東北・北陸等での急性脳症多発事例について

(Vol. 28 p. 346-348: 2007年12月号)

はじめに
2004(平成16)年秋に東北・北陸で発生した原因不明の急性脳症の実地疫学調査を担当したFETPチームのリーダーを務めたので、当時を振り返ってみたい。

事例発見の発端は、新潟県北部のある医療機関の透析患者3人が続けて全身性痙攣の重積状態等の症状を呈し、地域の中核的医療機関へ搬送され、この中核的医療機関の医師が、ひとつの病院の透析患者3人が続けて脳炎・脳症の患者として運ばれてきたことを保健所に報告した。この保健所から連絡を受けた新潟県は、国へ連絡するとともに、医療機関関係者や専門家と対応を協議し、脳症患者と家族に聞き取り調査を行った。こうした経緯の中で、FETPの派遣要請がなされた。

調査の概要
FETPのチームは、新潟県からの(他にも、秋田県と山形県からの)調査依頼を受け、3県で合計7週間の現地調査を行った。その結果、2004(平成16)年9月〜10月にかけて多くの症例が集積した原因不明の急性脳症の集団発生が認められた。新潟県、秋田県、山形県での症例数の計は男性23名、女性32名で、合計55名(うち、死亡が20でCase Fatality Rate=36%)であった。

症例は高齢者(平均年齢70.0歳)が多く、腎障害(血液透析を含む)のある者(腎障害85%、血液透析60%)が多いという特徴があった。主な症状は意識障害(76%)、不随意運動(56%)、上肢振戦(47%)、下肢脱力(42%)であった。入院時は37.5℃以上の発熱のある者は7%であったが、入院後8日以内では91%の症例で発熱が認められた。白血球の上昇が症例の55%、血小板の減少が入院時には約30%の症例にみられた。髄液中の細胞数は10/3未満が55%であり、蛋白は46mg/dl以上100mg/dl未満が58%であった。病原体検査では急性脳症の集団発生の原因と考えられる病原体の検出はみられなかった。画像検査はほとんどの症例で行われており、秋田県の症例では症例の96%で行われていた。CTでは両側大脳半球および脳幹におけるびまん性腫脹(4例)、側頭葉を中心の低吸収像(5例)等が見られた。MRIでは大脳半球皮質下から脳幹にかけてT2強調画像/FLAIR(Fluid Attenuated Inversion Recovery)にてびまん性の高信号域(9例)、T1(Gd:ガドリニウム造影)にてringed enhanceを認める高信号域(2例)などがみられた。経過中に脳出血像を認めた症例もあったが、1回目の画像検索で出血像を認めたものはなかった。急性脳症発症前4週間以内のスギヒラタケの喫食は96%の症例にみられたが、発症前1週間以内の喫食は約7割であった。スギヒラタケを喫食していないという症例は2例あったが、この2例は腎機能障害がなく、発症時の年齢はそれぞれ16歳と25歳と、他の症例の平均年齢を大きく下回り、発症時期も2004(平成16)年7月と11月と、他の症例が集積していた時期から外れているので、これらは紛れ込みの症例の可能性があると考えている。また、スギヒラタケの喫食が不明である症例は2例あったが、うち1例はご家族の聞き取りで「見ていたわけではないので確実なことは言えないが、恐らく喫食しているではないか」とのことであった。他にご家族からスギヒラタケの喫食について疫学調査を拒否された事例が1例あったが、症例は死亡しており、調査時以上の情報は得られていない。また、発症前のスギヒラタケの喫食量を茶碗1杯とどんぶり1杯で分けて解析をしたが、明確な量反応関係は認められなかった。血液透析患者の透析液や透析膜については、病院や患者ごとにその種類やロットが異なる等、多くの者に共通したものは認められなかった。他に共通する飲食物や会食機会、投薬はなかった。

疫学調査では、急性脳症の多発のはっきりとした原因をとらえることができなかったが、秋田県内での透析患者における急性脳症の症例対照研究から「スギヒラタケの喫食」と「山に入る」の2項目が急性脳症の発症への関連が示されたので、原因究明に至るまでは、各県は県民(透析患者、そして健常者)に対して「スギヒラタケの喫食を控えるように」という情報提供を行った。その後、各県で原因不明の急性脳症患者の発生について、感染症発生動向調査等を通じて症例の把握を行っているが、現在まで、原因不明の急性脳症の集団発生については把握されていない。

医療機関の医師からの聞き取り調査では、2003(平成15)年にも今回の急性脳症に類似した症状を呈したと思われる症例が把握された。従って、本症例は2004(平成16)年秋にのみ発生したものではないのかもしれず、過去の類似する脳炎や脳症のアウトブレイクについて、さらに医療機関の医師に聞き取り調査をしてみたが、集団発生についての情報を得ることができなかった。

2005(平成17)年に山形県で、スギヒラタケを喫食した後に急性脳炎・脳症症状を呈した症例の報告が1例あり、また、2007(平成19)年にもスギヒラタケを喫食した腎機能障害を有する80代の方が脳炎・脳症症状を呈したという報告が新潟県からあった(本号10ページ参照)。

スギヒラタケの喫食に関して、2005(平成17)年に行われた秋田県内の約1,600人の全透析患者の調査によれば、2005(平成17)年に喫食した者は約10名と、2004(平成16)年の約600名と比較して、非常に少ないとのことであった。

2004(平成16)年の調査後の動向
原因不明の急性脳症が集団発生した翌年(平成17年)の対策については、各県での施策をFETPチームから各県へ情報提供した。

秋田県では2005(平成17)年7月に、神経臨床班、腎透析班、中毒班、県庁スタッフからなる秋田県急性脳症原因究明プロジェクト検討委員会が、委員会の各班とFETPチームからの報告と県内の症例情報についてまとめた「平成16年度報告書」を作成し、各県へ情報提供した。

山形県では感染症発生動向調査でとらえた原因不明脳症症例の発生について、迅速に調査をすすめ、得られた情報を速やかに新潟県と秋田県へ提供した。

新潟県は、2006(平成18)年2月8日、新潟大学や関係機関と協力し、秋田県と山形県のそれぞれの県内委員会の委員を招集した症例検討会(新潟・秋田・山形3県第2回急性脳症連絡会議)を開催し、各県の症例を一同に介して検討を行った。

おわりに
症例の髄液や血液の検査に加え、各県での剖検例からは、今回の急性脳症を引き起こすような既知の病原体は検出されず、また、症例の髄液中の細胞数の増加がほとんどの症例で認められず、蛋白が中等度上昇しているという点からは本症例が感染症による脳症とは考えづらいものの、一方、スギヒラタケの喫食量や喫食日と発症日の関連のなさや、腎機能障害の程度が予後に反映されていないという点、また、消化器症状がほとんどの症例で見られていないという点では、何らかの中毒による脳症の多発ということを説明しづらいと思う。

こうした実地疫学調査では仕方のないことではあるが、調査途中で「スギヒラタケの喫食を控えるように」という注意喚起を、原因が不明な段階でも各県では行わざるを得なかった。しかし、こうした注意喚起が「スギヒラタケを喫食していない」急性脳症患者の情報収集を妨げた可能性も否定できない。こうした意味からも「スギヒラタケ関連脳症」や「キノコ脳症」という単語を安易に用いることに筆者は抵抗を感じるところである。本事例の原因の究明がなされるまでは、「スギヒラタケ喫食の有無を問わず」、今後も5類感染症である「急性脳炎」の感染症発生動向調査に注目する必要があると思われる。

北海道石狩保健福祉事務所保健福祉部長 山口 亮

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