鶏肉によるカンピロバクター感染のリスク評価
(Vol. 31 p. 5-7: 2010年1月号)

1.背景
カンピロバクターは、厚生労働省食中毒統計1) において、細菌性食中毒による患者の大半を占めていることに加え、2008(平成20)年度の厚生労働科学研究2) によると、カンピロバクター症の患者数は日本全国で年間約150万人にものぼると推定されている。カンピロバクター症患者の一部は、重篤な後遺症として、運動神経の麻痺を起こすギランバレー症候群を発症することが強く疑われていることからも、その公衆衛生学的重要性は大きい。

そのため、内閣府食品安全委員会微生物・ウイルス専門調査会では、鶏肉中のカンピロバクター・ジェジュニ/コリについてリスク評価を行い、2009年6月25日付けで、食品安全委員会委員長より厚生労働大臣ならびに農林水産大臣に、評価結果を通知した3) 。食品安全委員会によるリスク評価に先行して、食品健康影響評価研究事業にて定量的解析を行い、リスク評価書の原案の一部を作成した4) 。本稿ではその概要について紹介する。

2.目的と方法
本リスク評価では、わが国での鶏肉の消費により、カンピロバクターによって、
 ・現状ではどのくらいの健康被害が起こりうるのか
 ・考えられる対策をとった場合に健康被害がどのくらい減るのか
を、鶏肉の生産から食鳥処理・消費に至る流通過程に沿って推定することを目的とした。

曝露評価では、カンピロバクターの汚染率と汚染濃度、消費者の行動に関する様々なデータを、文献やアンケート調査結果から収集した。具体的には、農場段階でのカンピロバクター汚染率、小売店での鶏肉の汚染率と汚染濃度、輸入鶏肉のカンピロバクター汚染率と汚染濃度、鶏肉料理の消費頻度と量、調理法や生食を含む食べ方の状況、サラダ等の食品が一緒に調理される頻度、調理器具や手の洗い方などである。これらデータの特性を詳細に検討した上で確率分布を当てはめた。また、文献データを元に、曝露菌数に対するカンピロバクターの感染確率を推定し、モンテカルロシミュレーションを用いて、鶏肉を含むメニュー1食あたりのカンピロバクター感染確率を定量的、確率論的に算出した。

3.結 果
食品安全委員会が別途実施したアンケート調査(全国6,000人を対象)によると、家庭、飲食店のいずれかで鶏肉を生で食べることがある人は約30%に上った。そのため、解析結果を生食する人としない人に分けて示した。生食しない人にとっては、鶏肉料理1食当たりの感染確率の平均値は、家庭で0.2%、飲食店で0.07%であった。それに対し、生食することのある人では、鶏肉料理1食当たりの感染確率の平均値は家庭で2.0%、飲食店で5.4%と、大きくリスクが増えることがわかった。日本人全体の約30%である、鶏肉を生食することのある人が、カンピロバクター感染者の約90%を占めることも示された(図1)。

また、食鳥処理場において、感染鶏群と非感染鶏群とを区分処理することにより、年間感染者数は現状の56.0%に低減すること、食鳥の区分処理をしない場合には生食割合低減の効果が最も大きく、農場汚染率の低減はあまり効果がないこと、食鳥の区分処理と農場汚染率の低減の組み合わせが最も効果の大きな対策となることが示された。また、生食をする人にとってはそれをやめることが最も大きいリスク低減策であるとともに、生食をしない人にとっては、加熱不十分や調理中の交差汚染を減らすことも大きく影響することも示された。

本リスク評価は前述のように食品安全委員会よりリスク評価機関に通知されるとともに、評価書全文が、http://www.fsc.go.jp/hyouka/hy/hy-hyo2-campylobacter_k_n.pdf に公開されている。

4.考 察
鶏肉の生食をやめることや、農場での汚染を減らすこと、また食鳥処理場での交差汚染を減らすことが、カンピロバクター感染症を有効に減らす対策であることは、従来繰り返し言われてきたことである。鶏肉の加熱不十分や調理中の交差汚染を減らすことについても同様である。しかし、それぞれの対策をどの程度とるとどのくらいの感染が減るのかは、今回のような農場から調理喫食段階に至る総合的な定量的リスク評価を行わない限り推定できない。今回のリスク評価結果は、リスク管理機関が関係者に啓発活動をするにあたり、具体的な数字を伴って説得できる材料になると受け止められた。また、今回のリスク評価により、農場での汚染削減をどんなに進めても、食鳥処理場での鶏群区分がなされない限り、農場での努力が報われないことも示され、対策の優先度についても示唆することができた。

また、食品安全委員会によるリスク評価書案が作成された時点で、福岡と東京での意見交換会や国民からの情報・意見の募集が行われたが、その中で、リスク推定結果を生食することのある人、生食しない人に分けて示してほしいとの意見が出され、それに対応してリスク評価結果の示し方が修正された。これは、リスク評価に関するリスクコミュニケーションの一つの成功例と考えられる。

一方、現在は、カンピロバクターの摂取菌数に応じて発症確率を算出する菌数—反応関係を解析するために十分な文献情報が世界的にもなく、感染確率を出口として扱わざるを得なかった。また感染後に再感染を防ぐ免疫機能がどのくらい持続するかについての情報も不足しており、免疫反応を除外した算出をしている。このようなリスク算出上の弱点は、今後世界での知見が集積するに従い、改善されることが期待される。

謝 辞
内閣府食品安全委員会微生物・ウイルス専門調査会専門委員各位、食品安全委員会事務局各位に感謝します。

 参考文献
1)厚生労働省食中毒統計資料
 http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html#4-2
2)窪田邦宏ほか、食品衛生関連情報の効率的な活用に関する研究、分担研究報告書、厚生労働科学研究費補助金 食品の安心・安全確保推進研究事業(2009)
3)食品安全委員会、微生物・ウイルス評価書、鶏肉中のカンピロバクター・ジェジュニ/コリ(2009)
 http://www.fsc.go.jp/hyouka/hy/hy-hyo2-campylobacter_k_n.pdf
4)長谷川専ほか、定量的リスク評価の有効な実践と活用のための数理解析技術の開発に関する研究、分担研究報告書、食品安全委員会食品健康影響評価技術研究(2009)

国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部 春日文子 花岡頼子
株式会社三菱総合研究所 長谷川 専 松下知己
兵庫県立健康生活科学研究所健康科学研究センター 山本昭夫
高知大学教育研究部医療学系医学部門 岩堀淳一郎
(独)農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究所 筒井俊之 早山陽子
農林水産省消費・安全局動物衛生課 山本健久
株式会社日立東日本ソリューションズ 澤田美樹子 本山恵子

東北大学大学院歯学研究科 小坂 健

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