきとり検体4件[放冷詰め合わせ室作業台、原材料冷凍庫(上部)、原材料冷凍庫(下部)、放冷詰め合わせ室手洗い取っ手]であった。
糞便の細菌学的検査では、黄色ブドウ球菌、サルモネラ属菌、腸炎ビブリオ、カンピロバクター、ウェルシュ菌、エルシニア、セレウス菌、赤痢菌、チフス菌、パラチフス菌、およびコレラ菌について定法に準じて行った。検食、および原材料の同検査では、黄色ブドウ球菌、サルモネラ属菌、腸炎ビブリオ、カンピロバクター、およびウェルシュ菌について同様に行った。また、ふきとり検体については、一般細菌数、および大腸菌群検査を行った。
なお、病原性大腸菌、およびノロウイルスに関する検査は、能代保健所から秋田県健康環境センター(以下健康環境センターと略す)に行政依頼した。
試験検査課の検査結果では、患者糞便16件中9件と原材料のロブスター黄味焼き1件にサルモネラ属菌の定型的集落が分離培地に観察された。しかし、従事者糞便、検食、原材料の笹ずんだ餅、およびふきとり検体では今回の事例と関連する集落はみられなかった。
次に、分離培地で確認された同集落を定法に準じて鑑別培地へ移植した結果、10株(能代保健所患者糞便由来8株、原材料のロブスター黄味焼き由来1株、由利本荘保健所患者糞便由来1株)にサルモネラ属菌の性状が確認された。さらに、それらの株についてサルモネラ免疫血清(デンカ生研)を用いて血清型別試験を実施した結果、10株すべてがSalmonella Enteritidisと同定された。また、今回の事例に関しては、秋田県大館保健所試験検査課で分離した患者糞便由来1株、および秋田市保健所衛生検査課で分離した患者糞便由来1株が両保健所でS . Enteritidisと同定された。それらの株を分離した保健所では、サルモネラ属菌のファージ型別試験を健康環境センターに行政依頼した。同センターでは、その12株を国立感染症研究所に同定依頼した結果、同研究所細菌第一部において12株すべてがファージ型1cと同定された。
サルモネラ属菌は、わが国における細菌性食中毒の主要な原因菌である。同菌による食中毒発生までの潜伏期は通常6〜48時間で、また、同食中毒患者の主な症状は嘔気、嘔吐、下痢、腹痛、および発熱等である。
一方、秋田県内における1997(平成9)年〜2005(平成17)年のサルモネラ属菌を病因物質とした食中毒発生事例を金が作成した資料1)でみると、秋田県内ではこれらの期間においては減少傾向がみられた。
今回、能代保健所管内のY折詰料理店が原因で発生した事例では、折詰料理を摂食した人数は240名で、そのうちの患者数は72名(発病率30%)であった。また、患者の発症までの潜伏時間は、最短で2時間(1名)、最長で144時間(1名)、および平均で37時間12分で、それらの患者の主な症状としては下痢が65名(90%)、発熱が36名(50%)、腹痛29名(40%)、倦怠感13名(18%)、嘔吐8名(17%)および悪寒12名(17%)等で、これまで一般に述べられているサルモネラ属菌による食中毒発生時の潜伏時間、および主な症状と今回の事例でみられたそれらの点についてはほぼ一致がみられた。以上の点から、今回の事例の病因物質はS . Enteritidisファージ型1cと決定された。また、患者に共通する摂取食品は施設Aで提供された折詰料理だけであることから、この折詰料理を原因食品と推定した。さらに、折詰料理摂食者の摂取状況についてマスターテーブル分析をした結果、ロブスター黄味焼きが原因食品と疑われたが、検食から病因物質が検出されなかったため、原因食品を特定するまでには至らなかった。
今回の事例では、Y折詰料理店において原因食品と疑われたロブスター黄味焼き食品を調理する際に、今回分離されたS . Enteritidisファージ型1cを死滅させるに必要で十分な加熱を行わずに折詰料理として提供したことによって引き起こされた事例と考えられた。
また、秋田県内では近年サルモネラ属菌を病因物質とした食中毒発生事例1)は減少傾向がみられていることから、今回の事例はY折詰料理店の従事者等が加熱食品に対して十分な加熱処理や衛生管理等を徹底することによって発生防止が可能と思われる事例であった。
なお、IASR 24: 179-180, 2003, IASR 27: 191-192, 2006のS . Enteritidisのファージ型分布(家族内発生を含む集団発生事件数)によると、日本国内におけるファージ型1cの検出については1999〜2005年の期間内では2004年に1検査事件数のみの記載がみられた。このようなことから今後、今回分離された同ファージ型感受性菌の国内における動向が注目される。
謝辞:サルモネラ属菌のファージ型別試験を実施してくださいました国立感染症研究所細菌第一部長の渡辺治雄先生、および泉谷秀昌先生に心から感謝を申し上げます。
資 料
1)秋田県食品衛生監視員 金 惠美子、秋田県において発生した食中毒の状況(昭和51年〜平成17年)69-102、平成19年3月
秋田県秋田中央保健所試験検査課
原田誠三郎 和田恵理子 佐藤晴美 井畑 博 中村淳子
秋田県能代保健所環境指導課
成田 理 戸嶋敏博 桜庭久人 佐藤 唱
秋田県大館保健所試験検査課
杉野 哲 岩谷金仁 菅原 剛 小川千春
秋田県由利本荘保健所環境指導課
鈴木雄二 山本義廣 三澤 仁 櫻田フジト 鈴木 豊
秋田市保健所衛生検査課
菊地いち子 塩谷真紀子